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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第四章
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禁じられたソレムニス -4-

 外方を向いたレーヴェに苦笑したフュンフだったが、変わって正面の位置に座るヴァイとシュネイを見比べるような仕種を見せた。

 それはヴァイにとって決して気分の良いものではなく、反射的に目が細まる。

「キミ達二人は、もちろん魔術を使ったんでしょ?」

 訊くまでもないと思うけど、そう前置きをした上でのフュンフからの問い。

 正確な情報欲しさと好奇心もあるのだろうが、立場からして警戒せざるを得ないのが事実だろうか。勝手な憶測をしながら、しかしヴァイは素直に頷いた。

「ああ。その点だけ見ても、そいつより俺……いや俺達の方が特定される危険は高いだろうな」

 ヴァイはちらとレーヴェを一瞥すると、危機感を示唆する言葉に反してのんびりと紅茶を口に運ぶ。隣では、人差し指を口元に添えたシュネイが小さく唸っている。

「そうですね……≪遺物(レリック)≫もすぐには消えないですし……」

 むう、と全身で困惑を表現するシュネイ。その言葉に短く同意を示したフュンフの隣でレーヴェが怪訝そうに眉を寄せたことに気付き、ヴァイは内心で嘆息する。そしてまだ半分ほど紅茶の入っているカップを受け皿に置いた。

 そのタイミングを見計らったように、脇から別の声が掛かる。

「ねえ、兄さん。≪遺物(レリック)≫って物に宿るんじゃなかったの?」

 訊ねてきたのはメイアだ。ヴァイに話しかけたつもりだったのだろうが、一斉にその場にいる四人全員の注目を浴び、「えっ」と気まずそうな声をあげた。

「あの……昔、呪物みたいに気持ちを込めて作った物や、その人が大切にしている物には持ち主の≪遺物(レリック)≫が宿るって教えてくれたでしょ?」

 身を小さくしながら、やや上目遣いに言い訳でもするように言う。

 確か過去に、そのような話を聞かせたこともある。当時はまだ呪術の知識も乏しかったメイアが、両親に教わりながら真剣に呪物を作る様子を見てその話をした記憶があった。

 ここで思いもよらず昔の出来事を回顧してしまって返事が遅れたヴァイに代わり、メイアの言葉を肯定したのはフュンフだ。

「そうだよ。人と近い距離にある物体ほど≪遺物≫を宿しやすい。必ず宿るわけではないんだけど、それでも持ち主が長い期間に渡って大切にしていたり、思い入れが強いほど≪遺物(レリック)≫が宿る可能性は高くなるね。例えば、いつもレーヴェが使ってる弓。手入れしながら何年も使ってるようだから、たっぷりとレーヴェの≪遺物(レリック)≫が染み込んでるはずさ」

「…………」

 突然に名を挙げられ、反応に困った様子のレーヴェ。

 一方ではメイアがほっとしたように肩の力を抜く。

「良かった、私の記憶違いかと思ったわ。……でも、どうしてそれが関係するの?」

 続けざまの質問の後、何故かメイアではなくフュンフに目線だけで先を促された気がしたが、ヴァイはテーブルの中心に置かれた皿から小振りの焼き菓子を一つ摘むことで答えを示す。すぐにフュンフも役目を転嫁されたことを理解したようだが、向けられたのは予想通りだと言わんばかりの微笑。

 フュンフと顔を合わせたのはそう長い時間ではないはずだが、すでにおおよその行動パターンを熟知されているらしい事実は面白くない。

「……よし、折角だからオマエも聞いとけよ」

 そして聞かせる気は満々らしいフュンフが、隣に座るレーヴェを肘で小突く。すぐに抗議の声があがるが、本人は完全に聞く耳を持っていない様子だ。

 相手を選ばない知識の類を喋るのは好きらしい。現に他者との交流は好きそうな少年……もとい青年ではある。恐らくそれも、抱えている情報という面では口を滑らせない自信があるからこそなのだろう。

 そんなことを漠然と考えるヴァイを余所に、当のフュンフは楽しそうに説明を開始した。

「まず、一般に≪遺物(レリック)≫というのは、今言ったように物体に宿った残留思念のようなモノを指すよね。もちろんそれは間違いじゃない」

 相槌を交えながら話を聞くメイアとシュネイ。いや、シュネイには過去に詳しく聞かせたはずなのだが、同じ内容を二度も真面目に聞いているらしい。忘れている、ということはないはずだが、飽きもせず静かに聞いている姿には素直に感心してしまう。

 そしてテーブルに身を乗り出すような格好で、フュンフは続ける。

「だけど本来≪遺物(レリック)≫っていうのは、少し別のモノを指す言葉なんだ。魔術にはエーテルを使うけど、魔術として消費されたエーテルは役目を終えて、力のないただの残滓……簡単に言うと、残りカスになる。このエーテルの残りカスこそ、本来の意味での≪遺物(レリック)≫なんだ」

「…………」

 極めて大雑把に聞こえるフュンフの説明の横で、ヴァイは左手をテーブルの上に差し出した。途端、全員の肌を冷気が掠める。ぞくりと背筋を緊張させた冷気から具現したのは、掌に収まるほどの、水晶にも似た透明な氷塊。

「魔術を行使する際、術者は必ず自らの体内に外部からのエーテルを取り込む。この時、術者の体内ではエーテルの変換が起こる」

 氷塊を見つめていたレーヴェが、ヴァイの言葉に首を傾げる。

「エーテルの変換?」

 鸚鵡返しに問われ、ヴァイは小さく頷いた。

「変換、と言うが術者が意図して行っているものでもなければ、実感のあるものでもない。そして変換だけならば魔術の才の有無に関らず、全ての人間が生命活動の一環としてエーテルを消費する段階で例外なく行われている」

 そこまで言い終わると、ヴァイは視線をフュンフに向けた。

 以降の説明を放棄したことを目で訴えると、流石は情報屋なのか敏感に察知したフュンフが、短い不満を漏らしながらも後を引き継ぐ。

「ええっと……自然界で発生してあちこちに漂ってるエーテルだけど、この時点では誰でも使えるまっさらな状態なわけ。新品未使用、ってことだね」

 片手で空中を示しながら、フュンフ。

「そして俺達はこのまっさらなエーテルをどうにか使いたいわけだけど、いざ使うには取り込むだけじゃダメで、自分に合ったカタチに変える必要がある。それを変換って言うんだ。変換することでようやく魔術や生命活動に使えるようになるんだよ。変換自体は絶対に必要である反面、意識して行うものではないから、そうしてる事実を知らなくても悪影響はないんだけどね」

「へえ……」

 知らず知らず誰しもがエーテルの変換を行っているという事実を聞かされ、レーヴェは驚くと同時に感心している様子だ。

 知らなくても無理はない。魔術の才を持たぬ者は尚更だと、ヴァイは思う。

 フュンフが述べたように知識がなかろうと生活に一切の支障は発生しないし、魔術師でも≪遺物(レリック)≫を意識した上で魔術を行使する者など、実際にはそういはしない。それこそ犯罪者の類か、あるいは聖教会に牙を剥く異端的存在くらいだろう。

 頬杖を突きながら耳を傾けているヴァイの前で、フュンフは皿の上から丸型と角型のクッキーを一枚ずつ摘み上げた。

「で、ここからが本題。その変換には、必ず個人差がある。親子だろうが双子だろうが、絶対に違いが出てくる。そして、まっさらなモノを各々が自分に合ったカタチに変えるってことは、逆に言えば変換された後のエーテルは変換させた人自身しか使えないってことでもある。カタチが合わないからね」

 言いながら、顔の前で形の異なる二枚のクッキーを重ねて見せる。

「魔術師にとって嬉しくないのは、魔術を使った後に残された≪遺物(レリック)≫が、術者によって変換されたカタチのままってこと」

 フュンフは重ねていたクッキーを二枚に戻し、一度だけ表裏を反転させた。

「それって……」

 代わって声をあげたメイアに、フュンフは深く頷く。

「≪遺物(レリック)≫には、術者の情報が入ってることになる。……とは言っても、実際に読み取れるのは変換後のエーテルのカタチだけで、決して名前や容姿が向こうに伝わるわけじゃないんだけど、術者の特定には十分な情報であるのは間違いないよ」

 フュンフが言葉を区切ったところで、ヴァイの掌上に浮いていた氷塊は全員の視線を集めたまま一瞬にして破砕した。耳の奥に残る、高く澄んだ音。光を反射して輝く氷粒を残し、ヴァイはおもむろに左手を戻した。

 そして微細な氷粒が順番に消えゆくさまを見つめながら、フュンフが声を低くする。

「生き物が死んでから土に還るまでに時間が必要なように、≪遺物(レリック)≫もすぐには消えない。今ここにも魔術を使った彼の≪遺物(レリック)≫が、彼の情報を内包して漂ってる。日常で生命活動に消費される量はごく僅かだから≪遺物(レリック)≫を拾われることはまずないんだけど、魔術のように一度に大量のエーテルを使えば、消費量に比例した≪遺物(レリック)≫が嫌でも残ってしまう。今くらいの魔術でも数時間、戦闘で使われるような大規模なものだと二、三日消えないこともあるね。もうひとつ、エーテルも≪遺物(レリック)≫も物理的な影響……例えば風に吹かれるとか水に流されるとか、そういった影響は受けない性質があるから、本当に自然消滅を待つしかないのも厄介でね」

 辟易を示すようにフュンフが軽く肩を竦める。その隣では、真剣な表情で話を聞いていたレーヴェが短く唸りながら腕組みをした。

「聖教会側に事態が知られて調査が入るまでの時間は、十分にあるってことか……」

「そ。≪遺物(レリック)≫を拾うこと自体は決して容易ではないんだけど、聖教会はそういった方面に優れた魔術師を積極的に育成してるって噂もあるし、調査が入れば間違いなく二人の≪遺物(レリック)≫は向こうに拾われると思った方がいい」

 二枚のうち、一枚のクッキーを口へと放り投げながらフュンフが言い切った。






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