異教狩り -23-
「<平伏せ>」
ヴァイの唇が、短い詠唱をなぞる。すぐさま反応した騎士が数人、ヴァイへと狙いを絞る気配が空気を通して伝わった。
しかし騎士達が一歩目を踏み出すよりも早く、低く囁かれた詩は夜のしじまに黙していた大地を呼び起こす。
「!?」
騎士が掲げていたランプ、その硝子が硬質な音を残して破砕した。それを合図としたかのように、ヴァイの魔術に捕縛された騎士が順番に膝を折り始める。
「う、ぐ……」
口々に漏れる呻き。騎士達は見えない何かに強く押さえ込まれたように、身体の自由が利かなくなっていた。魔術の中心に近い者に至っては、立っていることさえままならない。
「……」
騎士達の間に、ヴァイは視線を走らせる。レーヴェを巻き込まないように配慮しているため、術の中心から遠い騎士は動きは鈍っているものの、完全に封じ込めるには至っていないようだ。
また、動きを封じることが目的とはいえ、この魔術の殺傷能力は低い。それはあえて攻撃能力の低い魔術で魔力の消費を抑え、面倒でも確実に数を減らす戦法を選んだからだ。
広範囲に渡る攻撃魔術では威力が分散しやすい上に、騎士は強力な魔法障壁を有しているため、倒しきれない可能性を考慮した結果だった。
そしてそれ故に、ヴァイ以外の誰かが手を下す必要があった。
「――――!」
ヴァイの背後から、シュネイが飛び出した。その手には、魔法銃。二人はちらと視線を交わすと、小さく頷き合った。
シュネイは跪いている一人の騎士に狙いをつけ、銃口を向ける。刹那、気配に気付いた騎士と視線が衝突した。
騎士の口が、何か言おうとして開かれる。
しかしシュネイは容赦なく引き金を引いた。
キン、という耳鳴りに似た音と共に、騎士の身体がびくりと痙攣する。魔法障壁の影響で光弾は目標を貫通こそしなかったが、左胸を真っ赤に染めた騎士は地面に倒れて動かなくなった。
「今のうちってか」
その様子を見ていたレーヴェが、矢筒から慣れた手つきで二本の矢を引き抜いた。流れるような動作で一本を弓に番えると、魔術の範囲外だったのか剣を構えレーヴェとの間合いを詰めようとしていた騎士に向けて、放った。
空気を貫く音と共に、矢は真っすぐに騎士を目掛けて飛ぶ。
「甘い!」
しかし騎士は逆袈裟に矢を討ち払う。己の太刀筋で一瞬遮られた視界。その向こうには、焦りを浮かべるレーヴェの姿――――ではなく。
「誰が」
口角を持ち上げて嘲う、レーヴェの姿があった。同時に、放たれていた二本目の矢が騎士の喉元に突き刺さる。
「が……っ」
声を発したことで、口からは空気と一緒に血が溢れた。騎士は自らを襲う激痛に咽びながら、口腔内に溜まったそれを吐き出す。びちゃ、という湿った音を建てて、地面にどす黒い染みが作られた。
そして矢を抜こうと、騎士が震える手を喉元へと伸ばした時。
圧縮された空気が破裂するような衝撃と共に、赤い霧が噴き出した。
一気に立ち籠める、血の匂い。
「悪いね。こうでもしないと確実に仕留められないもんで」
上半身のほとんどを失った騎士に、レーヴェは言った。そして再度矢を取り出しながら、次の標的を絞ろうと顔を上げる。
だがその先に見た光景に、レーヴェは思わず叫んでいた。
「…………」
無言のまま、シュネイは地面を見下ろしていた。口元は一文字に引き結ばれており、卑俗なものでも見るようなその視線の先には、自分が撃ったばかりの騎士。
その少女らしい大きな目には、不釣合いなほど強い不満の色が滲んでいる。
一体何が気に障ったというのだろう。子供の持つ無垢ゆえの残忍さではなく、機械的な冷酷さが刻まれた表情は、普段のシュネイの姿とは程遠い。
シュネイは表情を動かさないまま、視線だけが騎士の亡骸と右手の魔法銃とを移動した。
「…………」
自分でも掴みきれていない意識の奥底で、何者かが訴えるのだ。それは頭の中に直接語り掛けられているようで、ひどく茫漠としていて、それ故にひどく明確だった。
そして内に向いた意識は、外部への注意力を少なからず奪い取る。
「シュネイ!」
突然レーヴェに自分の名を叫ばれ、シュネイははっとした。
ようやく隙を晒していたことに気付く。
そしてほとんど反射的に振り向くと、背後から別の騎士が二人、迫っていた。
「っ!」
咄嗟に銃を構える。狙ったのは距離の近い騎士の、左胸。銃口と標的とが直線で結ばれたその瞬間に、引き金に掛かっていた指を引いた。
騎士はシュネイの照準を読んだらしく、動作から銃で弾こうとした意思は見受けられた。しかし照準を定め引き金を引くまでが、予想以上に速かった。
身体との間に刀身が割り込む前に、光弾は目標に到達していた。
騎士の左胸には、拳よりはひと回り小さい風穴が開いていた。そして走っていた勢いのまま前のめりに倒れ込み、その血で大地を赤く染め始める。
だがシュネイはそれを確認もせず、もう一人の騎士の姿を探す。だがすでに騎士はシュネイの傍まで迫っていた。
「この……!」
騎士が剣を振り上げる。今から魔法銃に魔力を注入しても、間に合わない。
シュネイはこの一撃を凌ぐため魔法銃を頭上に構え、防御体勢を取った。来るべき衝撃に備え、全身に力が入る。
高い位置に掲げられた刃が月光に燦めき、シュネイに向けて振り下ろされた。
そして。
トスッ、
何故か軽い音が聞こえたかと思うと、騎士の太刀はシュネイを外して地面を抉っていた。
「そいつから離れろ!」
シュネイの理解が追いつくより先に、切迫したレーヴェの声が響く。
「!?」
よく見ると、騎士には一本の矢が刺さっていた。
レーヴェが言わんとすることを察したシュネイは、片手を地面に着いて身体を小さく折り畳むと、騎士の腹部を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐあっ!?」
矢を受けたことで怯んでいた騎士は、大した抵抗もできずに後方へと吹き飛ぶ。そしてその身体が再び地面に触れるよりも先に、小さな爆発に呑まれた。
「……ふぅ」
シュネイは原型を留めていない騎士の姿を確認すると、レーヴェを振り返って銃を持った手を小さく挙げて見せた。
一方ヴァイは、それら一連の出来事に興味を示す風でもなく、動けなくなった騎士達の間に鋭く視線を走らせていた。
左手には光が宿ったまま。魔術を使用し続けてはいるが顔色ひとつ変化させてはおらず、まだ余裕があることを示唆していた。
――――十五、いや、十六か……
ここでようやく騎士団の数を把握すると、ヴァイも行動を開始する。
騎士団を乗せていた二台の馬車へとその視線を向けると、左手に宿る光が光度を増した。
大気が、ぶれた。
ほんの一瞬だが、眩暈でも起こしたかのように視界が揺れた。途端、馬車は二台ともぐしゃりと潰れ、馬車馬は細い脚を折り地面に横たわる。その下にはじわり、と血が広がり始めていた。
逃亡されないよう、足を潰しておこうというのだ。
そして馬車の傍にいた騎士が二人、馬と同じように全身を地面に縫い止められていた。しかし加えられる重力は弱まってはくれず、やがて一人は穴という穴から血を噴き出して死んだ。




