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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第三章
49/71

異教狩り -28-

                  ◆


 先に相手が攻撃態勢に入ったのを確認したレーヴェは、前進しつつそれを受け止めるために身体の前にナイフを構えた。そして垂直に振り下ろされる刀身を、両手に持ったナイフを交差させて受ける。

 刃がぶつかり合う、金属質な音。

 重さのある一撃に刹那、電撃が走ったかのように腕が痺れる。だがレーヴェは怯む素振りもなく、刃を押し返そうと力を込めた。

「あんた達が勝手に作ったこんな腐った世界は、一度誰かに破壊されるべきなんだよ!」

 刃の向こうの相手に、憎悪の籠もった叫びをぶつける。

「世迷いごとを! 貴殿のような危険因子こそ早々に排除されねばならん!」

 硬質な音を合図に両者は一度弾き合う。そして横薙ぎに構えられた部隊長の次の一撃を、身体を捻り一回転させる間に逆手に持ち替えたナイフで防いだ。

 そしてすぐさま空いた方の手で腰のポーチから球状のものを取り出すと、掌から零すようにして両者の間へと落とす。

 すると硝子に罅が入るのと同じ音を立てながら、球は空中で砕けた。透明な破片が散り、それらは地面に接触すると同時に微光を発した。

「……!」

 部隊長はそれに気付くや否や、慌てて後方へと飛び退いた。直後、今まで部隊長がいた場所を檻が囲むように岩が突き出す。

「ち……」

 捕え損ねたレーヴェは舌打ちすると再びポーチへと片手を突っ込んだ。

 だがそこへ耳鳴りのような音と共に、二発の光弾が撃ち込まれた。光弾はレーヴェを保護していた魔法障壁に阻まれたが、遂に障壁は破壊された。


 ――――やばいな。


 獲物を捕え損ねた岩が再び大地へと還ってゆくさまを見ながら、レーヴェは明確な焦りを感じていた。

 正面では部隊長が剣を構え直し、脇では魔法銃士が銃口を持ち上げている。

 魔法銃士だけであれば、照準と指の動きを見切れば攻撃を躱せる。だが今は正面の男がそれを絶対に許してはくれないだろう。

「…………」

 レーヴェはポーチの中で手に触れた、立方体の呪物を握った。そして部隊長が一歩目を踏み出したのを見計らい、魔法銃士を目掛けて頭上高く放った。

「!」

 魔法銃士は自分へと投擲された物体を狙い、咄嗟に引き金を引く。一発だけ放たれた光弾は寸分の狂いなく目標を貫通した。

 立方体は落下方向から受けた光弾で一瞬その場に滞空したかと思うと、次の瞬間には白く眩い光を放った。

 魔法銃士は反射的に顔を覆うが既に閃光を直視してしまった後で、目元を庇うようにして膝を突く。

 レーヴェは横目にそれを確認し、すでに迫っていた部隊長の太刀を後方へ躱す。だが相手はすぐに刃を返し、レーヴェの足元を狙った。

「!」

 咄嗟に二度目のバックステップを出すが、予期せぬ一撃に着地のバランスを崩し後方へ倒れ込む。


 ――――しまっ……!


 すぐさま起き上がろうとするが、それよりも早く剣の切っ先がレーヴェの鼻先に突きつけられた。

 倒れた際に零れたナイフへと伸びた手が、何にも触れることなくぴたりと止まった。

 視線だけでゆっくりと剣を辿ると、厳しい表情をした部隊長がこちらを見下ろしている。

 動けば、確実に斬られる。

 武器すら取り落としてしまったレーヴェに対し、相手は僅かな動作でこちらを貫くことができる。この絶体絶命とも言える状況に、相手を睨み付けるレーヴェの奥歯がぎり、と鳴った。

「これで終わりにしよう」

「…………」

 部隊長が剣を握った手を静かに引く。レーヴェは気付かれないように、背後で地面に突いていた手をずらして腰の後ろのナイフに触れた。

 眼前の剣は後退を止め、心臓へと狙いを定めるのが分かった。同時に、レーヴェの手がナイフの柄を握る。

 そして両者の手にそれぞれ力が込められた、その瞬間。

「!?」

 鼓膜が裂けそうなほど激しい雷鳴が、二人の間に割り入った。

 二人は反射的に音の方向へ振り返る。

 そこには稲妻で作られた巨大な半球が存在していた。稲妻は空間を喰らうように更に大きさを増し、光に眩惑され膝を突いていた魔法銃士をあっさりと呑み込んだ。

 魔法銃士はしばらく雷撃の中で絶叫を上げたかと思うと、やがて魔術の終息に合わせるように静かになった。そして髪と肉が焼け焦げる嫌な匂いが漂うだけとなった。

「…………」

 レーヴェが振り返った時、半球の中心にはふたつの人影が存在していた気がしたが、そこには人の残骸すら確認できなかった。

 だが尚驚いたのが、魔術を行使した人物だ。

 雷撃によって円形に荒れた大地、その向こうにいたのはシュネイだったのだ。


 ――――まさか、今のはシュネイが……?


 吃驚するレーヴェだが、その隣でも同じような反応を示す者がいた。

「あれは……何と言う魔力……」

 横から聞こえた部隊長の呟きで、レーヴェは自分の置かれている状況を思い出した。

 はっとして正面に向き直ると、自分から逸らされている剣が目についた。だが部隊長もレーヴェが身動ぎした気配に気付き、慌ててそれを振り上げる。

 しかしレーヴェが既に繰り出していた蹴りが、僅かに隙の長かった部隊長の腹部に直撃した。

「ぐっ……」

 部隊長の口から、押し殺しきれなかった小さな呻きが漏れた。

 レーヴェはその隙にナイフを拾いつつ跳ねるように身体を起こすと、一度後方へと飛んで距離を取る。

「油断したか。しかし」

 部隊長は腹を押さえながら、レーヴェを睨み付ける。そして、地面を蹴った。

 両者はまたも結び合う。

 部隊長からは勢いに任せた攻撃が、次々と繰り出される。レーヴェは二本のナイフを駆使して、辛うじてそれを防ぐ。しかし、その速度についていけずに防ぎ損ねた剣先がレーヴェの腕を、胴を次々と引っ掻いた。

「くそ……」

 一方的に押されるレーヴェは、反撃すら儘ならない。

 そして右からの薙ぎに一瞬反応が遅れ、太腿が一文字に大きく切り裂かれた。

「つ……っ!」

 思わず膝が崩れそうになるのを怺え、左手のナイフを相手の顔を目掛けて投擲した。

 それを弾くために束の間だが部隊長の攻撃の手が止む。だがレーヴェに次の手を用意する暇を与えてはくれなかった。

「今度こそ終わりだな」

 レーヴェの左胸を目掛け、剣が真っすぐに滑り込む。

「……!」

 だがレーヴェは寸前のところで左手で刀身を掴むと、その軌道を無理矢理に下方へ向けさせた。余計な力を加えられた剣は目標から逸れ、脇腹に吸い込まれるように刀身を埋めてゆく。

「うあ――――――――っ!」

 左手と脇腹に、灼熱の痛みが走った。

 一瞬にして血で滑った掌を、刃は容赦なく切り裂いて進む。肉を裂き骨の表面を削られるおぞましい感覚と、腹部を襲う焼けるような激痛にレーヴェの身体がびくりと痙攣した。

「う……」

 右手に握っていたナイフを思わず手放しそうになるが、意識を掻き集めて辛うじて耐えた。そして刃を握る手に力を込め、至近距離にある部隊長の顔を見上げた。

「終わりなのは、あんたも一緒だぜ」

 言いながら、逆手に持ったナイフを思い切り相手の首筋に突き立てた。

「ぐあっ!?」

 部隊長の顔が痛みに歪むのが分かった。

 だがレーヴェはそれだけでは終わらず、刺したナイフを荒々しい動作で手前に引いた。肉と繊維を断ち切る感触を伝えながら、相手の首が大きく裂けた。そこからはおびただしい量の鮮血が噴き出す。

 部隊長は喉元を押さえ、転がるようにレーヴェに背を向けた。

「――――っ」

 そして見開かれた目をレーヴェに向けて何か言おうとするが、粘質な音と共に指の隙間から泡立った血が溢れただけだった。部隊長は喉元を押さえたままその場に倒れ込むと虚ろな目でレーヴェを睨んでいたが、やがてその焦点も合わなくなった。

「…………」

 地面に血が広がる様子を無言で見下ろしながら相手が動かないことを確認すると、レーヴェは脇腹に刺さったままの剣を一瞥して小さく乾いた笑みを浮かべた。

「は……っ、は……」

 そして荒い呼吸を繰り返しながら、レーヴェは遂に膝を折った。






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