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一章 四話


 その夜、私が読んだのは珍しく恋愛小説だった。

以前光にすすめられて買ったその本は、一昔前にベストセラーになった本で、内容としては、音楽の才能にあふれるけれど性格が悪くて友達のいない女の子が、とある男の人に恋をする話。

女の子はまだ十代で、でも男は三十代。好きだという気持ちをぶつけても子供だからの一言で流されてしまう少女は……。

私はそれを二時間通して一気に読み終え、抱いた感想としては、私には合わないなということ。

お話としてはよくできてると思うが、私には甘ったるかったのだ。まるで砂糖菓子にはちみつをかけて食べているような、甘さとくどさ。けれど今の私は無性に甘さが欲しかった。

 なぜだろう、乃杁のせいだろうか。

 恋をしたわけではないと思う、たぶん恋っていうのは。ここに書いてあるような、好きでたまらなくて、突然恥ずかしくなったり、素直になれなかったり。でも心が温かくなって、明日その人に会えるのが待ち遠しい。

 そんな感情のことだと私は思う。

 それと、今乃杁に抱いている感情は全く違うものに思えた。

もう一度読み直してみよう、そう私は本を開き、百ページほど読んだあたりで。

私の携帯電話が震えた。相手は光だった。

「起きてた?」

 私は時計を確認する。まだ十時。高校生が寝るには早い時間だ。私は夜の水やりをするために携帯片手にベットから立ち上がった。

「起きてたよ、雪のこと?」

「うん、学校で言わないでくれてありがとうね」

 結局私はあの後、雪の事件について何も手を打っていなかった。正直どうしようか手をこまねいている状況で、私には荷が勝ちすぎているのかもしれないとも思い始めていたところだった。

「今日、雪には何か変化は?」

「特にないよ、ずっと部屋で絵を書いてた。たぶん今まで書いてた中で一番すごい」

 光の声がだんだんと小さくなっていく。たぶん光は雪に絵を書いてほしくないのだ。

「暗い絵だった?」

「雪の絵は暗いのとはまた違うよ、なんていうか水の底からお日様を見上げてる感じっていうのかな、うまく表現できないけど。でも暗いだけじゃないの」

 光は雪に絵を書いてほしくないと思いながら、彼の作品を誰よりも好きでいる。それはたぶん光にとって重大な矛盾だ。そのことが今の光を苦しめてる。

「そう、光は本当に雪が好きなのね」

 でも私にはその苦しみをどうしてやることもできない、その方法が思いつかない。ごめんね光。

「うん、私雪が好き」

 私は、少しだけ驚いた光はそれを照れて否定すると思ったから。

「けど、雪は私のこと。好きじゃないんだ」

 電話が強く握られる音を聞いた。

「今は、そうかもしれないよ。けどこれからもそうとは限らないじゃない?」

 私はこんな時、気休めの言葉ぐらいしかかけてあげられない。だって私はその痛みとか、恋心とかわからないから。わからないのに、軽い気持ちで声をかけて、そんなの光が喜ぶはずないと思うから。

 私は電話口で光の声を聴くほどに心が乾いて冷めていくのを感じていた、対して光の感情は抑えきれずどんどん漏れ出してくるというのに。

 ねぇ光、あなたは本当にかわいいわね、とても人間らしくて好きよ。

 それに比べて私は、どうだろう。

「これからが、来なかったらどうしよう」

「雪とのこれから?」

「うん、雪ともっと遊びたいよ、修学旅行に行ったり、学校祭も、雪の描く絵も見たいよ。けど雪にとってそれは、どうでもいいことなのかもしれない」

 光は私と同じ結論に至りつつあるのかもしれない。

「そんなことないよ光、雪は光といる時楽しそうにしてる」

「……ねぇ光。雪、死んじゃうかも、自殺とかしちゃったらどうしよう」

「雪はそんなことしないよ、だって雪は周りに迷惑をかけること嫌う人でしょ」

「迷惑をかけることを嫌うなら、学校休んだりしないよ」

 確かにそうだと、私は納得してしまった。

「同じクラスになって2年だけど、結構義理堅いところあると思うな」

「単純に約束とか破って、因縁つけられるのが嫌なだけだと思うよ」

「優しいし」

「私に優しくないもん」

「なんだか、光は本当に雪のこと好きなのか疑いたくなってきた」

「ほんとだよ、たぶん、ずっと昔から、いつから好きなのか分からなくなっちゃったくらい、ずっと前から」

 それに光が気が付いたのはいつからだろうか、光は最近までこんな話を私に話すことはなかった。私があまり雪のことを気にしていなかったというのもあったと思うけど、やっぱり追い詰められているっていうのが大きいんだと思う。

「さようなら、しちゃうかも」

「さようなら?」

「こんな噂を聞いたの」

 なんでもその人の手にかかれば、死体も残さず、他人の記憶の中に自分の記憶も残さずに、死ぬことが可能らしい。

光るから聞かされたのは、そんな都市伝説めいた話だった。

でも私は思うんだ。もはやそれは死とは違うかもしれない。

 ただ消える、痕跡すら残さずに消える。それは一種の奇跡で、すこし興味が引かれた。

「さようならにお願いをするとね、体が徐々に消えて行って、それに比例して世界中からその人のいた痕跡が消えていくんだって、だから誰も消えたことに気付かないし、わからない。後に残るのは真っ白い羽根だけ」

 その時、私の心臓がどきんとはねた。その光景を見たことがある、しかも最近。庭でアネモネの球根を植えていた時に。

 その時私の脳裏に鮮明にあの時の光景がよみがえる、あの冷たいまなざし。まさかあの人が。

「さようなら?」

 私はその考えをあわてて振り払う。そもそもそんな超常現象信じられるもんじゃない。

「どうしたの? 真昼」

「ううん。気にしないで」

「そうそう、私今日転校生と話をしたよ『縁 蛍』さん」

 光は私の声音から何かを感じ取ったのかもしれない、だからか光は話を別の方向にそらした。

「ああ、あの子。転校生にしては積極的だよね、先生に真昼と一緒に世話してやってくれって言われてたけど、私が気に掛ける前にもう友達作ってたし」

 私は胸をなでおろす。

 何でだろう、あの日のでき事については話したくないし、あまり考えたくない。

「でも私あの子あんまり好きじゃないな」

「なんで?」

「なんか、抜身の刃物みたい。すらっとしてて背が高くて、綺麗めで、でも男勝りで攻撃的でなんか。うーん。苦手?」

 そう光はバツが悪そうに笑う。

 まぁ、私の意見を述べるとするなら、全くの同意見だ。彼女は周りに対してすごく攻撃的、でも人を丸め込むのはうまい。

「真昼の嫌いな、スケジュールを乱してくる人だよきっと、女王様って感じで」

「前から思っているんだけど、スケジュールを乱されるの誰だって嫌じゃない?」

「私は平気だけどな。雪に1時間待たされても、仕方ないなって思うし」

「それは好きな人だからでしょ」

「真昼に待たされたとしても、怒らないよ」

「待たせたのは光るでしょ?」

「ごめんなさい」

 けれど、光が私の約束に遅刻してきたのは、初めてのことだった。

 ふわふわ系女子で通っている光だが。意外と中身はしっかりしている。

「おこってないよ」

「本当?」

 ほんとうだ、事情が事情なのは理解してる。

「その話も今度ゆっくりしないと……」

 そう私は時計を見る。

 もうすぐ十一時、寝る時間だ。

「うん、今度ゆっくりだね。明日バイト先行っていい?」

「雪を連れて?」

「うん」

 私は素直に驚いた。冗談のつもりで尋ねたからだ。

「聞かれるよ?」

「オーナーなら大丈夫、なんだか安心して話せる雰囲気があって好き、聞かなかったことにもしてくれそうだし」

「まぁ、光がそれでいいなら構わないけど。じゃあ、私はもう寝ようかな」

「お休み、真昼」

「お休み、光」

 そう言って私は如雨露を置く、呼んでいた小説を本棚に戻して、私は眠る準備を整えた。-


*  *


 次の日、いつもと変わらない時間に起き、いつもと変わらない学校生活を送り、バイト先へと向かった。写真館は今日も変わらず人ごみの喧騒から切り離されているように物静かで、外見だけなら、物語の中に出てきそうな、不思議なお店だった。

 私はその写真館の扉を勢いよく開け放ち中を見渡した。

そこには片手で数えられる程度のお客さんと、そのお客さんにカメラのウンチクを語るオーナー。そして私のお気に入りの席で本を読む乃杁がいた。

 私は乃杁に近寄る。手に持っていた本が気になったのだ。

 タイトルはオズの魔法使い。

「バカにしちゃいけないよ。オズの魔法使い」

 足音で気づいたのか、視線も向けずに私に話しかけてくる乃杁。

「これは児童文庫に必要なすべてを満たしている。眩暈がするほど広大な世界観。わくわくする冒険。個性あふれる登場人物。何より内容が素晴らしい。登場人物たちは自分たちに足りないものをもらいに魔法使いに会いに行くんだけど。冒険の過程でそれは最初から持っていたと気づかされるのさ。臆病なライオンは仲間のために何度でも戦ったし。脳みそがないと嘆くかかしは、彼の考案した作戦で何度も仲間を救った。心がないブリキのきこりは誰よりも優しくしようと心がけ、実際、かれは他人の痛みを分かれるブリキだった。終盤でオズが当人たちに、もう持っているじゃないかと諭すシーンがとても好きなんだ」

 私はそれを聞いて、若干引いた。こんなにペラペラ話をする人だったっけ? と先日の買い物のシーンを思い出す。

 ……確かに、おしゃべりだったかもしれない。

「知ってるわよ、その本私のだもの」

「え?」

「そこの本棚、私の家の本棚からあふれ出したものを置かせてもらってるの」

 そう窓を指さす、その窓のそばの本棚に私が寄贈した本が大量に置かれているのだ。もちろんすべて読了済み。私が本の話で誰かに後れを取ることなんてありえないのだ。

「借りてます」

 いまさら、乃杁は満面の笑みで私の了承を得ようとしてきた。まぁ実際お客さんに読んでもらうために置いたので別にいいのだが。

 話が長引いたせいで少し時間が遅れた。急いで着替えればいいだけの話だけど。

 なんとなく予定を狂わされたようでイラッときた。

 私は後れを取り戻すために急いで仕事着を着る、更衣室は男女兼用だが、このお店はオーナー以外に男のスタッフはいないので実際は女子専用となっている。

 私はそこで急いでメイド服に着替えた。

 メイド服と言っても、最近のふりふりふわふわのかわいい系ではなくて。地味で落ち着いた白黒ロングスカートのエプロンドレスで。メイドというより給仕服なのだけど、私はシックなこの格好が気に入っている。

 お気に入りの服にはしわひとつ許さない、そう私は鏡の前で身を翻す。

 チェックよし、そう私はホールに出た。

「いらっしゃいませ」

 そう笑顔を一つ浮かべて見せる。いつも仕事が始まる前にうまく笑顔が作れるか確認するのが私の癖だ。

「真昼ちゃん、豆をひいてくれ、私はしばらく出るから、何かあったら連絡してくれ」

 そうオーナーは数人のお客を連れて写真館を出て行った。

「はい、オーナー」

 その直後。乃杁が。

「似合うね」

 そう、話しかけてきて。

「バイト中」

 冷たくあしらっても。

「いいじゃないか、お客の相手をするのも仕事のうちだろう?」

 そんな風に躱して一向に引こうとしない。キッチンにまでついてきてしまう始末。

 そして私は引いた豆を入れているストッカーをあけて覗いてみる。

「もしかして、乃杁、勝手にコーヒー飲んでる?」

「夜中にね、考え事をしているとカフェインが欲しくなる」

「使った分くらい引いておいてよ」

 私は袋の中に残った豆を全部ドリッパーへ移す。豆を新しく引く前に使い切りたかったのだ。

 六人用の巨大なフィルターの縁を持ち、粉をならす。

「真昼、コーヒーの淹れ方教えてよ」

「え?」

 私は細口ポットの中に残っていたお湯を全てグラスポットの中に開けて、新しい湯を沸かす。

 私はそこでやっと乃杁にむきなおる、見ているヤカンは沸かないからだ。

「知らないの? オーナーに教えてもらえばいいのに」

「今、せっかくコーヒーを淹れようとしている人がいるんだよ、その人から習った方が効率がいいじゃないか」

「それも、そうね」

 私は沸騰しきらない程度でやかんを火から上げる。

「お湯は、大体九十度前後ね、ヤカンの底がふつふつ言い始めたら上げていいから」

 そして私は、豆の上にそーっとお湯をかける、まずは二つ穴を作るように。

こうして豆を蒸らすのだ。

「紅茶もそれくらいの温度が適切だね」

「紅茶も飲むの?」

「いい茶葉が手に入らないから最近は飲んでないけどね」

 ポットにコーヒーが抽出され出したら、渦を書くようにお湯を注ぐ。

「大体、豚の鼻をイメージして、お湯を落とすの、で、こんな風に渦を巻く感じで。お湯はなるべく粉に近いところから落としてね」

「これは、おじいさんに教えてもらったの?」

「ええ、あとは水出しの仕方と、豆のひき方を。店員のたしなみよ」

「じゃあ、俺も店員できるかな」

「そうね、慣れれば誰にでも、それに働くのはいいことだと思うわよ。というか、少しは店を手伝った方がいいんじゃないの。今何もしていないんでしょ?」

 お湯を八割ほど注いだら、注ぐのをいったん止める。

「やってるよ、本を書いている」

「親の仕事を次ぐの?」

「いや、物語だ」

 私は、思い出していた。彼はいつも本を読んでいたこと。初めて会った時と、今日だけだけど。

「泡が……。沈み切る前にフィルターの中心にお湯を注ぎたして、泡をもう一度持ち上げるようにね」

 私はゆっくりとお湯を注ぐ、ポットの底にコーヒーが落ちる速度は以外にも遅く、沈黙もやがて重くなっていく。

「乃杁、どんな本が好き?」

 それに耐えられなくなったのは、私だった。

「俺は、そうだな」

 少し黙り込んで考え込む乃杁。

「外国文学ならスノーグース。ギャリコとか、ヘミングウェイとか。不思議の国のアリスも好きかな。あとたった一つの冴えたやり方。あれは後半のもの悲しさをいまだに覚えてるよ。最初はあんなに胸躍る冒険譚だったのに。あんな終わり方はないって。子供ながらにショックを受けた」

 淡々と語り出す乃杁。

「乃杁、それ私の本棚にあった本なんだけど、無理に私に話を合わせようとしてる?」

「わかった? ごめんね」

「謝ることじゃないでしょ」

「機嫌を悪くする人もいるから。人の顔色うかがって話をするのはやめなさいって」

 そうこうする間にポットが満タンになり、私はそれを持ってホールに帰ろうとする、けれどホールに客の姿はない。どうやらこのポットいっぱいのコーヒーは冷めてく運命を背負い込まされたようだ。

「私の顔色なんてうかがわなくていいよ、私はそれくらいでは怒ったりしないから」

「それは、君とは深くかかわらないって宣言みたいなもの?」

 何だろう。乃杁に対して強く拒絶感がわいた。

 今日はなんだか距離を詰めてくるような、そんな圧迫感を乃杁から感じる。

「なんでそれが深くかかわらないって宣言になるの?」

「だって、怒るっていうのはさ。真剣さの表れだからさ、逆に冷静はあきらめの証拠だ。真昼はどちらかというと俺に対していろいろあきらめているきがするんだ」

「私が、あきらめてる?」

「少なくとも、俺と向き合おうとはしてないことがわかる」

 向き合うってなんだ。私は思った。

 悪いけど、乃杁は私にとって赤の他人だ。会話なんて本来する必要がないくらいに遠いい存在。なのになんでそんな手間をかけないといけないんだろうか。

 そう、手間だ。私は手間がかかるものが嫌いだ。その手間に見合う何かが得られなければ私は損をする。時間を失う。それはとても恐ろしいことだ。

「そんなわがままばかり言ってると、もう相手にしないよ」

「それは困るかな、俺は君が気に入ってる」

 一瞬、体から力が抜けた気がした。ふらりと私の体が一歩後ろに下がる。

「なんで」

 それは別に引いた、わけじゃない、ただ乃杁がさらっときざなことを言うから。

「なんでこのタイミングでそんなこと言えるのよ!」

「だって、まるで俺が意地悪してるみたいな空気になってたから、真昼すごい不安そうな顔してたよ」

「不安そうな顔ってどんな顔」

「真顔なのに目はうるんでるかんじ」

「営業スマイルが消えたらそんなもんなのよ、私は」

 だいたい私は、そんな顔しない目を潤ませたりしない。

「怒ったね」

「怒ってないし、怒ってほしかったの?」

「そういうわけではないけど、気を使われるの嫌だったんだ」

「別に、気を使ってるわけじゃない」

「本当なら、前回の買い物の時に警戒を解いてしまいたかったんだけど失敗してさ」

 あの時、乃杁は執拗に私に話しかけてきていた。それはそういう目的があったのかといまさらながらに思い知る。それにしても私の警戒を解いてどうしたいというのだろう。

 無駄なのに。私は反射的にそう思った。

 たぶん彼の言う警戒心っていうのは私の前身に張り詰めている緊張のことで、それは彼だけに向けられているわけではないのだから。

「正直、一緒にいる人間が俺のことを警戒してるってわかっちゃうと。俺もリラックスできないからうっとおしいっていうのもあるね」

 乃杁がいたずらっぽく笑う。

「なら、私のことなんて放っておけばいいのに」

「そうもいかない、何より俺を先に気にかけたのは君だ、俺が君をみつけるより早く、君が俺をみつけてる、でしょ?」

 なんの話だ、私はそう首をかしげる、するとちょうど時計が目に入った。彼の頭、すぐ後ろにあって見えなかった時計だ。

 それを見て私は思う。もう光が来ていてもおかしくない時間じゃないか?

 私はあわてて手近なフキンを手に取り、テーブルの片付けに向かった。

 今日は私しか店員がいない、だから私が全ての仕事を一人でこなさないといけない。忙しいのだ、私は基本的に忙しい。

 でも、この男、乃杁は暇そうだ、基本的に暇そう。私と同じくらいの年なのに学校に行くこともせず。コーヒーをすすりながら本を読んでいるだけ。

 やがて、夕日が写真館を染めても、ほんのり暗くなっても店内の電気をつけて読書を続けた。

彼は今、オズの魔法使いを読み終わり、代わりに一大奇書を手に取っていた。ドグラマグラは彼の好みに合ったらしく没頭してしまっていた。

 そこに光がやってきた。雪も一緒だ。うまくいったのだ。

「光、やっときた」

 まぁ、案の定待ち合わせの時間を大幅に過ぎていたが、私は笑顔で二人を迎えた。

「ごめん真昼、雪が消えちゃって」

 そう光は隣に立つ男をゆび指さす。

「喜多さんって、ここでバイトしてるんだね」

 そう雪は周囲を見渡した。

「入ったことない?」

「高校生に喫茶店での一時は高い」

 私もそう思う、おかわりで百円も取られるのだ。コーヒー一杯飲む時間なんて高々十分程度、それで百円だ、贅沢だなと思う。

「今日は私のおごりだから、ね。真昼」

 光が雪の袖を引く。雪は雪で何かを注視していたらしく一瞬反応が遅れた。

「私は、これでもバイト中だから、他のお客が来たらホールに出るからね」

 私はそう了承を取ると、恭しく礼をして二人を奥の部屋に招き入れた。

「真昼、珈琲をいっぱい」

 そう乃杁が何かを喚いたが私は無視して二人の話に耳を傾ける。



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