104 稲妻
(どうしたの、尭史)
「あ……あ」
(なんて顔してるのよ)
青年の呼吸は荒かった。
何度も何度も、息を吸おうとしていた。
(落ち着きなさいよ。ほら、ゆっくり息を吐いて。ゆっくり吸うの)
(なんで、そんな。おま、落ち着いて)
(あなたが焦ってるだけよ。ダサいの)
ケラケラと笑うジェローナ。
尭史は思い出す。
伊奈のことを知る前は、よくこんな声をあげていた、と。
(もう、私にも判るわ。これだけ手札を破壊できたら、布陣は完成したも同然)
尭史はゆっくり、息を吐いている。
(あとは役に立たない手札をコストに、毎ターン『傲慢のふるい』の起動効果を使いつつ、『バークハード』で殴ればいい。ターンの初めに手札をはたき落としていけば、何もさせないまま5ターン後に殴り勝っちゃう計算ね。そうでしょ?)
(確かに、そのつもりだった。けど)
少しだけ、吸う。
(この土壇場で『兵糧庫増床』を出された。せっかく減らした手札を、また増やされちまう。計画は失敗だよ)
そしてまた、ゆっくりと吐き出す。
(このままなら、でしょ。100回目を使えば、解決する話じゃない)
(使えるわけないだろ!)
思い切り、机を叩く。暴れていたスオウがびくりとする。
(あなたを必ず優勝させる。この言葉を偽りにはさせないわ)
だがジェローナは、動じなかった。
(ここで使えば、勝てる。使わなければ、勝つのは不可能になる。『兵糧庫増床』が残れば残っただけ、焔村光秀の手札は増える。対する私たちは、『天令』の反動で望んだカードは引けない。なら、答えは一つよ)
(……エポックは……破壊されにくいカードなんだ。オレのデッキに、対策はない)
(『聖ゲイルのエンブレム』。早崎さんのカードだけど、『不平等統制』を破壊してたわ。同じことが、あなたにできないわけ、ないでしょ)
(でもじ、『制覇の天令』無しでも、引ける可能性はゼロじゃない)
(引けない可能性が限りなく100パーセントに近いのよ。その主張は無意味だわ)
(金なら、準優勝の額と賞金でも、きっと、なんとか!)
(相変わらず嘘を吐くのが下手ね、あなた。なんとかなるなら、IDで悩まなかったでしょう?)
(そ、れは……っ)
(本当に、嘘が吐けない。自分にも、ゲームにもね。きっとそのせいで余計に苦しんでたのよ、あなたは。でも、そんなところも好きだった)
(過去形なんか、使うなよ)
訴えるように目を合わせる。
ジェローナの瞳は、暖かだった。
碧い目の光を見ていると、理屈も名分も、尭史の頭から抜け出ていった。
(おまえのことまで、消させたくない。オレは……オレは、まだ!)
残酷な岐路。
究極の選択。
そのただ中で、尭史はようやく本音をこぼした。
「おまえに何一つ、恩を返してないんだ!」
妹の言葉で出し尽くしたと思っていた涙が、一筋、尭史の頬を伝う。
ジェローナの身体が、ほんのわずかに揺らいだ。
(そうだ。オレはまだ、おまえのために何もしてない。勇気をくれて、知恵をくれて、強さをくれて、誇りをくれて。愛までくれたおまえに。何も、なんにも、できてない!)
また机を叩く。今度は、力なく。
(それなのに、行くなよ。そばに居てくれよ。オレに恩返しをさせてくれ。おまえのために、何かを……させてくれよ)
もう一度手のひらで叩く。音も出なかった。
項垂れ、肩を落とし。
すがるように、ジェローナを見る。
(好きだ。ローナ。行くな)
(ありがとう。あなたと居れば、私は幸せになれるわね。いいえ、そう言ってもらえただけで幸せだったわ)
剣聖はなおも、ピンと背筋を伸ばしている。
(でも私、女である前に騎士でありたいの。そういう風に、生きてきちゃった)
平気な顔をしながら。
肩も声も震わせて。
(言いながら泣いちゃうあたり、私もまだまだね)
尭史よりも多くの涙を、流していた。
(たとえまだ、未熟でも。あなたが好きになってくれたのは騎士の私で、騎士の私があなたを優勝させると誓った。そして――騎士の誓いは何よりも強い。あなたが優勝するために出来ることは、全部やりたいの。そうでないと、私が嘘になる。だから)
騎士はなお、笑う。
泣きはらし、くしゃくしゃの顔になっていても。
それでも強さを捨てようとはしなかった。
(教えて。『制覇の天令』の最後の一枚。1,2コストで、エポックを破壊できるカード。あるんでしょう?)
尭史は顔をあげられなかった。
(なんだよ、それ。オレが勝たなきゃ……おまえが消えなきゃ、オレがお前を否定することになるって、そう言うのか)
(ええ。お願いよ)
(それも、命より重い誇り、ってことだろ)
尭史は涙を拭った。そして、天を仰ぐ。
創世導師の座は、上天も真っ白だった。
(おまえは本当に……強い騎士だよ。いつか、おまえはオレの物だなんて言っちまったけど。あれは撤回する。オレには、敵いそうにない)
ゆっくりと、大きく、息を吸う。
(『制覇の天令100番は、『謀反』。おまえの言う通り、1コストでエポックを破壊するスプレーだ)
(ありがとう)
碧い目が、百度目の光を放つ。
それは燃え尽きる前の炎のように輝き。
刹那に消える稲妻のように、煌めいた。
「それじゃあ、お別れね。毎ターン、『ふるい』を使うのを忘れちゃダメよ。『狩衣』が掛けられるでしょうけど、このカードの効果を使うって言えば、きっと審判の人たちがなんとかしてくれるわ」
(判ってるよ)
白い空間が、頭上から崩れていく。
「妹さんと仲良くね。中村さんやアンネによろしく。今ならまだ、月居さんとも上手くやれるわよ」
(余計なお世話だ)
会場の熱気が、急に尭史を包み込む。
「あとは、そうね。もう一度会うことがあったら、そのときこそ、おまえって呼ぶのやめてよね」
(約束するよ)
大きかったテーブルが縮み、四人もの審判が現れる。
「それじゃあ。愛してたわ」
(愛してる)
「さようなら」
消える瞬間のジェローナは、ウインクをしていた。
涙が止まらないままで、まったくサマにはなっていなかったが。
(気丈に戦うのがおまえの強さだってことか、ローナ?)
答えは返ってこない。
それでも。
青年は赤い眼をしたまま、ニヤニヤと笑ってみせた。
「オレのターン。『謀反』を使用して『兵糧庫増床』を破壊。続けてこのカードの効果を発動。コンバットに『バークハード』で殴ります!」
◆
完成した布陣は崩れなかった。
一度『連戦の祟り目』を使われたものの、あとは計画通り、6ターン後には焔村のライフが消え去った。
第七回・Soul's Nation of the Warlockスクロールカップ優勝は、鮎川尭史。
二人で闘ってきた青年は。
たった一人で、表彰台の上に立った。




