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104/106

104 稲妻

(どうしたの、尭史)

「あ……あ」

(なんて顔してるのよ)


 青年の呼吸は荒かった。

 何度も何度も、息を吸おうとしていた。


(落ち着きなさいよ。ほら、ゆっくり息を吐いて。ゆっくり吸うの)

(なんで、そんな。おま、落ち着いて)

(あなたが焦ってるだけよ。ダサいの)


 ケラケラと笑うジェローナ。

 尭史は思い出す。

 伊奈(いもうと)のことを知る前は、よくこんな声をあげていた、と。

 

(もう、私にも判るわ。これだけ手札を破壊できたら、布陣は完成したも同然)

 尭史はゆっくり、息を吐いている。


(あとは役に立たない手札をコストに、毎ターン『傲慢のふるい』の起動効果(59話参照)を使いつつ、『バークハード』で殴ればいい。ターンの初めに手札をはたき落としていけば、何もさせないまま5ターン後に殴り勝っちゃう計算ね。そうでしょ?)


(確かに、そのつもりだった。けど)

 少しだけ、吸う。

(この土壇場で『兵糧庫増床』を出された。せっかく減らした手札を、また増やされちまう。計画は失敗だよ)

 そしてまた、ゆっくりと吐き出す。


(このままなら、でしょ。100回目を使えば、解決する話じゃない)

(使えるわけないだろ!)

 思い切り、机を叩く。暴れていたスオウがびくりとする。


(あなたを必ず優勝させる。この言葉を偽りにはさせないわ)

 だがジェローナは、動じなかった。

(ここで使えば、勝てる。使わなければ、勝つのは不可能になる。『兵糧庫増床』が残れば残っただけ、焔村光秀の手札は増える。対する私たちは、『天令』の反動で望んだカードは引けない。なら、答えは一つよ)


(……エポックは……破壊されにくいカードなんだ。オレのデッキに、対策はない)

(『聖ゲイルのエンブレム(16話参照)』。早崎さんのカードだけど、『不平等統制』(エポック)を破壊してたわ。同じことが、あなたにできないわけ、ないでしょ)


(でもじ、『制覇の天令(ジャルリク)』無しでも、引ける可能性はゼロじゃない)

(引けない可能性が限りなく100パーセントに近いのよ。その主張は無意味だわ)


(金なら、準優勝の額と賞金でも、きっと、なんとか!)

(相変わらず嘘を吐くのが下手ね、あなた。なんとかなるなら、IDで悩まなかったでしょう?)

(そ、れは……っ)


(本当に、嘘が吐けない。自分にも、ゲームにもね。きっとそのせいで余計に苦しんでたのよ、あなたは。でも、そんなところも好きだった)

(過去形なんか、使うなよ)


 訴えるように目を合わせる。

 ジェローナの(ひとみ)は、暖かだった。

 碧い目の光を見ていると、理屈も名分も、尭史の頭から抜け出ていった。


(おまえのことまで、消させたくない。オレは……オレは、まだ!)


 残酷な岐路。

 究極の選択。

 そのただ中で、尭史はようやく本音をこぼした。




「おまえに何一つ、恩を返してないんだ!」




 妹の言葉で出し尽くしたと思っていた涙が、一筋、尭史の頬を伝う。

 ジェローナの身体が、ほんのわずかに揺らいだ。


(そうだ。オレはまだ、おまえのために何もしてない。勇気をくれて、知恵をくれて、強さをくれて、誇りをくれて。愛までくれたおまえに。何も、なんにも、できてない!)


 また机を叩く。今度は、力なく。

(それなのに、行くなよ。そばに居てくれよ。オレに恩返しをさせてくれ。おまえのために、何かを……させてくれよ)


 もう一度手のひらで叩く。音も出なかった。

 項垂(うなだ)れ、肩を落とし。

 すがるように、ジェローナを見る。

(好きだ。ローナ。行くな)


(ありがとう。あなたと居れば、私は幸せになれるわね。いいえ、そう言ってもらえただけで幸せだったわ)

 剣聖はなおも、ピンと背筋を伸ばしている。

(でも私、女である前に騎士でありたいの。そういう風に、生きてきちゃった)


 平気な顔をしながら。

 肩も声も震わせて。


(言いながら泣いちゃうあたり、私もまだまだね)

 尭史よりも多くの涙を、流していた。


(たとえまだ、未熟でも。あなたが好きになってくれたのは騎士の私で、騎士の私があなたを優勝させると誓った。そして――騎士の誓いは何よりも強い。あなたが優勝するために出来ることは、全部やりたいの。そうでないと、私が嘘になる。だから)


 騎士はなお、笑う。

 泣きはらし、くしゃくしゃの顔になっていても。

 それでも強さを捨てようとはしなかった。


(教えて。『制覇の天令(ジャルリク)』の最後の一枚。1,2コストで、エポックを破壊できるカード。あるんでしょう?)


 尭史は顔をあげられなかった。

(なんだよ、それ。オレが勝たなきゃ……おまえが消えなきゃ、オレがお前を否定することになるって、そう言うのか)

(ええ。お願いよ)

(それも、命より重い誇り、ってことだろ)


 尭史は涙を(ぬぐ)った。そして、天を仰ぐ。

 創世導師の座は、上天も真っ白だった。


(おまえは本当に……強い騎士だよ。いつか、おまえはオレの物だなんて言っちまったけど。あれは撤回する。オレには、(かな)いそうにない)


 ゆっくりと、大きく、息を吸う。

(『制覇の天令(ジャルリク)100番は、『謀反』。おまえの言う通り、1コストでエポックを破壊するスプレーだ)


(ありがとう)

 碧い目が、百度目の光を放つ。

 それは燃え尽きる前の炎のように輝き。

 刹那に消える稲妻のように、煌めいた。


「それじゃあ、お別れね。毎ターン、『ふるい』を使うのを忘れちゃダメよ。『狩衣』が掛けられるでしょうけど、このカードの効果を使うって言えば、きっと審判の人たちがなんとかしてくれるわ」

(判ってるよ)

 白い空間が、頭上から崩れていく。


「妹さんと仲良くね。中村さんやアンネによろしく。今ならまだ、月居さんとも上手くやれるわよ」

(余計なお世話だ)

 会場の熱気が、急に尭史を包み込む。


「あとは、そうね。もう一度会うことがあったら、そのときこそ、おまえって呼ぶのやめてよね」

(約束するよ)

 大きかったテーブルが縮み、四人もの審判が現れる。


「それじゃあ。愛してたわ」

(愛してる)

「さようなら」


 消える瞬間のジェローナは、ウインクをしていた。

 涙が止まらないままで、まったくサマにはなっていなかったが。


(気丈に戦うのがおまえの強さだってことか、ローナ?)

 答えは返ってこない。

 それでも。

 青年は赤い眼をしたまま、ニヤニヤと笑ってみせた。


「オレのターン。『謀反』を使用して『兵糧庫増床』を破壊。続けてこのカードの効果を発動。コンバットに『バークハード』で殴ります!」






 完成した布陣は崩れなかった。

 一度『連戦の祟り目』を使われたものの、あとは計画通り、6ターン後には焔村のライフが消え去った。


 第七回・Soul's Nation of the Warlockスクロールカップ優勝は、鮎川尭史。

 二人で闘ってきた青年は。

 たった一人で、表彰台の上に立った。

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