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105 花盛りの夏

 それから二か月。

 尭史の家は、かなり物が減った。

 余計な家電や、調度品がなくなり。二台あった車は、中古の軽一台に変わった。


 それでも、家は残り。

 尭史自身も変わらず、大学に通えている。


(もしかしたらこの家もなくなって、オレも二か月前には中退して、就職してたかもしれないけど)

 朝食を摂りながら、壁掛けのカレンダーを見る。

 月末に、大きく赤いマルが付いている。

(そうせずに手術の目途も立ったんだから、御の字だよな)


 家の中には、誰もいない。両親はすでに働きに出ていた。

 必要なことだけ済ませると、尭史もせっせと玄関に向かう。


「行ってきます」

 そのときふと、軒先のあるものが目に入った。

 伊奈が手を出し、母が継いでいた、大きな植木鉢。

 手入れされなくなったからか、雑草しか生えていなかった。


「……一限、一限」

 ぼんやりしていた意識を戻し、小走りで駅へと向かった。



 これが三か月前ならば、尭史は講義が始まるまで、延々とカードのことを考えていただろう。

 朝の満員電車の中であろうと、お構いなしに。


 だが今は違った。

 頭にあるのは、今日のスケジュールや効率的に単位を取る方法、アルバイトのことくらいである。


(なんか普通の文系大学生みたいだなあ、オレ)

 吊り革を見ながら、やはりぼんやりとする。


 高校生の時はいつでも、カードの展開を考えることに没頭できた。

 今この瞬間のように、冷房がきつい車内で、汗臭い中年に潰されそうになりながらでも。


 だが今は、それができない。理由は自分で判っていた。

 かつてほどSNoWをプレイしてはいないから、である。



 『制覇の天令(ジャルリク)』を使い切った反動はすさまじかった。

 今となっては、よほど特殊なデッキ以外はとても使えない。


 アグロを使えば、開幕2ターンは確実に動けない。

 ミッドレンジを握れば、特定のカードばかり引いてしまう。

 コンボを狙えば、キーカードがデッキの底に眠るし。

 コントロールを選べば、色もコストも大渋滞を起こす。

 実にひどい有様だった。



 中傷の問題もあった。

 あれから何度、イカサマ呼ばわりされたことか。とうに数えるのはやめていた。


 もっとも、現実で悪し様に言われることはほとんどなかった。

 行きつけとは違うショップに行った際、陰口を言われるのを感じることは、何度かあったが。

 面と向かって突っかかってくる人間は、いなかった。


 ネットの中でさえ、ひと月も経つと取り沙汰する者はすっかりいなくなった。

 所詮は人の噂、ということか。

 あるいは本当に裏で手を回していた焔村が、飽きたのか。

 原因はなんだっていい、と尭史は思っていたが。


 こういったことがあるとどうしてもやり難く、距離を置かざるを得なかったのである。


(まあでも、悪いことばっかでも、なかった)

 運営側は、尭史のゲームを撮影したすべての映像を公開した上、「不正は確認されなかった」と声明を出してくれたし。

 尭史の話題を見た中高生らが、ある種の夢を感じてSNoWを始めたとも聞く。


 大会後のひどい引きが、仲間内でそれなりにウケているのも救いだった。「絶対に上振れない芸人」として動画投稿者デビューを勧めてくる者までいる。



(そんなこんなで引退できないあたり、ローナにバカードゲーマーって言われそうだ)

 ふとした瞬間に騎士の顔が浮かぶと、尭史の顔は(かげ)った。




 それから30分。尭史は大学のキャンパスに着いていた。

(あれ、時間余ってる。電車一本早いの乗ってたかな)

 試験が近いためか、学生がいつもよりわずかに多い。一限前であるため、大した数ではないが。


 のんびり歩いていると、よく手入れされた花壇(かだん)が目に入った。

(こうやって色合いが整えられた花って、ローナの世界にはあったかな)

 よく見ればきれいなものだ、と思う。自然と脚が止まった。



「あ、いた! 鮎川!」



 どきっとして、振り返る。

「……なんだ中村か。おはよう」

「呑気なもんだな、そりゃ。ちょっと久しぶりじゃねえか。あれからサークル全然来ねえしよ」


「ちょっと忙しかったんだよ」

「同じ学科のヤツから聞いたぜ? お前バイトばっかしてるらしいじゃん。いいのかそれで」

「そりゃオレの勝手だろ」


「土浦のショップによく行くヤツは、月居が『鮎川君にデート誘ったら断られた……』ってショゲてるとこ見たって言ってたぜ? いいのかそれで?」

「うるせえな二回訊くなよ」


「タケシ! 込み入ったことをしつこく訊くのはいい子じゃありませんよ!」

「ん。アンネか。久しぶり」

「タカシさん! お早うございます!」


 胸ポケットから顔を(のぞ)かせたアンネシーラが、目で会釈(えしゃく)をする。

「実はお話があって、お探ししてたんです!」


「なんだよ、話って?」

「決まってるだろ。借りを返してもらいに来たんだ」


「ねえよ、そんなもん」即答する尭史。

「俺にはあんだよ! |豚ダブルじゃ済ませねえ《89話参照》っつったろ! 源に殴られた分!」


「あー……。あったな。なんだ? 豚ダブル五杯おごればいいか?」

「カロリーオーバーで殺す気かよ。こうだ」


 中村は人差し指を立てる。尭史の顔が引きつった。

「え、何? 一万?」

「あんときゃ滅茶苦茶痛かったんだからよー。正当な要求じゃねえか」


「だからっていきなり請求すんのはきたねえよ」

「600万貰ったやつが何言ってんだよ。バイトもしてんだから払えるだろ。本音言えば十万は欲しいとこだぜ? 高すぎるってゴネたアンネに感謝するんだな」


「ガメついやつだな、くそ。しょうがねえなあ」

 露骨に嫌そうな顔をしながら、尭史は財布から抜きだして、そのまま手渡す。


「ん、確かに」

 それをポケットに突っ込むと、胸ポケットのアンネの裏側から、何かを引き上げる。

「毎度あり。こいつはアフターサービスだ」


 それは尭史も見覚えのある、小袋。

「『聖染繕いの騎士団』の日本語版、か。なんだ? 自慢か?」


「んなことしてどうすんだよ」中村が笑う。

「タカシさん、わたくしの能力、覚えておいでですか?」アンネシーラが尋ねる。

「レア抜きの能力だろ、確か。じゃあなんだ、この中に高額レアでも入ってるってのか?」


「鮎川おめーニブチンかよ。アンネの能力は、『このカードのオーナーは、非公開領域のカードをサーチすることができる』。アンネと会った日(41話参照)、あの場には普通のパックしかなかったから、ああしただけで。()()()()抜けないとは、誰も言ってねーんだぜ?」


「レア以外に、パックから何がサーチできるんだよ。エラーカードか? キャンペーン品か?」

「まあそれも間違いじゃない。実際、エラーカードとか高額レアとかの狙い撃ちが、路銀のアテだったしな。残弾が減るのは、サーチしたパックを法的に所有したときに限るから助かったぜ」

「路銀?」

「まあそれはともかく。レアとエラー()()にも入ってるものが、あるだろ?」


 尭史の息が止まった。

「おい。それって……まさか」


「忘れもしねえ。あの大会が終わった次の日だ。アンネがなんて言ったと思うよ? 『この島のどこかにいます! 会いに行きましょう』だぜ! 本州ってこと以外、東西南北さえ判んなかったんだ!」

「いやあ、近くに寄らないと、うまく機能しないんですよお。てへへ」


「おかげで毎週末ヒッチハイクさせられたんだぜ、俺。何年もかかるんじゃねえかと思ってたが、こないだの日曜に運よく回収できたんだ。新潟まで行ってな! そのせいで月曜の必修、落第確定だぞバカタレ。二つもな!」

「わたくしは楽しかったですよ、あちこち旅できて」


「ま、そういうわけだ」

 中村は絶版のパックを、尭史につきつける。

「やるよ。アンネたっての願いだ」


「楽士として色んなお話を聞いてきましたけれど、わたくしはハッピーエンドしか認めませんから!」

「気が向いたら残り九万もくれていいぜ、鮎川。分割払いも承ります☆」



 一気にまくし立てられて、尭史はしばし呆然としていた。

 半ば、無意識に。神頼みでもするように。

 尭史はそのパックを、両手で思いっきり挟んだ。


 それと同時に。

 聞き馴染んだ女騎士の声が、中から飛び出してきた。




「ったいわね! この私に向かって何してくれるのよ!」

完結です。ありがとうございました。

残りはただのあとがきです。

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