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一章 五話


 私は気に入らないことがあると、無意味な線を紙に走らせる癖がある。癖というかそうすると精神が安定するというか……。

授業を半分聞き流しながら、ノートの端っこにスーッと線を引いていると余計な感情を挟まないで考えることができる気がするのだ。

 私達は昨日雪と話をした、まるで子供の悪行を問い詰める大人みたいに、一方的に私の質問をぶつけて、雪はそれにのらりくらりと答えた。その結果、わかったことは何もなかった。

「俺が学校に行かない理由が知りたいのか?」

 私がひとしきり言葉を投げかけると、雪は苛立った様子でそう言った。

「絵を書きたいから、それだけじゃだめ?」

「だめに決まってるでしょ、学生は勉強すべきよ」

 私がそう返すと。

「模範解答だな」

 そう言って雪は私をせせら笑って、写真館を飛び出していった。

 そして今日学校に雪の姿はない。

 授業終了のチャイムが鳴る。

 光の席まで歩いていくと。ぼんやりとノートを見つめる光がいた。

「大丈夫?」

「大丈夫なわけないよ」

「私が余計なことしたばかりに、ごめんね」

「真昼のせいじゃないよ。だって、最近はずっとこんな調子でしょ? 来たくない時は学校こないもの」

 光は今日の朝、雪を迎えに行ったそうだ。だが家に雪はいなかったという。雪の母親はもうすでに雪は学校に行ったと言っていて、でも学校に来てみれば雪の姿はなかった。

「美術室にもいないの?」

「いなかったよ、美術部の顧問の先生にも来たら教えてくれるように言ってあるんだけど」

「一向に連絡はない、か」

「うん」

 二人して考え込んでしまう、彼はどうすれば学校に来るようになるのだろうか。

 まさか本当に絵をきわめて、そっち方面の大学か何かを受けるつもりなのだろうか。

 私は絵の世界というものを知らないけど、それでも狭き門なのはなんとなくわかる。

 その狭き門から入るために絵を練習する時間が必要なのだろうか。ならいっそ説得する対象を雪から光に変えた方がいいのではないだろうか。

 そう私は思い始めたが首をふる。

 光はそういう心配をしているわけではないから。

 光は雪の進路や、学校内での立ち位置を気にしているわけではないのだ。光は雪から今にも消えてしまいそうな、そんな気配を感じているんだと思う。

 常軌を逸したオーラというか、なんというか。

 彼女は雪がフッと消えることを恐れているんだ。

 なぜそんな気配を感じるのかは私はまだわからないけど。

 その時授業開始のチャイムが鳴った。

「次はHRね」

 光が言う。

「今年初めての文化祭の話し合いだ、頑張ってね真昼」

 先ほどとは打って変わって光の顔が華やいだ、私はその表情に少し安心感を覚える。やっぱり光は笑っていたほうがカワイイ。

「いってくる」

 そう言って私は微笑み返し。自分の席へと戻った。

 やる気のなさげなクラス担任が、申し訳程度の挨拶をして、全権をクラス委員である私にゆだねると、私に話し合いを開始するように言った。

 その後担任は開いている机一つに座りPCを広げ、何かを打ち込み始めた。仕事に使う資料のようだ。

「それじゃみんな、とりあえず何をやれるかを抜きにして、何をやりたいかを出していこう」

 意見はたくさん出た、メイド喫茶、お化け屋敷、スタンプラリー、科学教室、ハンバーガーショップ。

「海外のハンバーガショップを再現しようぜ、こうミニスカでローラースケートはいた女の子が接客してくれるやつ」

「あ、昨日テレビでやってたやつか」

「そう、あれだ」

 なんてものをテレビでやってくれたんだ、私はそんな恰好絶対にいやだ。

「ちょっと! それあんたたちは何するのよ」

「大体さっきから、案がエロいのよ、下心丸見え」

 そう女子が反論する。

「はいはい、否定なら後でね。まずは意見が出そろうまで」

 このクラスは、女子のリーダー格と男子のリーダー格の元に勢力が半々で分かれている。男子グループ、女子グループ。それで意見の対立が発生するのは目に見えていた。

「お化け屋敷でいいじゃない、定番だし、安定して人が入るんじゃない?」

 そう高らかに宣言したのは女子のリーダー格である、柿崎茜。彼女は髪を明るく染めてマニキュアアクセサリを身につけた、黙っていても周囲に主張を放つタイプだ。

 彼女が暴走すれば手が付けられない。

「定番ならほかのクラスもやるだろ」

「ならメイド喫茶も定番でしょ」

「メイド喫茶は複数あってもいいんだよ」

 そう男子のリーダー格である。田原修が言い放つ。彼には別の思惑があるのだろうか、先ほどから余裕を絶やさない。

「なんでメイド喫茶が複数あってもいいのよ」

 茜が修に喚き、修はそれに冷静に返す。

「複数あっても、他の店が気になるだろ。どの店があたりかって」

「あたりって、どうせ露出度とかで決めてるんでしょ、ほんとサイテー」

 そしてもはや私の声なんて聞こえていない、男子と女子が真っ二つに分かれていがみ合っている状態だ。

 まぁ私としてはこれは別に想定の範囲内で、そして意見がどっちに傾こうと問題ない。というより話の主導権は実は私が握っているんだ。

 このクラスは女子が二人多い、そして綺麗に二つの勢力が割れれば、女子17に男子15で女子が勝つようにはなっているが。

 この女子票の中には私と光の評も含まれているわけで。

「じゃあ意見は出そろったみたいだし、しばらく話し合って。授業十分前になったら投票するから、一人一枚、この紙に何がいいか書いて私に紙をください」

 まぁそんなにうまくいくかは疑問だけど、それでも私のような中間票、どちらに転んでもおかしくない票をコントロールできれば私の意志通りに事が進む可能性は高いのだ。

 中間票と言えば、転校生はどちらに入れるんだろう。すっかり忘れていたが。このクラスは女子が18人になっていた。

 彼女は一向に自分の意見を話し出す様子はない、自分の机に座って周りの男女と話をしている。

(クラスには溶け込めているようね)

 一応私は転校生の面倒を見なければならない立場だったが、一限目終了の休み時間でさっそく人に囲まれていたので、その心配はないと放置していたのだ。だから私はまだ転校生と何も交流がない。

「さぁみんな、投票して」

 ここで暫定的なクラスの意志を知るために投票を行う。結果私の票を除くとお化け屋敷が僅差で勝利していた。

 そして。そこでチャイムが鳴った。私はできる限りの大声を出そうと息を吸い込み叫ぶ。

「みんな、聞いて! 今度の話し合いは来週。で。舞台イベントの話し合いをしてないから。考えてきて。暫定的に今は、毎年の定番である劇で仮決定にするから、特にやりたいことがない人、劇でいい人は、何の劇をやりたいか考えてきてね」

 言い終わる前にふてくされた男子の一派が廊下へ出て行ってしまう。

 私も次は体育なので教室を移動する、体育委員が休みなので、体育の準備を代わりに行わなければならないのだ。あの子にはあとでアイスでもおごってもらおうと思う。

そう私が廊下に躍り出た時突然、誰かに呼び止められた。

「真昼。喜多真昼やんな?」

 関西弁だ。私は驚いた。それこそはじかれたように振り返った。

 私に話しかけてきたのは転校生だった。

細身で小麦色で。短髪の、でも一目で女の子だと一目でわかるくらい可愛らしい少女。

名前はたしか。蛍。

「縁 蛍さんね。どうしたの? 体育館の場所がわからないとか」

「あほ抜かせ、んなもん。おどれに聞く前に、友達に聞くわ」

 ここまででわかったことが二つある。

 たぶんこの子は私のことを快く思っていないこと。そして。

「縁さん。本当に関西に住んでたの?」

 私の意図したところが伝わったのだろう。縁さんはにやりと笑った。

「なんや嘘くさい関西弁やねとはよう言われるわ、でも関西に住んでたのはホンマやで。向うになじもうって無理して口調変えた結果、変になったんや」

「標準語で話せば?」

「ケンカするならこの口調の方がええ」

 ほら、やっぱり。

 私は額を抑える。

 そして、なんとなくことの全容が見えた。

「なんや、おどれの司会。黙ってつったとるだけやったやないかい。なんなん? やる気あるん?」

「あるよ、心配しなくても。うまくやる」

「うまくやらなくてもええねん。全力でやってもらわな、困るねん、な。うちら全力でやりたいんやから」

 全力というのは恐ろしい、私は一度全力で自転車をこいでいる時に転んだことがあるけど。肩から入って車輪のように回転し全身血まみれになった。

 今でも肩にあざが残っている。

 つまり何が言いたいのかというと。全力で走ってこけるのはもう嫌だということだ。

 けれど私はそれを彼女に伝えたりしない。熱くなった人間に冷めた人間の意見は、絶対に届かないと経験で知っていたから。

 たぶん、届く前に熱気で溶けてどこかに飛んでいくんだ。

「大丈夫だよ、私が全力にならなくてもうまくいく、私はたんなるまとめ役だからさ。主役はみんなだから」

 そう私は踵を返す、すると以外にも落ち着いた声で縁さんはぽつりとつぶやいた、それがはっきりと私の耳に届いた。

「そういう、腹になんでも抱え込む奴嫌いやねん」

 私は、そうやってずけっと人の心に割って入ってくる奴が嫌いだ。

「抱え込んでないよ、ちゃんと言ってるつもり」

「張り付いた営業スマイルも、なんだかなぁ。嘘くささ丸出し。そんなんで喜ぶのおやじくらいやで」

「話はそれだけ? ならもう行くけど」

 私は縁さんに背を向ける。

すると意外なこと彼女はもう何も言ってこなかった。それが逆に私の中で引っかかって、縁さんの言葉が何度も思い出されて、授業中たびたび不機嫌になった。

 



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