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二章 二話


 そして私は学校の前に立っていた。放課後の、しかも部活も続々と終わっていく時間帯。

こんな時間帯から学校に入るなんて、変な気持になった。まるで知らない人の家に上がった時のような、居心地の悪さを感じる。

毎日登校しているはずなのに少し暗く人気がないだけで、自分が通いなれた学校ではないような印象を受けて、それで違和感がわくんだと思う。

「建物ですら二面性ってあるのね」

 私はひとりごちにそうつぶやいて。私の教室へと向かう。

 私は呼び出されていたから。

『縁 蛍』に。

 縁さんは変わった人だ。こちらの予想なんて軽く超えてくる、教室で待つ彼女が私に何を言いたいのか、何をしたいのかも想像がつかない。

「私の周りには変わった人ばかり、なんでだろ」

そして私は、そうういう想像もつかない何かが嫌いだった。

 そうこうしている間に教室の前につく、すりガラス越しから教卓の上に誰かが座っているのが見えた。

 扉をそっと開けてみると、案の定縁さんが座っていた。けれどいつもと雰囲気が違う。

 大人しいという印象を受けた、落ち着いた。まるで少女のような横顔に。紫がかった夕闇が影をさし、どこか物憂げ、ミステリアス。

そしてなぜか、私が来たことにまるで気づいていない。

 いや、気が付いていないわけはないんだ。だって私と彼女の間に物質的な隔たりはなくて、扉を開けた音も大きいし。

 それを私はどうとればいいのだろうか、あからさまな無視? それとも別の理由?

「遅かったなぁ」

 私が右往左往していると、またあの嘘くさい関西言葉で縁さんは声を発した。依然として私に視線を向けないで言ったので、私に投げた言葉なのか怪しいと思ったけれど。

「時間指定がアバウトだから遅いも早いもないんじゃない?」

 私は紙を開いて見せる。『放課後、部活の終わるころ、この教室にて』そんな文字が書かれていた。

「まぁ、確かに」

 強気な転校生は驚くほどあっさり引いてしまう、もっと噛みついてくると思ったのに。

「で、何の用? 私、数学のノルマがあるのだけれど」

 今日の間に問題集を3ページ、今日の範囲と明日の範囲、それを片付けてしまいたかった。ほかにもやらないといけないことは多くある。

「うち……。いや。私、攻撃的だったよね」

 私は、目を見開いた。と思う。

「でも仕方のないことだったの、パフォーマンスはいつだって必要でしょ?」

 口調を変えたことにもびっくりしたし。何よりいきなりしおらしくなったから、すごく驚いた。

 もっと言うと、なにかたくらみがありそうで、すごく気持ち悪い。

「なんだ、標準語で話せるんじゃない」

「言ったでしょう、私は無理やりに関西弁を覚えたのよ」

 物腰といい、言葉遣いや話し方と言い。乱暴な印象が一転してどこかの令嬢と接しているような、堅苦しい気分になる。

「で、話し方を変えてどうしたっていうの」

「単刀直入に言うなら、私にクラスの指揮を任せてもらえない?」

「前から気になっていたのだけど、なんでそんなに張り切ってるの?」

「あなたがそんな態度だからよ、やる気がない」

「なんでそう思うの?」

「だって、今言ったでしょう。なんでそんなに張り切ってるのって。張り切るのはあたりまえのことじゃない、なのにそんなこと言うなんて手を抜いているだけとしか思えないわ」

 あたりまえ、か。

 私は一つため息をついた。安堵と、呆れの。

「別に私の承諾なんていらない、好きにすればいいじゃない」

「それだと、あなたにとってよくないわ」

「なぜ?」

「この、パワーがあり余ってる学校祭時期に、トラブルの末、まとめ役を解任されると、他の生徒のストレスのはけ口にされる可能性があるでしょ」

「どういうこと?」

「ほら、学校祭時期って人とぶつかることが多いから、何かと不満が募るでしょ、あの人はきちんと仕事をしていない、あの人は威張ってて自分の都合しか押し付けない、あの人は何が何でもいい役をもらいたいと思ってるに違いない。そうなると地味な反撃が飛んでくるから、あなたは静かに引いて、私に全権を任せればいいのよ」

 なぜ、こんなに何もかもが大仰なんだろう。そして芝居がかっている。

「昔風に言うと、軍門に下れ?」

「下る必要なんてない」

 そして唐突に、縁さんは関西弁に戻っていた。いつもの、嘘くさいやつに。

「ウチらがなんかやるのを肯定して、当たり障りなくやってくれたらええんよ。そもそも真昼、行事とか嫌いやろ。うち一人で生きてけますってオーラ滲みだしとるし。集団行動とかクソくらえって発想なんやないの?」

「そうかもね」

 私は口がこわばらずにそう動いてくれたことに感謝した。

「どちらにせよ、やる気がある人が仕切るべきよね。それはわかる」

「わかってくれたらええねんけど」

「でも、それですべてがスムーズにいくかは話が別よ」

「どういうことや?」

 縁さんは首をかしげる。

「私のスケジュール通りに、学校祭の準備が進まないと、別の予定を圧迫することになる、それは避けたいわ」

「なぁ、真昼。全部予定調和に物事が通って面白いん?」

「真昼って呼ばないで」

 その時、縁さんは少し笑った。

「じゃあ、喜多さん」

「なに、縁さん」

「蛍って呼んでくれへんか? うち縁って苗字すきやないねん」

「じゃあ、縁さん。私はあなたのやりたいことは一切邪魔しないわ。それがどれだけめんどくさいことかわかるもの、でね縁さん」

 すぐに、縁ゆうな、って怒るかと思ったら縁さんは私の言葉に耳を傾けていた。縁さんは人のペースを乱すのが得意らしい。そして私はそういうタイプが苦手だ。

いや、嫌いだ。

「もし縁さんが全部やってくれるっていうならそれはそれで構わない、でもそれで私のやりたいことに被害が出たら怒るわよ、クラスのみんなは、私のバイトや部活動のことなんて気にしてくれないでしょ? もっと言うなら勉強すらおろそかにしていいって風潮が、時期が近付くと流れ始める。私は管理する側に回ることで、その風潮をコントロールしたいのよ」

「ふーん」

「私は、他のみんなと違って学校生活より。学業の方が大切なんだ。それに支障を出してほしくないの」

「それでいて自分の評判は落としたくないか、自分勝手やね」

「そうね、それは思うけど、私が指揮を執るならそれが可能なのよ。バカらしいの、勉強したいっていうのは正当な権利のはずなのに、この時期はそれを優先すると敵に回る人が多すぎるから。真っ向からぶつかっても反感はなくならない、当然の権利を害することなんか間違っているはずなのに、高校生はそんなこと考えてくれない、思いもしない、だから……」

 その時、縁さんが手をパーのまま前に突き出して、私の言葉を遮った。

「なんでそんな神経質に全部の事柄きれいに分けようとするん? ちょっとくらい学業のためにバイト犠牲にしたりとか。学校祭のために学業おろそかにしたりとか、ええやん別に。そんな目くじら立てんでも」

「そのちょっとを捻出するために、どれだけ苦労したか知らない人間は、またそのちょっとを要求してくるわ。

そして、もっと頑張って、やっと作り出されたちょっとを明け渡すと、次の何も知らない人が、もうちょっとってすり寄ってくる。

それは自分の身を無償で切り分けてあげているのとおんなじだ。私の存在はボランティアじゃない、人に対して優しくする義務なんかない」

「行事かて勉強やで。チームワークの尊さを学ぶんや」

「そして、足の引っ張り合いもね」

「はぁ、うちの感じた違和感はそれか」

 突然縁さんは突然後ろに跳ねた.まったく見ずに吸い寄せられるように教卓の上に腰掛け、そのしなやかな足をクロスさせた。

「真昼、あんた人を怖がりすぎやで、何がそんなに嫌なん。ウチからみればあえて関係を薄くしてるようにしか見えへんもん」

 私が人を怖がる?

「人と関わるのが怖いから、誰とも親しくしないし、誰かに突っ込まれたくないから正しく生きるし、誰にも悪口言われたくないから、コントロールするなんて発想が出てくるんやないの?」

「…………言いたいことはそれだけ?」

 縁さんはそこで言葉を切る。何かを考え込むようなしぐさをした。次に私にかける言葉を考えている様子。

 そんな風に見えたから私は帰ってしまおうと思った。

 まだ続きがあろうとなかろうと、どうだっていい。彼女とは相いれない、それがわかっただけで十分な収穫。

 話が始まればまた、長くなる。

 そう、私は踵を返す。

「おいこら、帰るんか!」

 そう縁さんは戸惑ったような声を出す。

 そのほかにもいろいろ言ったようだが、私には聞こえなかった。

 見たから、それを。

 廊下を通りがかる人物がいた。すりガラス越しには人物的特徴は何もわからなかったけれど、来ていた服の色に見覚えがあった。

 それは、あの屋上にいた青年の、衣装のいろ。

「君! 待って」

 私ははじかれるように教室を飛び出した。

「おいまて、まだ話は終わってないぞ!」

 そんな縁さんの声をしり目に私は扉を開けて駆け出した。

 その人影を追うことが、今の私には必要な気がしたから。







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