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『暴走!限界集落~久瀬原の里』 第一話

       2011年の冬。

 

20年間にも及ぶ長崎・西海山中での 仙人修行を終え、

 次なる土地を探す、行脚の旅を敢行していた浮雲ミュージシャン

 “笛吹ケンジ”がたどり着いたのは、


山陰地方の奥深い山中に浮かぶ、

白銀に包まれた“桃源郷”のような里であった。


この里を一目見た彼は直感で(あぁ~ここだ!)と

里の入り口付近に立っている空き家古民家を借りて、

此処で笛を吹いて暮らそうと決めた。


幼い頃に脳炎を患っている彼は、

詩的、哲学的脳は時折非凡なキラメキを発揮するが、

社会倫理、常識的脳は未発達なので

50年以上生きているうちに、

ややこしいプロセスは無視して、 直接結論を下してしまう

“直感型人間”に成ってしまっているのだ。


(だいたいにして可笑しいだろう!

 人の住んでいない空き家物件の

中にも入らないうちから 結論を下すって!)


もちろん仲介して下さった方から、

リフォームすればまだ充分住めるだのなんだの

現実的な情報は聞かされているはずなのだが、


“笛吹ケンジ”には全く理解できていなくて、


『この部屋をスタジオにして、笛吹ければバッチリですわ!

ここに決めます!』と賃貸契約を結び、

後日荷物をまとめこの“桃源郷”に転がり込んだ。


3人の地元男性有志の助けで、

空き家に無事家財道具の搬入が終わり、

彼らに贈答用のタオルをプレゼントし、一時雑談で和み


彼らが去った頃には、陽はずいぶんと西に傾いていた。


とりあえず拭きそうじだなと、

台所の水道蛇口をひねったが一滴の水も出てこず、

コンセントをさした掃除機も動かない。。


 ちょっとあせり出し、家の外に出てみて辺りを見渡してみたが、


 その一面の銀世界には、


 一人の人も、一台の車も発見できず、


 携帯電話さえ繋がらない土地に来てしまっていた。




      『暴走!限界集落~久瀬原の里』その2




 里の周り一体を眺めてみると、

 その中央付近に家屋を確認できたので、

 雪道を歩いてそこを訪ねてみると、


 一人の女性が和やかに縁側に座り、

 菩薩のような微笑で、外に立っているケンジを見ていた。


 『すいません!

 今日そこの空き古民家に引っ越してきたんですけど、

 電気もきていなくて、水道も出ないんですけど、

 どこに連絡すればいいんでしょうか?』


 まくし立てる様に彼は尋ねていた。


 その女性から、

 その家の水道は井戸水を電動ポンプで汲み上げていること、

 電気は空き家なので電力会社が止めていることを

 教えてもらい、


 携帯電話がつながらない地域なので、

 

 菩薩の彼女は、


 自宅の固定電話で電力会社に催促してくれたので、


 あせり出し舞い上がりそうになったいたケンジは


 我を取り戻していた。


 その日の陽が暮れる頃、電灯が灯り水道も使えるようになった

 古民家に戻ったケンジは、昼食も取らずに

 フラフラになっていることに気づき、好物のお好み焼きでも焼こうと

 炊事場に立っていると、

 

 『こんばんわ♪』と女の人の声が聞こえた。


  外に出てみると右手に炊飯ジャー、

左手に、沢山の手作り料理が入ったバックを持った、

 先ほどの菩薩女性“おしどり恵子”が立っていた。


『水道も使えないんじゃ大変でしょう、

 ご飯持って来ました食べてください♪』


 彼女こそ、この里最強の婦人会


 “久瀬原シスターズ”のリーダー


 その人であった。



    『暴走!限界集落~久瀬原の里』その2-2章



 ケンジは軽い感動を憶えていた。


 彼は中学二年の春に痛い初恋を体験している。


 クラスも変わり、

 すぐ前の席にいた、“徳田恵子”と仲良くなりかけた頃


 机の下に、

 生まれて初めての自分に宛てられた

 匿名の

 ラブレターを発見し、


 舞い上がった彼は、ヤッター!と

 クラスの悪童たちに見せびらかしていた。


 しかも当時の人気テレビ番組“少年探偵団”の 影響を受けており、

 よせばいいのに犯人探しのような

 筆跡鑑定までしだし、


 この匿名のラブレターの差出人は、

 “徳田恵子”であると結論を下し、クラス中にふれ回った。


 それ以降、


 “徳田恵子”は口を利かなくなり、


 ケンジの顔さえ見ることも無かった。


 差出人が彼女であろうが無かろうが、

 自分の愚かな振る舞いで彼女を傷つけてしまったと悟った頃には、


 蝉が悲しく鳴いていた。


 そして今、

 初恋の女性“徳田恵子”に


 容姿、雰囲気が酷似している“おしどり恵子”が、


 人里離れた山ん中に一人いる自分に、


 食事を作って来てくれたのだ。


 勇気百倍!

 夕食を済ませたケンジは、


 大好きな薪風呂も沸かさず、


 この幽霊屋敷状態の


 古民家の掃除に取りかかった。



     『暴走!限界集落~久瀬原の里』その3


    

     2011年3月下旬、午前11時ごろ。


この桃源郷に転がり込んで一ヶ月ほど過ごした笛吹ケンジは、

里の中央付近に建っていて、十五畳ぐらいの部屋に土間の炊事場が付いている

集会場に足を運んでいた。

 

“久瀬原シスターズ”のリーダーおしどり恵子から

この日、この里の新年宴会があるので、

ミュージシャンであるケンジにも会に参加してもらって

 

2~3曲でもいいのでギター演奏で唄ってほしい旨を 伝えられていたのである。


里に暮らす人達にとっての正月は、暦の上では早春であり、

巷に訪れる真冬の正月などは無縁のものであるが、

 

文字どうり新春に正月がやってくる。


集会場の入り口に着き、入り口のガラス戸を開けようとすると、

自動扉のようにスーッっと戸が開いた。


『まぁーまぁー、ようこそ!』


おしどり恵子が、例の菩薩の笑顔で出迎えてくれた。


玄関で靴を乱雑に脱ぎ、部屋に上がってみると、

20代から90代の10人余りの男女が                   

U字型に整えられたテーブルに一人分の空席を残し、


びっしりと座っていた。


ケンジの脱ぎ捨てた靴を整えたあと、おしどり恵子は

彼の担いでいるギターの置き場所を指定し、

一つ残っている空席に彼を案内した。


宴が始まり、半時ほど経ったときだった。


『それではここで、笛吹さんの創ったCDを、

  かけてみましょう!』


おしどり秀夫が、まるでバラエティー番組の司会者のような

張りのあるトーンで唐突に宣じたが、


集まった人達は、ことさら気にも留めず、

マイペースでそれぞれが歓談したり、

振舞われている、数千円はするであろう仕出し料理に 

箸を伸ばしたり、ふんだんに用意されていた

各種ドンリンクをグラスに注いだりしている。


この里に暮らす人たちにとって、人間が作ったB.G.M.などは

さほど興味をそそらない。


日常の生活の中で絶え間なく聞こえてくる

 

鳥たちの求愛の歌、吹き抜ける疾風の笛の音色、

 

滴り落ちる雨のリズム、


音楽は、あたりまえに常に生まれ続けている。。



   『暴走!限界集落~久瀬原の里』 その3-2章


 ある部分、ケンジはホットして目の前にある料理を

 堪能することができた。


 地元芸能部の役職者である、

 おしどり秀夫のサプライズ演出であったことは理解できるのだが、

 

 このような集まりでお酒が入り、自分のCDなど披露されると、

 きまって有名な音楽家のサクセスストーリーなどを語りだし、

 挙句の果てに、上から目線のお節介な助言者が現れるゆえ、


 反応の無さに一抹の寂しさは覚えるものの、

 そのお節介助言に対応することの苦痛に比べると、

 無関心であってくれた方が、

 

 余程、彼にとっては気楽に宴会を楽しめるのだ。


 おしどり秀夫の機転で宴会場に、

 ケンジの竹笛CDが流されてからしばらく経って、

 自分の音楽が披露されていることなど気にも留めず、


 飲み干したビールのグラスをテーブルに戻し、

 そろそろ好物の日本酒にいきたいナと、

 地元産の日本酒をはじめ、数種類並べてあった

 酒のボトルを眺めていた時であった。


 『ここの者んは、みんな仙人みたいなもんや!!』


 この里の歴代の村長の直系の子孫である、

 “大和純二”が、

 人差し指を立てた右手を、里人たちに向けながら


 〔ちょっと礼儀知らずな者だと思うだろうが、

 悪気はないので気にしないで欲しい。〕と

 会場に響き渡るぐらいのトーンで


 ケンジの方を見ながら言明した。


 『ほー!!そうですか!』


 ケンジは、もの心が付きはじめた頃から、

 老荘思想に惹かれていて、本物の仙人に憧れているので


 改めて左右に首を振り、そこに居る里人たちを見直しながら

 大和純二の言明に応答していた。


 (この二人の会話は、

  お互いの相手の心情を、誤解した上での発言であるが

  表面上は何の問題も無く成り立っている。

  言葉によるコミニケーションとは、

  得てしてこのような事が、多々あるのではなかろうか。)



『暴走!限界集落~久瀬原の里』 その3-3章


目を輝せながら里人たちを眺めているケンジを確認し、

 創作者の心情を気遣う発言をした

 大和純二は、肩すかしを食らったような様子で、


 黙って肩を落としていた。


 彼は、この里で生まれ育っているが、

 他所の土地で大学生時代に4年間の一人暮らしを体験している。


 その当時は、学生運動がピークに達していて、

 あの歴史的事件、“日本赤軍、浅間山荘立てこもり”が

 勃発していた頃であり、


 いやがうえにも、彼の青春の1ページには、

 体制側権力に対する反逆の精神が刻まれており、


 当時の若者のカリスマ的存在であった、

 “フォークの神様・岡林信康”を、10年間にも渡り 

 地元、人口千人足らずの町の公民館で

 招聘コンサートを行った中心的人物で、


 この快挙は、山陰・石見地方の音楽愛好者の間では、

 今尚、ちょとした伝説として語られることがある。


 程なくすると、好物の日本酒を堪能している

 ケンジの肩口後方から、

 開かれた自作竹笛CDジャケットを持った

 女性らしき手が出現した。


 『このジャケットの絵は、どなたが描かれたのですか?』


 ふと首を、左90度ほど振り向くと

 “久瀬原シスターズ”のセンターフォワードで

 ケンジより一つ年下の“大和なでし子”が


 知的な微笑みを浮かべ、彼のすぐ傍に現れた。


 彼女は大学生だった頃、大和純二と知り合い、

 卒業後この里に嫁いで来た。絵画や、書道に秀たる才女にして、

 出しゃばらずとも、健気に剛直な夫を柔和忍辱に接しながらも、

 芯の強い、いまや絶滅危惧種に近い日本女性である。


 『6曲目のタイトルの“dragonfly”は。。とんぼのことですか?』


 続けて彼女は尋ねていた。


 創作者の作品に対して質問する人達の関心は、

 大まかに二つのタイプに分かれる。


 ひとつは、純粋にその作者の本質に関心を持つタイプであり、


 もう一つは、質問者自身の崇拝する偉大な芸術家に比べて、

 物足りない部分を質問し、相手の創作者の応答に対して

 その偉大なる芸術家の例を語りだし、

 目の前にいる創作者を叱咤激励することに関心があるタイプだ。


 大和なでし子の質問は、ズバリ前者のタイプであったので 

 ケンジは、微笑んで対応できたのだが、


 多くの創作者にとってやっかいなのは、

 後者の質問に対応するときなのだ。。


 後者のような質問をする人は、

 情け深い、思いやりの心をお持ちなのだが、


 創作者にとって、その思いやりの心は、

 いらぬお節介の何者でもないのだ!


 一部の軽薄な創作者以外の、創作者の想いは、


 自分自身の魂が打たれるものを創作したいのだ!


 空っぽから湧き上がる歌を唄いたいのだ!


 壮大な大空に飛び立つように描きたいのだ!


 偉大な芸術を創って世間から注目されたいなどと言う

 

 破廉恥な動機などには、まったく関心を持っていないのだ!



    『暴走!限界集落~久瀬原の里』その4


     2011年3月下旬の昼下がり。


 おしどり恵子からリクエストを受けていた、

 ギター演奏と唄のことなど

 すっかり忘却の彼方に去ってしまい。


 日本海の新鮮な、魚介類の刺身に舌鼓を打ちながら、

 久瀬原シスターズの面々から

 次々差し出される、数種の日本酒を嗜み、


 大和なでし子の、出張コンパニオン・サービスを受け、

 すっかりご満悦状態のケンジの耳に、


 進行役の、おしどり秀夫の声が届いた。


 『笛吹さん!そろそろ演って頂きましょうか!』


 するとケンジは、


 『えっ、何をですか!?』


 一瞬困惑な表情になってしまった、おしどり秀夫は

 気をとり直し、白い歯を見せながら

 両腕で、ギターを弾いているポーズをして見せた。


 (ケンジくん、世の中そんなに甘くはないのだよ、

  君がいま頂いているご馳走や、お酒のお金は

 何処から捻出されとると思っているのかね?)


 宴会費は、里人たちが月々納めている里会費で賄われていた。


 もちろんケンジも里の住民になったので、

 里会費を納める意思は、里側に表明していたのだが、

 2015年の現在に至るまで、


 一度たりとも、それを請求されたことはなかった。


 この件に関しては、彼も何故だろうと考え、

 ふた通りの仮説を建ててみている。


 ひとつは、業者に頼んでしっかりリフォームすると、

 500万円は掛かるであろう、

 入居した古民家を、家の周りにある木や竹を切って、

 0円で古民家を修理している、彼の様子を察し


 里側の慈悲で、請求を遠慮している。


 あるいは、娯楽の少ない里の新年会などで

 彼に一芸演じてもらって、


 そのお礼金として、彼の会費を空除させてもらっている。


 ケンジは、後者の仮説を信じている。


 いやっ、正確には信じたい。


 それに、その根拠が無いわけでもない。


 年に1~2度ではあるが、

 里の青年団が主催する催し物などの寄付金は、


 一口(500円)だけではあるが、お願いされるので

 快く支払っているのだ。

(まったく、自慢にもならない話だが。。)



   『暴走!限界集落~久瀬原の里』その4ー2章


 あっ、そうだ!それ(ミニライブの依頼)があったんだ。

 と席を立ち上がり、会場上座の端に置いた

 ギターを抱え、上座中央に備えられていた


 小洒落たパイプ椅子に腰を下ろした。


 まずは自己紹介代わりに、

能天気な明るめのジャマイカ民謡に、

 即効の歌詞を乗せ、


 のびのびと唄いはじめた。


 一曲目を聴き終えた里人たちの反応は、

 相変わらずなものであって、

 

 パチ。。パチ。。と無味乾燥な拍手が会場に漂っていた。


 基本、ぶっきら棒な性質のケンジであるが、

 大阪商人の3男として幼少の頃を過ごした彼は、


 いざ、お客さんを前にすると、

 無意識層にそのサービス精神が宿っていて、


 以前に、名古屋FM局の番組CMソングに採用され、

 東海地方の音楽愛好家に好評を博した、


 オリジナル曲“IMA”のことを思い出し、

 ミニライブ2曲目を、この楽曲をもって唄い挑んだ。


 オリジナル曲“IMA”の歌詞は、このようなものであった。


 (  い~ま 雪は溶けた~ い~ま 春は来る


    い~ま 花は咲き~  い~ま 風は吹く


        中略


    気ままな~旅人~ 流れ行く~ 白い雲


    どうして~おまえは そんなに~自由なの?


    笑いたいだけ~笑うだけ 泣きたいだけ~泣くだけ


    歌いたいだけ~唄う~だけ~ 生きたいだけ~生きるだけ


           中略


    い~ま 風は去り~ い~ま 青い空


    い~ま この時を い~ま 生きるだけ)



   『暴走!限界集落~久瀬原の里』その4-3章


 ミニライブ2曲目のワンコーラスを過ぎた頃、


 会場のムードは一変した。


 その生演奏のリズムに合わせ、

 オーディエンス全員が手拍子を打ちはじめ、


 “久瀬原シスターズ”最年少のアイドル的存在である

 “そのまんま然子”は、すっと席を立ち上がり、

 その愛くるしい瞳をさらに輝かせ、


 会場ところ狭しと踊り廻ったのである。


 そのまんま然子は久瀬原シスターズの中で、

 ただ一人、この里に生まれ落ちた


 ちゃきちゃきの天真爛漫な里っ子であった。


 この意外なほどの里人たちの変貌ぶりに、

 ケンジのミュージシャン魂は揺り起こされ、


 我を忘れ、がむしゃらにギターをかき鳴らし、

 

 湧き上ってくる、その歌に没頭し続け


 唄い終わった会場には満場の拍手が響き渡っていた。


 その響きが消え去った直後であった。


 『うむ、いまの曲はいい曲だった。。』


 里のご意見番、御年90歳の“大和節介”通称、

 節爺の口が開いた。


 彼は、大和純二の母の婿養子として

 この里に迎え入れられ、中学校の教職を定年後、

 木工玩具の製作に取りかかり、


 地道な営業努力を根気よく続け、

 20年後にこの木工玩具をブレークさせた人物であり、

 営業戦略に長けた頭脳明晰な爺さんだ。


 ケンジがこの里に住みはじめた、ある日のこと、

 彼の家に節爺がフラッと訪ねて来た。


 ケンジは家の修理で忙しかったのだが、

 せっかく訪ねて来てくれたのだから

 お茶を出し、節爺の話相手になっていたが、


 なかなかお互いに合う話題も見つからないので、

 あまり興味は無かったが、社交辞令で

 節爺の木工玩具に話題を振った。


 節爺は生き生きとした口調で、その成功哲学を語りだし

 最後に、儲かったお金で

 町の神社に多額の寄付金を譲渡したことを、自分の口で

 ケンジに誇らしげに述べたあと帰っていったが、


 ケンジは、その寄付金の話しを誰からも聞いたことは無かった。


 宴会場ミニライブで事件が起こったのは、


 最後の曲、“ナイナイ節”を歌い出した時だった。



   『暴走!限界集落~久瀬原の里』その4-4章


 このオリジナル曲“ナイナイ節”には、


(無い、無い、何にも無い、ナイナイぶ~しは何にも無い)


という歌詞が最初から最後まで幾度となく、繰り返し登場する。


ケンジが唄いはじめて4小節後から、

客席全員が、彼が即効で自分たちの歌を唄ってくれているもの

と思い込み、


この繰り返しパートを大合唱しはじめたのだ!!


“ナイナイ節”とは、こんな歌である。


(ナイ、ナイ 何にも無い ナイナイぶ~しは何にも無い


 サビも無い オカズも無い ナイナイぶ~しは何にも無い


        中略                 


 なんにも無いから幸せナイ 幸せナイから不幸ナイ

 

 選ぶも~のは何にも無い 何にも無いから全てある


 青い空がある 広い海がある 何にもナイいから全てある


 やさしい心~ 無邪気な絵顔~ 何にもナイから全てある


        中略                  

          

 ナイ ナイ 何にも無い ナイナイぶ~しは何にも無い


      なんにも無い~~


      なんにも無い~~            )


 ケンジは若き頃から、海外をはじめ


 全国数多くの市町村で暮らす人達の前で、演奏を行って来たのだが、


 初めて訪れた土地で自分のオリジナル曲を


 初めて聴いた人たちが、


 自分に合わせて一糸乱れず大合唱している


 光景に出会ったことは無かった。。


 これは彼にとって


 前代未聞の大事件であったのだ。



   『暴走!限界集落~久瀬原の里』その5


    2011年3月下旬の午後3時過ぎ。


 唄い終わって、宴席に戻ったケンジの対面の席に座っていた

 大和節介が、まるで何処かの面接官のように

 ケンジの事について質問し出した。


 彼のケンジに対する質問は、色々な角度の問いではあったが、

 結局どれも同じことを聞き出そうとしていた。


 (まだ年金支給年齢にも満たない男が、

  田舎の古民家で、竹笛音楽喫茶をやりながら

  暮らして行こうなどと言う、

 

  優雅で呑気な者だ、きっと何かで儲けて

  充分な貯えがあるはずだ、

  その何で儲けたのかを聞き出したい。)


 ケンジは50数年生きて来ているが、

 金品を貯えると言う発想は、無いに等しい男であった。


 何かで稼いで小金でも入ってくると、

 それを貯め込んだり増やそうなどとは、まず脳裡に浮かばず


 働かないで好きな創作に没頭したり、

 旅に出て温泉に浸かったりしているうちに、

 その小金が無くなりかけた頃に、

 はじめて、そろそろ稼がないとなぁ、なんて思うのである。


 執拗な大和節介の探りに、

 ケンジは事実を正直に答えているにも関わらず、

 

 節爺は首を捻るばかりであった。


 一向にかみ合わない問答が始まって、小一時間ぐらいが過ぎ

 もう辟易としているケンジに向かって、

 大和節介のお節介が炸裂した!


 『こんな田舎でそんな店やっても、客来んじゃろう!?』


 (大きなお世話だ!!)


 間髪を容れず、ケンジは言ってやった。


 『それは、一概には言えないと思いますよ。』


 対面左側に座っていた、節爺が姑である


 大和なでし子の瞳が


(よくぞ、仰いました!)とキラリと光っていたことを


 ケンジは見逃さなかった。

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