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一章 六話


 なんだろう、今日はあんまりうまくいかない。そんな気がする。縁さんのことと言い、雪のことといい。私の頭の中は考え事でいっぱいだった。少しだけ疲れた。

 そういう時は考える暇がないくらい忙しくするのが一番いいのだけど、そういう時に限ってバイト先は暇だったりする。

 ひとりも客が来ない日は、月に二回ほどあるので、その時は大掃除をすることにしていた。

「そして、こういう時に限ってあいつはいないと」

 いなくていい時ばかりいて。こういうときにはいない。

 オーナーではない、乃杁だ。オーナーはさっきまで手伝ってくれていたが洗剤が切れたので買い足しに行っている。

「もう、いや」

 私は、真っ暗になってしまった室内を見渡す。

 ふと、私はこの部屋から出られないような気がした。扉を開けるとそこには何もないような。

 孤独感と、閉塞感。

(なんて、ちょっと悲劇のヒロイン気取ってみたり)

 最近は、予想外のことが多すぎた。

 乃杁や、縁さんの登場に、雪の不登校問題、学校祭の準備。

 どれか一つなら問題ない。いや学校祭の準備は日常として組み込まれていたから、それで何かが狂うことはない。

けどやっぱり、他の要因が私の心に負担をかけていた。

 本当に、ここ最近いろいろあったと思う。

 あとから縁さんのことを少し調べてみた、調べたと言っても評判を聞いただけ。

 結果として縁さんがいい人であることが分かった、なにせクラス全体のやる気を引き出していたのだから。

『それ、いいやん』『面白いこと考えるなぁ』『あんたがやるならうちもやるわ』

 そんなセリフで、周囲の人間の行動を後押しする。

 だから今日の話し合いはどちらも折れることなく最後までハイテンションを維持できていたのかと後になって思った。

 みんな、自分の意見が最善であると認識してそれを通すために頑張っていた。と、こういうことだろう。

 正直そのせいで何もスムーズに進まなかったので、いい気はしないけれど。

 人をたきつける才能がきっと縁さんにはあるんだろうと思った。

それはたぶん、カリスマと呼べるものではないだろうか。

 そして残念ながら私にカリスマはない。全体を見渡しただけで疲れ果ててしまう私にはあんなふうに人の前に率先してたって、引っ張ったり、後押ししたりできそうにない。

うまくやれる気がしないんだ、あきらめて、最高ではなく最善を目指してしまう私には、周囲の人間をやる気になんてさせられない。

 私は結局、何もできないのだ。人より優れているステータスがこれと言ってない。ぜんぶ努力に努力を重ねて平凡のちょっと上くらい、そんな風に私はできている。

 私は今やっとのことで立てている、そんな状態で、全神経がまっとうに生きるということのために使われている、それこそちょっとの衝撃で崩れ去ってしまう位不安定なバランス感覚で立っている。

でも、と私は思う。

不安定なのは私だけじゃない。この世界もだ。

世界はとても不安定だ。消費税は平然と5パーセントから8パーセントに変わるし、変な転校生はやってくるし、キャベツの値段は上がるし、隣の家には三人家族が引っ越してくるし。この前なんてこの町でコンビニに強盗が入ったし。

世界は全然安定していない、突然に、唐突に何の前触れもなく、変わっていく、不安定だ。こんな世界に立つには二本の足では頼りない。

でも、そんな風にぶつくさ文句を言う暇があるなら、この足腰を鍛えた方が建設的で現実的。

いくら文句を言っても、この世界は変わっていくのは止められないのだから。

 手からタオルが落ち、私はその音で我に返る。

 指先の感覚も曖昧になっているのかもしれない。机を拭こうと寄りかかった体制で私は動きを止める。うつむいているこの体制がなんとなく楽だった。

「私は……」

 その時、写真館が光で満たされた。誰かが電気をつけたのだ。私ははじかれたように入り口に視線を向ける。

 乃杁だった。

「暗いな」

「悪かったわね」

「君がじゃなくて、部屋が」

 乃杁は買い物袋をそこら辺のテーブルにおろすと、私の近くまでやってきて、手身近な椅子に腰を下ろした。

「最初と逆だね」

「最初?」

「暗い部屋に、俺がいて。君がそれを明るく照らしたんだ」

「詩的だね。でも電気をつけたのは私じゃなくて、オーナーよ」

 乃杁が不思議そうな顔をして首をかしげた。

「じゃあ、真昼はなぜそこにいたの? 何をしてたの?」

 私は……。あの時何をしていたんだろう。

「さぁ? 乃杁は?」

 本を読んでいた、私は知っている。けれどあえて聞いた。

「俺は、暗くなってた」

「どういうこと?」

「自分の今後とか、何でここにいるんだろうとか。本を読むふりして考えてた。君は?」

「私?」

「そう、何を考えていたの?」

「最初にあったとき?」

「違う、今」

 私は、何を考えていたのだろうか。

 考え事っていうのは、すぐにわきにそれてしまうから、気が付いたら信じられないほど関係ないこと考えていたなんて、よくある話で。

「最初は、今日はいいことなかったなって」

 乃杁は首を縦に振るだけで先を促した。

「次に、なんでいいことがないのかなって思って」

「真昼のいいことってたとえば?」

「毎日がほどほどに忙しくて、平和で。変わったことはあんまり起きなくていいかな」

「ってことは、今日は。変わったことがあったのかな?」

「転校生に嫌いって言われた」

 私は、微笑んで見せた。なぜそんなことをしたのかわからない。意味はない。

「意外だな、真昼はそういうことを言われても傷つかないと思ってた」

「人をなんだと思ってるのさ」

「人より、不器用な。人よりちょっと感情を表に出さない。女の子」

「なんか、それだけ聞くと私っていいとこないな」

「あるよ、たくさん。優しくて、気が利いて。あんまり自分の感情を表に出さないのは人に気を使ってるから、そして自分が傷つかないため」

 私は、乃杁から視線を外し、部屋全体に向けてみる。

ここ最近オーナーがこの店をあけることが多くなった、理由はまちまち。けれどそれも私にとっては大きな変化。

 私はやっぱり変化が嫌いだ。何も変わらなくていい。このままでいい。なのに。

「私、もしかしたら傷ついてるのかもしれないな」

 でも、だからなんだというんだろう。私はその先がわからなかった。このもやもやを何かにぶつけるべきなんだろうか。

私は、自分が傷ついていることを知ってどうすればいいのだろうか。

「自分で気づかないなんて、おかしな人だ」

「私でも、そう思う」

「ずれてるね」

「うん」

「でも、そういうのかわいいと思う」

「ありがとう」

 私は、その言葉があんまり好きじゃない。

 喜べばいいのか、謙遜すればいいのか。否定すればいいのか。わからないからだ。

 それになんとなく、もやっとする。同時に乃杁にがっかりした。

 その理由もよくわからない。

 そんな安い言葉使ってほしくなかった、って気がする。

「真昼は……」

 乃杁の話し方がすこし変わった。その両目が私の両目をとらえる。

「何が好き?」

「私は、本が好き。植物と。あとは」

 それだけ。私は好きなものがそんなにない。

「真昼は、自分の話をなかなかしないね。自分の意見に思えてもそれは客観的事実であったり、予想される事柄であったり、あまり自分の感情とかを交えて話さないね」

「それは……」

「真昼は、たぶん相手が望むことしか話そうとしないんだね。無意識に相手の気を引くための話の道筋がわかるんだ。だから自分のことを話すことがない」

「それは、悪いこと? そんなはずない。いいことだと思う。他人を深く理解できるってことはそれだけ親身になれるってことは。それだけ問題解決に近づくってことでしょ」

「真昼は、楽しむための会話ってしないの?」

「あなたこそしないじゃない、そうやって斜に構えて、お前は間違っているってスタンスで。話を進めて。そういうのめんどくさい」

 めんどくさい。その言葉を私は意識して使った。

それは私の精一杯の拒絶。

乃杁に、もう私の領域に入ってきてほしくなかった。

「やっと話してくれたね」

 でも、そんな私の言葉なんて意に介さない様子で私に笑顔を向けた。

「そうやって何を思ってるか話してくれればいいのに、あれは嫌、これは好きって。だから自分が何を好きで何が嫌いなのかもわからないんだよ、自分の言葉で口にして初めて実感できることって多いと思うから」

「なんで乃杁は他人の奥深くに入っていこうとするの? 何で乃杁は他人を知ろうとするの?」

「仲良くなりたいからだよ、その人を知って仲良くなれば世界が広がる」

「世界?」

「俺は、たくさん世界を見てきたけど。でも自分の中で情報として、思い出として残っている記憶って、誰かと見た風景とか、誰かに説明してもらいながらした体験だとか。誰かと見たり聞いたりしたことばかりなんだ、それはきっとその人によって見方とか感じ方とかがだいぶ変わってくるからだと思う。

 面白いんだよ、同じ景色を見るにしたって、父さんとみるのと、地元の女の子と見るのとじゃ抱く感情からして変わってくるんだ。だから俺は人と仲良くなりたい、人は俺にとって遠くを見させてくれる望遠鏡のような存在なんだ」

 乃杁が目をキラキラさせてそう言った。

「じゃあ、私の世界はとっても狭いね。私は人のことを知りたいと思えない」

 思ったことがない、私は人と話をして、その人の性質とか、ステータス的な面とか、そういう大雑把な部分しか見てなくて。その人は何が好きなのかとか全然、気にしたこともなくて。

「でも、私はそれでいいと思った。だって、乃杁みたいに人と接するには、私の周りにいる人間は多すぎる」

「ああ、そうだと思う」

 驚いたことに乃杁はあっさり頷いた。

「日本は、その場その場に流れてる情報が多すぎるんだ。それも必要のないものだったり、他人が流した嘘……ノイズだったり、真昼のような考え方は邪魔なものに引っかからないって点で有利だと思うよ。けどね」

 乃杁は続ける。

「そんな風に神経質に悪い情報を抜き取ろうとずる真昼は、なんていうか孤独に見えるんだ、一人で立つことにこだわるあまり、周囲の人間を拒絶している。君を思い浮かべるとき、誰かといる図が浮かばないんだ」

 それが、なんだっていうんだ。私は。別にそれでいい。

「あなたは何? 私をバカにしたいの?」

「……言い過ぎたみたいだ。ごめん」

 言い過ぎた? 違う。

 そもそも乃杁は私にこんなことを言う権利もなかったんだ。

そもそも乃杁は私のプライベートに踏み入ってはならない。

本当なら。だって……乃杁は赤の他人なんだから。

「真昼は、俺のことどう思ってる?」

「うざい人」

 今日は本当にいいことがない。なかった。

 私はそう片づけを始める。オーナーは帰ってこなかったけど、私はもう家に帰らなければならない時間。

そして明日のバイトは休み。それでなんだかほっとしている自分がいて嫌だった。

「明日は、来るの?」

 乃杁が言う。

「来ない、と思う」

 実のところ私は、バイトがなくてもこの店によることがほとんどだ。だからここで来ないと逆に変かもしれない。

 でもたまにはいいと思う。今日の私は最悪だ。明日の私も最悪かもしれない。

 そんな最悪な私が周囲に最悪を振りまいてしまうのが嫌だった、だから私は明日ここに来ない。

「また、明日ね。真昼」

 そう乃杁が私の背に声をかける、けど振り向いてなんてやらない。

 私は帰り支度をまとめ、扉のベルを鳴らして。駆け足でその店を後にした。




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