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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第四章
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禁じられたソレムニス -7-

「……フュンフ、と言ったか」

 少し悩んだ後、ヴァイは帰り際のフュンフを呼び止めた。

 メイアとレーヴェに付き添われるようにして店の出口に向かっていたュンフが、予期せぬ相手からの予期せぬ呼び掛けに短く声を漏らした。

 仮に自分がこのタイミングで制止されようものなら軽く舌打ちでも返すのだろうが、フュンフが足を止めたことを確認するなり本題へと移す。

「もうひとつ訊きたい。……ブリーゼンは知っているか?」

 一応は見送りのため席から立ち上がっていたヴァイは腕を抱くように組み、離れた場所に立つフュンフを見下ろすように顎を持ち上げる。相手を威圧しようとして取る行動にも見えるが、本人も無意識な、ただの癖だ。

「ん? ああ、もちろん」

 肩越しに振り向いていたフュンフだったが、一旦肯定し正面に向き直った。

「あそこは風の庇護を受けて古くから名を馳せた貴族の高家だね。まあそれも昔の話で、最近じゃ眷族全体の魔力は随分と落ちてしまったみたいだけど」

 単刀直入に切り出したヴァイに、フュンフは友人と会話するように片手を腰に当てた姿勢で続ける。

「ブリーゼンは昔、その魔力の強大さからあっさりと国王の臣下に迎え入れられ、貴族の中でも格段の権力を持っていたらしい。だけど徐々に血が薄まって魔力を失うと同時に、自国への政治的な影響力も失っていった。過去には権力に甘えた高圧的な振る舞いもあって、その反動からか今は肩身の狭い思いをしてるって話もあるね」

 すぐにその手を持て余したのか、次に弄り始めたのは腰から飾りのように長く垂らしたベルト。先端の金具の重みでゆらゆらと不規則に揺れるそれを目で追いながら、ヴァイは口元に手を添えた。

 そうした話は決して珍しくはない。

 古い時代は特に、強大な魔力を持った一族が力に物を言わせ、高い地位を独占していた。今に存在する貴族や王族の多くは、その名残なのだ。

「けれどある時、ブリーゼンに一条の光が差した。久しく魔力に恵まれた子供が生まれたんだ。それが若くして死を遂げた前当主の嫡男であり現ブリーゼン当主、オルクス。彼は魔術師としては一流で、今後のブリーゼンの発展にも相当な期待を背負ってるようだよ」

 フュンフの口から飛び出した名前に、微かにヴァイの眉が動く。

 思い出される、昨夜の死闘。そしてオルクスの言葉。


 ――――ブリーゼンに再び栄光を取り戻すまで、僕は……!


 あれは、そのままの意味だったのだ。

 だがオルクスに同情的になったわけではない。相容れない立場であったが故に、どちらかが死ぬしか道はなかったのだから。

「……そうか」

 ヴァイは短く、納得した旨を示す。ここでフュンフに何も告げなかったのは、遅かれ早かれ確実に耳に入ることが約束されているせいもあるが、説明を面倒に感じたのが最も正確だ。

 同時にこの話題を打ち切ったつもりだったが、向こうは違ったらしく、

「でも、ブリーゼンは良くない噂も多い」

 先よりも声を潜めたフュンフが、途端に真剣な表情で切り出してきた。手から零れたベルトが、服の上からフュンフの腿を叩く。

「≪アノン≫って、知ってる?」

 正に唐突と表現するに相応しい、予想を超えた単語に、ヴァイは無言のまま頷いた。

 その隣でシュネイがびくりと反応したのを、フュンフが見逃すはずもなかった。先程ヴァイに向けた、獲物を発見したような視線を光らせる。

 だが意図的なのだろう、今はそこに触れては来なかった。

「……魔力が落ちてきたブリーゼン家は数代前から、何とか地位を守り向上させるために聖教会の管轄にある≪アノン≫という研究機関を管理するようになった。地方での影響力をなくしてしまって、聖教会のお膝元で何とか結果を出して認められようと考えたんだろうね」

 真っすぐにヴァイを見据えて話すフュンフの、その隣で今まで黙って話を聞いていたレーヴェがここで言葉を挟んだ。

「ちょっと待てよ、≪アノン≫なんて本当にあるのか?」

 当然のように進んでいた話の腰を折る発言だが、こちらもまた当然の反応なだけにヴァイも悪態を突くようなことはしない。代わりに、フュンフとひとつ頷き合った。

「あるよ。≪無名(アノン)≫って名前だけあってかなり隠された組織で俺も詳しい情報は持ってないけど、間違いなく存在する。だって十年前、フォルザードとの戦争に用いられたのは、そこで作り出された新しい人型兵器だって言うくらいだからね」

「…………」

 ヴァイはシュネイを盗み見た。

 その表情は明らかに強張っており、大きな目は不安に揺れ、胸の前で組まれた手には相当力が込められている。

 シュネイの強い動揺に気付いているのはヴァイと、フュンフだけだろう。

「けど、あの戦争は両軍共に全滅したって話だろ。そのせいで噂が噂を呼んでるだけじゃねえのか」

 俄には信じがたい話題であるだけに、レーヴェも普段より疑ってかかっているようだ。

 しかしフュンフは迷うことなく首を横に振った。

「戦争の際に、ある街では聖教会の騎士団率いる部隊の中に、見慣れない研究者の格好をした集団を見たって人が大勢いるんだ。そして彼等に人形のように従う、十数人の子供の姿をね。その子供達が何らかの兵器であるということを示唆する話を聞いたって人もいる」

「じゃあ、まさかその子供が……?」

 立て続けに聞かされる話に、否定的ながらもレーヴェが難しい顔をしている。

「恐らくね。だけどその後はレーヴェが言ったようにどちらの軍も国ごと消え去ってしまって、確たる証拠は得られてない。ただ、その惨状を作り出したのも聖教会の兵器である可能性が高いし、そこからもかなり危険な研究をしてたんじゃないかと考えられるね」

「……確かに、あれだけ綺麗に国が吹き飛ぶのは、異常だよな」

 そしてそんな二人の会話を、顔色ひとつ変えずに聞いているヴァイ。

「そういうこと。そして俺達情報屋の間では、≪アノン≫がそれ以降鳴りを潜めてるのは、戦争に同行した研究者も同じ目に遭ったからだと言われてる。話が少し戻るけど、研究責任者だったオルクスの両親が亡くなったのもフォルザードとの戦争だったそうだ」

 オルクスがあの若さで当主を務めることになった理由に、ヴァイは一人納得した。研究者達は恐らく、実戦でのデータ採取を目的に同行していたのだろう。

 同時に馬鹿馬鹿しくも何処か因縁のようなものが過ぎった気がして、酷くつまらない様子で鼻を鳴らした。

「……それで、訊きたいことはそれだけかい?」

 ヴァイの些細な仕種に気付いたフュンフが、子供のように首を傾けて訊ねる。それを見てようやく先に声を掛けたのが自分であったことを思い出した。

「ああ。十分だ」

「そう」

 ヴァイの返事に満足したのか、フュンフは目を細めて笑った。

 それほど長く同席したわけではないが、本当に様々な表情を見せてくれるとヴァイは思う。そしてフュンフの言う協力者とやらへの不安も、僅かながらではあるが否応なしに募ってしまうのは何故だろうか。

 ヴァイの心配を余所に、フュンフはメイアに見送られながら扉を押し開ける。控えめなドアベルの音と、暖かく乾いた外気が店内に充満する。

「これだけ話したら本当ならタダってわけにはいかないんだけど、俺も面白い収穫があったし今回はサービスしてあげるね。てなわけで、次回のご利用お待ちしてまーす」

 そう言うとフュンフは何度か手を振って、ドアベルの音を残して扉の向こうへと姿を消した。






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