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一章 三話


 翌日、私は制服姿のまま駅前にいた。

 本当は市の条例で学校帰りの寄り道は禁止されているのだけど、制服のまま町中方面に流れていく同級生が意外に多くて着替えなくてもいいやと思ってそこらへんで時間をつぶしていた。

 待ち合わせは放課後。正直私はもっと正確に時間を決めればよかったと後悔している。

同い年の友達と待ち合わせする感覚で約束したはいいけれど、相手は帰国子女で。そもそも放課後という概念もわからなければ、携帯電話を持っているかも怪しい、いや、持っていたとしても私は彼の番号を知らないし、私の電話番号をバイト先の名簿から書き写してくるなんて起点が回るかどうか。

思わず私はため息をつく。

女子高生に立ったまま数十分はつらい、本を読みながら待っていたのだけれど、足の疲れのせいで集中できなくなっていた。ちなみにタイトルは『カラマーゾフの兄弟』。

私はあきらめてどこか座れるところを探そうかとあたりを見渡すと、見覚えのある青年が悠々と歩いてくるのが見えた。

 乃杁だった。人ごみから浮いて見えるのは、やっぱり日本人じゃないからなんだろうか。

それにしても女の子を待たせているんだから、駆け足で向かってくるくらいのことしてもいいんじゃないだろうか。

 正直、少しだけイラついた。

「待った?」

「ええ、足が棒になりそうよ」

「大丈夫、綺麗な足のままだよ」

 私は半歩距離をとる。

「昨日とキャラクターが違うような」

「おじいさんの前では少し猫をかぶってるかもね」

 もしくは私が男慣れしていないからわからないけど、あいさつ代わりに足をほめるのは普通なのかな?

「いや、違うよね、日本に来たなら日本の流儀に会わせないとだめよ、郷に入れば郷に従えって言うでしょ? 知ってる?」

「さぁ?」

 私はなんとなんとなく思い知らされた、やっぱり乃杁は外国人だ。

扱いにくい、そう私はため息をつく。

「じゃあ、行こうか。小物とか、生活必需品を買いたいんだ」

 そう言って乃杁は歩き出す、そしてその速度が意外にも早かった。

「歩くの速い」

 私はあわてて追いすがる。

「そう? つらい?」

 乃杁が私の隣に並ぶ。

 乃杁の身長は高かった、並んで立つとなおさらそれを意識してしまう。

「こういうのは初めて?」

 そう乃杁が微笑みを向ける。

「こういうのって?」

「なんていうか、男と二人きりで並んで歩くの」

「なんでそう思うの?」

「少し顔が赤い気がしたから」

 私は思わず、次に続けようとしてた言葉を飲み込んだ。私が恥ずかしがっているって? そんなわけない

 でも、もし顔が赤らんでいたら……

「せっかく速度を合わせたのに」

 気が付けば乃杁を置き去りに私は歩いていた。

 私は立ち止まり、鵜振り返りもせず乃杁に言葉を返す。

「さっさと買い物終わらせて帰りましょう、私には時間がないのよ」

「なんだか、日本人っぽいせりふだね」

「なんか、日本人に対して変な偏見を持ってない?」

「そうかな?」

 乃杁が首をかしげた。

「せっかくだからどこがどんな店か紹介しながら歩いてくれないかな?」

 私はその手を一瞥した後、乃杁を先導するように歩き出す。

「駅前は服屋とか、ゲームセンターとか。若者向けの店が多いわ。雑貨とかは主にビルの中。ねぇ聞いてもいい?」

「何を?」

「私と出掛けるの嫌じゃない?」

 乃杁はくすりと笑って答える。

「そんなことはないよ、なんでそう思う?」

「普通は嫌がるかなって、思ったの。見ず知らずの女子と二人で買い物、気まずくない?」

「そんな風に考えたことがないなぁ」

「それはなぜ?」

「そんな風に気まずいと感じるのは、たぶん日本人だけだからだと思うよ。相手のことを気にしすぎなんだ」

 それは他人とのかかわりをそんなに気を張ってやることはない、ということだろうか。それとも。

「じゃあ、あなたは私のことを気にしてないってこと?」

「気にしてるよ、ガイドさんの機嫌を損ねたんじゃ、今日のツアーが台無しになる。楽しくなる努力は怠るべきじゃないと俺は考えるよ」

 真昼は、反射的に振り返った。

「ごめん、何か言葉を間違ったかな」

 そう、乃杁がはにかむ。

「そうでもない、ただ。ここまであけすけにものを言う人も珍しいなって思って。驚いただけ」

 さすがオーナーの孫。私はそう思った。彼も比較的無遠慮だ、ものをずけずけという。

でもだからこそ、人の心の中に入っていけるのかもしれない、だから友人が多いのかもしれない。

 そうこうしているすきに、私が贔屓にしているデパートについた。

 案の定ビルの中は人であふれていて、平日だというのに一般の客も多く。立ち止まっている私たちを邪魔そうに見ている。

「もっと上まで上がるから」

 そう私は乃杁へと視線を向けると、頭をもたげ、遥か上を見ながら、小さな声で私の知らない言葉を唱えていた。中央の大きな吹き抜けから階数をカウントしているのかもしれない。

「わかった、エレベーターはあるよね?」

「エスカレーターにしようと思う」

 そう乃杁がうなづいたのを見届けた後、変わらず私が先を歩く。ここからエスカレーターで六階分ほど上る予定。

「乃杁は、どこの国にいたの?」

 先に口を開いたのは私。何となく気まずかった。

「それは、ここに来る前はってこと? それとも最初はって意味?」

「じゃあ、今までいた国全部教えてよ」

「ひとつ前に住んでいたのは、アルプス山脈の近くだ。そのひとつ前はオランダの田舎。その前はドイツの首都。その前はロンドン。モンタナ、テキサス。キューバにシドニー」

「じゃあ、言葉はたくさん話せるの?」

「いや、全部通訳は父がしていた」

「なんだ」

「軽いあいさつ程度なら話せるよ、あと言ってることはわかる。読みと書きができないんだ」

「一番重要なところじゃない」

「仕方ないだろ、長くいても一年、短ければ三カ月、覚える端から使わなくなって、新しい言語を覚えなきゃいけなくなる、ごっちゃになるんだ、バベル倒壊前に戻りたいなって心底思わされたよ」

「乃杁って普段からそんなこと考えてるの?」

「そんなことって?」

「軽い哲学かな。バベルがどうとか」

「考える時間だけは無駄にあったから」

「乃杁は普段何を?」

「本を読んでた」

「字は読めないって」

「英語と日本語は読めるんだ、母国語と世界共通語、読む本には困らないよ。個人的には日本語が好きだな」

「なんで?」

「漢字が好きなんだ、意味とか読みとかが、くっついた漢字で意味が大きく変わって、面白い」

「普通外人は嫌がるところじゃない? 日本語は難しいって」

「そう? まあ、確かに難しいのは否定しないよ、俺だって分からない漢字はちょくちょく出てくる、そのたびに電子辞書で意味を探すんだ」

「なんだか受験生みたい」

「実際、日本にずっといれば受験生って年齢さ。ねぇ真昼」

 そういえば、私さっきから名前で呼ばれているのよね。一度気づいてしまうとすごく気になる。

「真昼は、もし自分が別の人生を選んでいたらと思うことはある?」

「私は……」

 考えたこともなかった、もし自分があの時ああしていたら、もっといい結果がそこにあったかもしれない、もっと別の人生があるかもしれない。

そう考えることはきっと楽しいのだろう、別の自分になった気分で、どうする、こうすると考えて、それでもやっぱり今がいいとか。だからそれに近づけるようにあれをしようとか。

逆にもうだめだとか思ったり、そういう想像を巡らせるのはある意味本を読むことに似ているのかも。でも私はそれをしたことがない。

 なぜか。それはたぶん、私が自分自身には物語を求めていないからだと思う。

「考えたことないな、むなしくならない? ふと我に返った時に」

 私がそう言うと乃杁は、目を細めて小さくうなづく。

「もし別の人生を選んでいたなら、そう考えることって、ある意味今の自分の消去に他ならないって思うな。だって、今が幸せならIFの世界なんて考えないだろうし、そう考えるってことはたぶん自分に嫌気がさしてるんだろうなって思う」

 それは独り言に聞こえた。私に向けた言葉ではない気がした。

「嫌気?」

「でも、やり直しなんてできない、全部なかったことにして消えることもだよ。生きている限りどんなに嫌でも責任や義務は発生するんだ、だから人は勝手に自分の命をなげうってはいけない。そう思うな」

 そう言い切ると、乃杁は私を見つめてニヤッと笑った、いたずらっぽく、驚いた? とでも言うように。

「まぁ、受け売りなんだけどね」

 その時、目的の階が目前に迫った。私がよく利用するする雑貨店。ここで降りようと声をかける瞬間。柔らかな風が私の隣を駆け抜けた、乃杁がエスカレーターを駆け上がり、六階に一足早く躍り出る。そして私へ向けて手を差し伸べた。

 それを私は素通りする。

「意外とキザね」

 これで私の乃杁に対する印象は決定してしまった、不思議な人、ちぐはぐな人。生き方と同じように性格も変わっている。

 それがなんだか少し、面白いと思った。

 放課後の無印量販店は休日に訪れるよりすいていた。その中を乃杁を先導しながら私は歩いていく。

 そして一通り買い物を済ませた後、乃杁はコーヒーを飲もうと、お礼におごると有名チェーン店の喫茶店に私を連れ込んだ。

「なんか話してよ」

 そう私が乃杁に無茶ぶりをかける。

 一瞬乃杁は驚いたような顔をして居住まいをただし。

 それならと、乃杁は両親を亡くしたと話を始めた、母は生まれた時に、父はつい最近。

「俺には家と言うものがなかった、住所は不定。父の仕事についていくとなったらそうするしかなかったから。それもわざわざ日本国籍を得るためだけに俺がお腹の中にいる間だけ日本に滞在したらしい、理由は日本人という立場がほかの国籍より少し有利だから」

 乃杁の父の仕事は作家だという。一口に作家と言っても小説、観光案内、旅行ガイドなどを様々な言語で様々な人間に向けて発信するという複雑な仕事を持っていて。一般家庭から見たら多めに収入を得ていたらしい。だから乃杁は働かなくとも五年は自由に暮らせる遺産が手元にあったらしいが、全て寄付に回してしまったという。

「だって、俺が稼いだお金じゃないから。だから俺の手元にあるべきではないんだよ」

 そう笑って乃杁は自分自身のことを話した。

「なんていうか、そんな簡単に自分の身の上話しない方がいいよ、ましてそんなヘビーな話。聞いてる方が困る」

 っていうか、何か話してよと言われてこんなにへヴィーな話を普通するだろうか。

 実際私は乃杁とそれほど親しくない、だから別に乃杁の家庭事情なんて知りたくないし、聞いても言葉に困る。

「次は君の話が聞きたいな」

「言ったでしょ、身の上話なんて簡単にするもんじゃないのよ」

「等価交換って知ってる?」

「そういうのに見返りを求めないでよ」

 私がにらむと、乃杁は自嘲気味に笑った。

「確かにちょっとずるかったかな」

 時刻は六時四十分、日も暮れ時。もう帰らなければならない時間だ、でもこのまま解散するのはなんとなく後味が悪い気がした。

 だから私はため息を一つついて話を始める。

「私は、家族は母と祖母と兄と妹の五人家族、家は大きめ、趣味は読書と植物観察、どこにでもいる普通の女子高生。これで満足?」

「植物観察? 意外だね」

「家が花屋なの、あと野菜の苗とかも売ってる」

「どんな花が好き?」

「意外ときゅうりの花とかかわいくておすすめ」

「どんな感じなの?」

「小っちゃくてしろい」

「君みたいだね」

「そう?」

 女子としては、そこまで小さくないほうだと思うんだけど。

「食い意地張ってるねとか、言われるのかと思ったよ」

「なんで? きゅうりだから? でもあれって栄養価はほとんどないらしいよ」

「それは本の知識?」

「基本的に、俺の知識は本から得たものが多いかな。真昼もそうなんじゃないの?」

「そこまで本、読まないよ。それに物語しか読まないし」

 いわゆるファンタジーというジャンル。お気に入りは不思議の国のアリスだった。字の使い方がすさまじく、こんなのありかって思って、強く印象に残った。

「いいじゃないか、上等だよ。特にファンタジーは心の隙間を埋めてくれる、言葉や登場人物の姿勢。困難に悲劇。主人公たちの葛藤に共感し、自分だけじゃないって慰められて。笑いがあったり。俺は好きだよ」

「私は少し違うかな」

 私は違う、それは乃杁とも違うという意味だが。一般の読書好きの方々とも違うという+意味で私はそういった。

「私が本を読むのは、たぶん。そんなもの存在しないって思いたいだけだよ。こんな風にうまくいくのは本の中だけ現実ではもっと無様に、這いつくばって、頑張って。でもここに書いてある結果の半分も得られるかわかったもんじゃない。そうやって自分に読み聞かせて、私は兜の緒を締めなおすの」

 こんなにうまくいくのは物語の中だけ。だから私は努力を怠らない。

なんて、不純な物語の楽しみ方なんだろう、たぶん作者もこんなひねくれた読み方願い下げだと思う。

「そう? でもほら、起爆剤になってるじゃない」

「え?」

「それでいいと思うよ、だってその本を読んで頑張ろうと思ったなら。その本も書かれた価値があると思う」

「でも、本来の楽しみ方じゃない気がする」

「楽しみ方なんて人それぞれだと思うけど」

「そういうものかな?」

そう言い切ると私はコーヒーをあおる。時刻は七時を刻んでいた、帰らないと門限に引っかかる。

「うん、オーナーが入れてくれたコーヒーの方がおいしい」

 私は立ち上がり、帰ろうと一人ごちにつぶやいた。

「今日はありがとう」

 乃杁が言う。

「いいのよ、給料出るから」

 そういうと私は乃杁に手を差し出す。乃杁はそれをみて困ったような顔をした。

乃杁は一人でも立てるよと笑って言った。



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