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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第三章
46/71

異教狩り -25-

                  ◆


 閉鎖された空間に響く、規則的な靴音。

 揺れるランタンが、階段を下る持ち主の姿を大きく投影している。

 こつ、

 最後の一段を下りると、ルーウェントはおもむろに周囲を見回した。暗がりに立ち並ぶのは、天井までそびえる巨大な本棚の群。その全てに隙間なく、整然と書物が詰め込まれていた。

「…………」

 ルーウェントは神妙な面持ちで棚と棚との狭い通路を進む。どこか足が重く感じるのは、この書庫が特別なせいだろうか。

 この場所は歴代の法皇にのみ存在が伝えられている。入り口にはこれも法皇のみが知る特殊な≪呪縛(スペル)≫で封じられ、他の者は一切入室を許されていない。

 納められているものも古い歴史書や魔導書ばかり。

 最近はめっきり来ることがなくなっていたが、小さい頃に父に連れられて来ては難しい本を唸りながら読んでいたものだ。

 そして今は、その中に少し気になる内容があった気がして、確認のために訪れているのだった。

 しばらく進み、書庫の最奥でルーウェントの足が止まった。そして大量に並ぶ本の中から、何かを探し始める。

 ランタンで手元を照らしながら、順番に表題を確認してゆく。端から端へ、終わればその下へ。

「…………」

 音もなく、薄暗がりの中でただひたすら同じ作業の繰り返し。

 やがて、どのくらい時間が経過したかも分からなくなった頃。

 一冊の本を前に、ルーウェントの動きが止まった。人差し指の先にあるそれを、丁寧に引き抜く。手にした途端、ずっしりとした重みが伝わった。

 視線の先、表題には掠れた魔導文字で『秘術』と記されている。

 ルーウェントはランタンを棚に置くと、表紙を開いた。ふわりと広がる、古い紙の匂い。

 ページが捲られるたびに、真剣な眼差しが小さな文字を追った。しかし目的の内容は見つからない。

 そうして一冊がほぼ終わりに差し掛かった時、紙を捲るルーウェントの手が止まった。

「これは……」

 注がれる視線が何度も同じ文をなぞる。その表情が段々と引き攣っているのは、気のせいではないだろう。

「やはり……彼等は……」

 やがてルーウェントは大きく息を吐き出し、本を閉じた。


 ………………




          ◆       ◆       ◆




 シュネイは軽快な動きで魔術を躱した。

 だが、避けた先には別の騎士。

「!」

 騎士の一刀を前転するように回避すると、すぐさま魔法銃を構える。

 一方、攻撃を空振った騎士は小さく舌打ちしつつも、銃口を上げ始めたシュネイへと次の攻撃を仕掛ける動きを見せる。しかし、騎士の攻撃が届くよりもシュネイの指が引き金を引く方が確実に速い。

 ぴたりと狙いが固定される。

 刹那。

「わ……っ!?」

 シュネイの眼前を、風刃が切り裂いた。咄嗟に上半身を仰け反らせて後方へ躱す。その正面では、騎士が剣を閃かせている。

「っ!」

 後ろ手を突いた反動で、跳ねるように飛び退く。同時に、たった今シュネイがいた場所を剣が薙いだ。

 しかしそれすら確認せず、シュネイは視線を走らせる。

 僅かに細められた目が捉えたのは、やや離れた場所に立つ長髪の騎士。その騎士は片手に持った剣を自身の正面で逆袈裟に振った。

 一度は左から。次いで、右から。

 手首を使って回すように、優雅な動作で剣を操る。その刃先が滑らかに空を斬ると二振りの風刃が生まれ、真っすぐにシュネイを襲った。

 反射的にサイドステップを踏み回避行動を取る。空気が鋭く裂ける音が、耳元を通り過ぎた。

 その先で。

 天にかざされた鈍色の刀身。

「しまっ……」

 踏んだステップの、着地までの時間が妙に長い。

「悪く思うな」

 何かを確信した騎士の表情。

 シュネイの左肩を目掛けて、刃が落ちる。


「――――っ」


 金属同士が衝突する、硬質な音。

 銃の腹で止められた剣。

 シュネイは瞬時に右手の魔法銃で攻撃を受け止めていた。そして腰の後ろのホルスターから抜かれたもう一丁の銃が、騎士の左胸にぴったりと押し当てられている。

「な、に……!?」

 驚きと焦燥を隠せないのは、騎士の方だった。阻まれた刀身の向こうには、冷淡な少女の目。

 騎士が身動ぎするよりも先に、シュネイは撃った。

 高音と共に騎士の身体が大きく痙攣する。密着させた銃口の隙間から漏れた血飛沫が、容赦なくシュネイの顔と服を汚した。





 部隊長は大振りの剣を軽々と操り、連続して攻撃を繰り出す。レーヴェは辛うじてそれをナイフで防いでいた。

 脇からは魔法銃を手にした騎士がレーヴェを狙う。だが何発目かも分からない光弾は全て同じように阻害され、レーヴェには届いていない。

「くそっ、障壁が……!」

 光弾を弾くたびに発生する、うっすらとした光の壁。それはダメージによって確実に効力を失いつつあった。恐らく、あと数発で破られてしまうだろう。相手もそれを知りつつ、その時を待っているのだ。

 レーヴェは更に四回、部隊長の太刀を凌ぐ。そして大振りで隙の大きい一撃が来たことを確認すると、その一刀を防いだ直後に回し蹴りを放った。

「!」

 部隊長はバックステップで蹴りをかわす。だが再びすぐにレーヴェとの距離を詰める。

「くっ」

 結び合いと言うには一方的な剣戟。

 何度か刃をぶつけ、やがて弾き合うようにして互いに数歩後退した。息が上がっているのは、レーヴェだけだ。


 ――――このまま嬲り殺されるのは、ごめんだな。


 だがいつの間にか、それぞれが一対三に追い込まれている。援護を望むのは厳しい。

「…………」

 再び障壁が光弾を防いだのを横目に確認しつつ、まだ余裕のありそうな部隊長を睨む。

 レーヴェはきっ、と鋭い表情を作ると、相手に向かって駆けた。部隊長も腰を落とし剣を構え直す。

 ナイフよりもリーチの長い剣は、先に標的へと振り下ろされる。それを受け止めつつ、レーヴェは一気に懐深くまで潜り込んだ。

「何!?」

 すぐさま部隊長も斬り返そうとするが、先にレーヴェが左手で抜いていた別のナイフを相手の太腿へと突き立てた。

「ぐあっ!」

 痛みに部隊長が一瞬怯む。その間にレーヴェのナイフが首筋を狙った。

 しかし気付いた部隊長は乱暴に剣を横に薙ぐ。レーヴェは咄嗟に後方に飛んで躱すが、切っ先が服に引っ掛かり一文字に裂けた。

 そして。

 ピシ、

 と何かに罅が入るような嫌な音が耳に届く。すぐにレーヴェは障壁が限界に近いのだと察した。慌てて後方に下がると、目の前を光弾が二発横切った。

 残りを慎重に使わなければ、先にやられてしまう。

 確実に素早くは動けなくなった部隊長から狙いを魔法銃士に切り替えようとしたところで、部隊長の後方に控えていた白ローブの魔術師が詠唱を始めた気配がした。

 レーヴェは苛立たしげに舌打ちしつつも矢を二本抜き取ると、詠唱中の魔術師目掛けて連射した。

 その狙いに気付いた魔法銃士も、立て続けに数発撃った。

 一本の矢が、光弾で破壊される。

 しかし残った一本が魔術師の腹部に命中し、ローブを変色させながら二秒ほどして爆ぜた。小さな肉片のようなものが、周囲に飛散した。






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