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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第四章
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禁じられたソレムニス -5-

 憶測の域を出ないとはいえ、悲観的な言葉ばかりが羅列されてゆく。

 それらを予測も覚悟もしていたヴァイは顔色ひとつ変えないが、決してそうではなかった様子のメイアが不安を隠せていない。

 ヴァイは今更ながら、メイアの好意に甘えていた事実に自責の念を憶えた。

「……すまないな、帰った途端に厄介ごとばかりを持ち込んで」

 謝罪を口にすると共に、早々にここを離れなければならないと強く自覚する。もう誰一人巻き込みたくはない。自分にとって大切な存在であれば、尚更だった。

 だがその想いこそ、メイアの想いとは大きく食い違っているなどと考えもせずに。

「いいのよ、私は気にしてないわ。それに≪遺物(レリック)≫のことだって、兄さん達が捕まりでもしない限りは誰の物かも分からないんでしょう?」

 謝る兄にメイアはすぐに首を横に振った。そして何か安心できる要素を探そうとしているメイアに、頷いたのはフュンフだ。

「うん、そういうことになるね」

 すんなりと肯定したフュンフに反し、ヴァイは椅子の背に体重を預け仰け反るような格好で腕を組む。

「だが、聖教会が≪遺物(レリック)≫の入手に成功したと仮定すると、街の住民一人ひとりに照合作業を行う可能性もあるのではないか? 特にハーフェンは現場から最も近い街である上、反対勢力も多い。真っ先に矛先が向いても不思議ではない」

 今回は聖堂騎士団の一小隊が全滅している。余計に黙って見ているはずがないのだ。

 だが反射的にそう早口で述べた後、しまった、と思ったが遅かった。視界の端でメイアが肩を落とす気配が伝わる。

「…………」

 完全に墓穴を掘った居心地の悪さから、たちまちヴァイの表情が不機嫌なものに変わる。

「そうだねぇ……過去にはそういう例もあるみたいだし、否定はできないね」

 その二人の温度差に、フュンフが苦笑いを浮かべた。そして短い逆説の後、テーブルの上で両手を組み合わせた。

「仮にそうなったとしても、領主であるシュヴェート様の許可が必要になると思うよ。前に話したようにハーフェンは聖教会の影響力が弱いから、向こうも公的な手続きを省けないのさ。それにあの人はすんなり許可を出すような人じゃないし、その間に俺達みたいな連中に情報が入ってくる。そうしたら俺がキミ達を匿ってあげることもできるしね」

 フュンフから発せられた予想外の言葉に、思い切りヴァイは眉間に皺を寄せた。素直な反応に、こちらも素直に唇を尖らせる。

「あっ、信用してないなキミ。地元の人間しか知らない事ってのは、色々あるんだよ?」

「……それは否定せんが……しかし、大人しく許可が下りるのを待つとも思えん」

 話を信じてもらえない子供のようなフュンフに、しかし拭いきれない不審を隠そうともせず訝しげな視線を向ける。

 だが、フュンフ自身の目的が不明瞭だ、とは言えなかった。

「そのための俺達さ。いち早く情報を手に入れて上に報告するのも、仕事のひとつだからね」

「…………」

 ヴァイは小さく唸る。

 情報屋が領主と繋がっているということは、その行動基準はハーフェンのためであるということだ。万一ハーフェンの立場が危うくなれば、見切られる可能性がある。

 領主であるというシュヴェートという人物についても、ヴァイは詳細を知らない。若いとは聞いているが、一体どのような人柄なのだろうか。

「ま、そんなに気負わなくても大丈夫だと思うよ、ってことで。何かあったら相談に乗るからさ」

「…………」

 へらへらと片手を振ってみせるフュンフに、ヴァイは内心で大きく溜息を吐いた。そして、あらゆる判断を下すには自分には情報が少なすぎると改めて痛感する。

「……なあ、今回みたく調査団も襲撃しちまうのは難しい、よな?」

 不意に、今まで何かを真剣に考えていたらしいレーヴェが口を開いた。ずっとクースの今後について考えていたらしい。

「ムズカシイと思うよ」

「難しいだろうな」

 そこへ一斉に飛び出す否定の言葉。

 今までどちらも譲らなかったというのにここで全く同じ言葉が飛び出し、二人は思わず顔を見合わせる形となった。楽しそうに口角を持ち上げるフュンフにはっとし、ヴァイは居心地が悪そうにふいと顔を背ける。そのため、フュンフがうっすらと残念さを滲ませたことには気付かなかった。

「当然、向こうもその可能性を考慮してるだろうしね」

 しかしすぐに表情を戻し、皿からクッキーを摘むフュンフ。その動きを目だけで追いながら、ヴァイは意図的ではなくとも言っていなかった件を口にする。

「それに今回の件、聖教会側がわざと情報を流している節があった。最初からこちらの襲撃を誘っていたということになる」

「あ……やっぱり?」

 それを聞いた途端に、クッキーを頬張っていたフュンフが横目にレーヴェを見上げる。

 紅蓮の輝きが宙を泳いだ。

 二人のやり取りに怪訝そうに眉を寄せながらも、思わずヴァイは訊ねていた。

「どういう事だ? あの魔術師の口振りといい、ひと悶着あったとしか思えんが」

 二人の様子を見比べるヴァイに一度頷いてから、口の中のクッキーを飲み込んだフュンフが答える。

「コイツ、少し前に別件で同じことやろうとしてたんだ。一人でね。結果は想像がついてると思うけど、俺からすればこうして生きて帰れたのがキセキみたいなもんだよ」

「…………」

 半ば呆れた口調のフュンフに、レーヴェは返す言葉もないようだ。初耳らしいメイアと、シュネイも驚きを顕わにした。

 そして。

「レーヴェさん、無茶しすぎよ!」

 眉を吊り上げたメイアが声を荒げる。

 普段見ることのないメイアの勢いに、レーヴェの背がびくりと震えた。

「こうして無事だから良かったですけど、ただでさえ危険なのに一人でなんて……」

 怒りのせいか僅かに頬を紅潮させ、まだ言葉を続けようとするメイアをフュンフが宥めている。メイアが無茶をする相手に敏感に反応するようになったのは、恐らく自分のせいだろう。そう思いながらも、この時ヴァイは理由も分からぬ微かな違和感を憶えていた。

 そこへ遠慮がちながらもレーヴェが割り込む。

「それなんだけど、何で助かったのか、オレ自身もよく憶えてねえんだよな……」

 ぎこちなく後ろ頭を掻きながら、遠い過去の出来事を思いだすかのように言う。必死だったからではないのか、全員がまずそう考えた中、ヴァイだけは違った。

「……詳しく聞かせろ」

 短く、しかし鋭いヴァイの一声。ひとたび発せられた言葉は魔力が込められているかのように周囲の空気に質量を与え、肺に沈殿するような息苦しさを憶える。突然張り詰めた空気に一瞬だけ怯んだ表情を浮かべたレーヴェだったが、やがて記憶の断片を繋ぎ合わせるように話し始めた。

「え、ああ……最初はこっちから奇襲掛けてみたんだけど、思ったほどダメージにならなくてさ。そんで魔術喰らって身動きが取れなくなって、見つかるのも時間の問題で。だんだん足音が近付いて来て『殺される』って思った辺りで意識が飛んでるんだよな」

「…………」

 睨むような視線を向け、一言一句逃すまいと話を聞くヴァイ。その心の奥深くでは、可能性として考慮することを避け、そこにあることを意識的に消去していた“それ”の存在に気付き始めていた。

 いや、とうに気付いてはいる。しかし認めてしまうことを本能が猛烈に拒否しているのだ。

 過去に嫌というほど味わった感覚に、ヴァイは無意識に口元を隠すように手を添えていた。

「……何か分かったの?」

 突然険しい表情で考え込んだヴァイに、フュンフが首を傾げた。その声に一気に現実に引き戻された気分になって、同時に胸を撫で下ろす自分がいることに躊躇する。

「……いや。それより、俺達は今夜ここを発たねばならん」

 ヴァイは気持ちを切り替えるように大きく息を吐くと、話題を戻した。調査団が入る頃にはここにはいないと、明確に伝えておく必要があると考えたためだ。

「あれ? そうなの?」

 全く聞いていなかったと、フュンフが大きな目を更に丸くする。その隣ではレーヴェが納得したような声を上げた。

「もしかして“儀式”とか言われてたやつか?」

 昨夜のザインの言葉をしっかりと覚えていたらしい。

 妙なところだけ物覚えの良いレーヴェに舌打ちしたい感情を必死に抑え、それでも嘘はつけず、ヴァイは短く肯定した。

「ギシキ?」

 話の見えていない情報屋がすかさず食いつく。

 ヴァイは舌打ちの代わりに思い切りレーヴェを睨み付け、これ以上の回答は拒否するという意思表示のつもりで大きく視線を外した。

「こちらの話だ。この件であんたやハーフェンに迷惑を掛けるつもりはない」

「……ふーん?」

 明るい声とは裏腹に、目には怪しい光を宿すフュンフ。それは的確にヴァイを捕えており、心をも見透かそうかというその光に、猛禽類に狙いを定められた小動物のような感覚に襲われ、身体の末端が僅かに強張るのを感じた。






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