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失われた未来 Ⅰ

 「未来はヤバげ」でアサトさんが未来視で垣間見た、起こるはずだった未来の出来事です。「未来はヤバげ」を読んでいない方は読んでからお読みください。

 ソルテスが名を貰う前の未来なので、この中では『ソルテス』という名前ではありません。

 仮定の物語が好きでない方は、読まないことを推奨します。

 ロクセルの西方、ザントルードとの国境に近い荒野地帯には『死霊の森』と呼ばれる場所が存在している。そこにはリッチが住み着いており、森を訪れた者を死へと誘うと周囲の村や町からは恐れられていた。一時は国を挙げて討伐隊が組まれたものの、帰ってきた者は一人としておらず、最近では生者が森に立ち寄ることは無くなっていた・・・表向きは。


『また性懲りもなく・・・っ』


 男は苛立ちを隠そうとはしなかった。少年から青年へと成長したばかりの若い男だ。軽鎧を纏い、剣を握り佇むその姿は、見る者に無意識の安心と信頼を与えてしまいそうなほどに頼もしい・・・男の目の前に山と積まれた肉塊と、男の透けた体が存在しなければ。

 男は持っていた剣を目の前の肉塊の山に乱暴に突き立てる。


『こんな物にどれだけの価値がある! ただの道具でしかない物に!』


 男は自らの剣を嫌っていた。かつて大切な存在から成人の祝いにと与えられた、宝物だったそれは、ある時を境に大切な存在を脅かす道具へと変貌した。それでも尚手放せないのは、手放そうとする度に贈り主を思い出してしまうためか、手放したところで結果が変わるわけではないためか、自分でも分かっていない。分かっていることはこの剣が、いや、剣を含めこの森にあるもの全てが、悪意ある人間の手によって狙われているということだけだ。

 男は力任せに剣を抜き取ると、魔術を用いて剣と鎧についた血を洗い流す。その後、元は人であった目の前の肉塊をそのままに、森の奥へと入っていく。

 彼こそがこの『死霊の森』に住まうリッチで、名をシゼ・アーリドといった。




 森の奥には、神殿のような造りをした建物が存在していた。何人たりとも入れぬようにと強固な結界が何重にも張られたその建物の入口で何事か呟き、シゼは中へと入っていく。建物の中はそれ程広くはないものの、廊下が長く造られており、外部からの侵入者に易々と突破できないよう工夫が施されている。結界や罠に綻びがないか確認しつつ、シゼはある部屋の前へとやってきた。この建物で最も重厚な扉をノックし、鍵を開けて中へと入る。


『・・・ただいま』


 返事がないと分かっていながら、剣を傍らの机に置き、部屋の奥へ歩を進める。そこには人が3人は寝れそうなほどの天蓋のある寝台が置かれていた。

 寝台へと近づき、そっと上から垂れ下がる布を押し開ける。そこには、今にも消えそうなほど薄い姿の死霊が横たわっていた。

 シゼよりもまだ若い、少年の姿の死霊だ。力なく瞳を閉じ、一切の身動きをしない。風が吹けば掻き消えてしまうのではないかと思ってしまうほどに儚い。

 死霊の傍らに屈み、シゼは黙ってその額に触れた。触れた感触が返ってくることに安堵し、そっと手を動かす。と、死霊の瞳がゆっくりと開いた。


『戻ったよ、シルト。調子は?』


 感情を抑えて笑みを浮かべるシゼに、死霊――― シルトは目尻を下げた。


『そっか。なら、後で散歩に行こう。外の空気に当たれば、少しは早く回復するよ』


 シルトは、シゼの言葉に微かに顔を動かすことで答える。その様子に眉を顰めそうになるのを抑えつけ、シゼは立ち上がった。


『準備してくるね』


 震えそうになる手を何とか制し、シゼは寝台から離れた。剣を取り、部屋を退出する。長い廊下を早足で歩き、自分の使っている部屋の扉を乱暴に開けて入ると、机の上に剣を鞘ごと叩きつけた。


『くそ・・・・・っ!』


 やるせない感情が渦巻き、周囲の物が浮き上がる。それらは物凄い勢いで回転を始め、天井や壁にぶつかって破片を散らした。




 約500年前、シルトは失われた技法で作られた貴重な武器や道具を手に入れようとした人間達に襲われ、持つ力の殆どを失った。当時冒険者として活躍し、名を知られていたシゼが使っていた剣が、3000年以上前に失われた古代の技法で作られたものであったこと、そしてその剣を家族から贈られたことを仲の良い者達に話していたことが仇となった。強欲な貴族により家を特定され、胸騒ぎを感じ戻ってきたシゼが見たのは、床に打ち捨てられ、消えかけているシルトに向かって神術を打ち込もうとする、下卑た笑みを浮かべる貴族の姿だった。

 シゼが怒りに任せて貴族とその取り巻きを惨殺し、間一髪のところで消滅は免れたものの、シルトは目を覚ますことなく眠り続けた。日を追うごとに透けていくシルトの様子を見ているしか出来なかったときは、身体の震えが止まらなかった。

 しかし、家族を失う恐怖と戦うシゼを、人間は放っておかなかった。この一件によりこの場所が知れ渡ると、貴族を殺した罪人としてシゼの元に兵士や魔法師が送り込まれた。また、貴重な道具目当ての貴族の私兵や冒険者もやってきて、その障害となるシゼを亡き者にしようとした。

 シゼは自分の行いを悔やんだ。そして、私欲の為に家族を傷つけた人間を憎んだ。

 そこで、シゼは自らをリッチへと変え、森にやってくる人間を排除し続けた。贖罪とただ一人の家族を守る為に。

 10年ほど前、ようやく意識を取り戻したシルトは、自らの力で動くことも出来なくなっていた。念話を受け取ることも発することもできない。瞬きとゆっくりと口を動かすことが出来るようになったのがつい最近のこと。

 その姿を見る度に、安堵と怒りの感情が湧き起こり冷静ではいられない。しかし、シルトの前でそれらを表出してしまうと、苦しそうな顔をされてしまうのだ。今でも消滅する危険性がある状態なのに、心配させたくないという思いから、シゼは無理やり感情を押し殺していた。




 突如頭に響いた警戒音に、シゼは顔を上げた。森に人間が侵入したらしい。


『また新手か・・・』


 国からの討伐隊を全滅させて以降、この森に人間が迷い込むことはなくなった。森の周囲に住まう人間もこの森に立ち入ろうとはしない。しかし、私欲の為にこの場所を荒らし平穏を脅かす人間は、今もこの森へとやってくる。

 人の立ち入れない場所に居を移すことも考えたが、死者の街や暗黒大陸に今のシルトを連れて行くわけには行かないし、今人間が住んでいない場所が必ずしも安全というわけではない。家の周囲に結界を張り、森に来る者を排除する方がずっと安全だ。

 シゼは剣を取り、立ち上がった。更なる名声を欲する冒険者や神官か、大金を欲する盗賊か、はたまた貴重な道具を欲する貴族の私兵か・・・いずれにせよ、彼にとっては平穏を壊す悪魔でしかない。

 苛立っていたから丁度良い。

 いつものように邪魔者を排除すべく、シゼは森の入口へと転移した。

 読んでくださり、ありがとうございます。

 お読みいただいた方にはお分かりになるとおり、ある意味バッドエンドです(・・;)。

 『ソルテス』という名前をもらったので、リッチエンドは回避され、この未来も失われました。

 アサトさん、グッジョブ! (>_<)b

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