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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第三章
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異教狩り -20-

                  ◆


 決して穏やかとは言えない車体の揺れにヴァイがその痩躯を委ねていると、外から声が掛かった。


「おい、前……!」


 焦燥と緊張の滲んだレーヴェの声に、ヴァイの眉間に思いきり皺が寄る。

「何だ」

 腰を浮かせ、馭者台と幌を分ける布をめくる。

 しかし、返事が来るよりも先にヴァイも気付いた。前方に小さく揺れる二つの灯りに。

「馬車だ。しかも二台」

 器用に手綱を操って速度を落としながら、レーヴェが肩越しに振り返る。青白い月明かりに浮かぶ表情は、険しい。

「……聖教会か」

 ヴァイの言葉を、レーヴェが首肯した。だがこの言葉が疑問ではないことを、レーヴェも理解しているようだった。

「どうする? このまま行くのか?」

「ああ。向こうもこちらに気付いているだろうから、妙な動きは避けた方がいい」

「分かった」

 レーヴェは再度頷くと、前方に向き直った。そして馬車の速度を更に落とす。先程までの激しい揺れが嘘のように心地良いものに変わる。

 ヴァイは一度睨むように二つの灯りに視線を送ると、めくっていた布を元に戻した。先と同じ場所に腰を下ろし、脇に置いてあった剣を手に取る。

 その手の動きを追っていたシュネイの視線に気付いて、ヴァイは顔を上げた。

「戦いになるんですか?」

 おずおずと、シュネイが訊ねてきた。しかし態度とは裏腹に、シュネイの目には不安や緊張といった感情が存在していない。

 これはこの少女にとっては“自然”なことだと、今までの経験からヴァイは理解していた。それ故に他人から見ると間違いなく“不自然”だということも。

 今となっては完全に慣れたものとなってしまったが、それでも一応確認してくるのは、単純に第三者からの確証を求めているのだろうか。

「…………」

 天井に吊るされた心許ないランプの灯りが、大きさの違う二つの影を作り出す。やだて頭の端に浮かんだつまらない思考を振り払うように、ヴァイは応えた。

「そのために俺達は来た。そういうことだ」

 淡々とした口調で、普段のように少し早口で。

 二人の間に流れた言葉がほんの微かに緊縮していることに、シュネイは何を思ったのだろうか。ヴァイは少女の大きな目から、答えを読み取ることができなかった。





 車輪が荒い土肌を転がる振動と音だけを響かせながら、三人を乗せた小さな馬車は前方に見える灯りへと迫っていた。

 幌に覆われているため外の様子は見えないが、向こうにいる魔術師の気配でおおよその距離を把握できていた。恐らく、シュネイも同じだろう。

 ヴァイはすっと立ち上がると、慣れた手つきで剣を腰の定位置に提げた。そして吊るされていたランプを取り、中で光を放っていた掌より小さな石を左手でそっと撫でた。すると石は沈黙するように光を失う。訪れた闇に目が慣れず、すぐ傍にいるはずのシュネイの表情さえ確認できない。

 灯りを消したのは、こちらの動きが影となって向こうに伝わることを防ぐためだ。向こうにも魔術師がいるのは確かなので二人の存在自体は感知されているだろうが、動きが筒抜けになるのとそうでないのとでは差が出てくる。

 ヴァイはまだ目が闇に慣れないまま、ほぼ手探りで馭者台とを仕切る布をめくった。布と布の細い隙間から月光が差し込む。

 前方を行く二台の馬車は、その輪郭を捉えることができるほど近くに存在していた。車体にはうっすらと聖教会のシンボルである正十字が確認できる。

「どうかしたか?」

 気配に気付いたレーヴェが声量を落として訊ねてきた。振り向きもしないのは、会話をしていることを向こうに悟られないためだろう。

「……魔術師が四人。それとは別に弱い魔力を七つ感じる。後者は魔法銃士か、多少の魔術をかじっただけの騎士だろう」

 ヴァイは自分が感じ取った魔力の気配から、そう分析を口にした。

「十一人か……大体フュンフの情報と同じくらいだな」

 僅かに安堵したようなレーヴェに、ヴァイは追い討ちのような言葉を続ける。

「いや……俺の主観も入っているが、同型の馬車二台に奇数の人数とは考えにくい。魔力を持たない騎士が数人いる可能性が高い」

「マジかよ? 予定より多くねぇか?」

 レーヴェの示した焦りと不快感はもっともだとヴァイは思った。最初から人数差は歴然たる事実として存在しており、仮に騎士が一人二人増えただけでも、こちらは何倍も不利になる。

 数瞬躊躇った後、ヴァイは静かに言った。

 正直、杞憂であって欲しかった。そう思いながら。


「本当に小さな村ひとつ焼くだけなら、な」


 含みのある物言いに、レーヴェが勢いよく振り返る。

「じゃあ、本当に……! うわっ!?」

 言いかけた言葉は、レーヴェの悲鳴に変わった。

 馬が突然方向を変えたのだ。慌てたレーヴェは手綱を持ち直し、咄嗟に馬を止めた。

「……ふぅ」

 思わず安堵の溜息が漏れる。話に気を取られているうちに前方を行く聖教会の馬車が停車しており、それを避けようと馬が混乱しかけていたようだった。

 レーヴェが顔を上げるのと同時に、二台のうち後方の馬車のドアが開いた。明かりが漏れ、人影が降り立つ。


「――――こんばんは」


 そう言って現れた人影は二つ、どちらも聖堂騎士の制服に身を包んでいる。

 一人は三十代半ばほどに見える男で、部隊長なのだろうか、右腕に腕章が確認できる。その脇に立つのは若い――――と言ってもレーヴェよりは年上だろう――――騎士で、掲げるようにランプを持っていた。

「…………」

 レーヴェは二人の騎士を交互に、睨むように見比べた後、ちら、と馭者台の後ろに隠してある愛用の弓を見た。だがここで武器を片手に降りた段階で、相手の不審を煽るだけだ。仕方なく弓を残し、レーヴェは馭者台から降りる。

 さく、と短い雑草を踏み締める音が静まり返った夜闇に呑まれた。僅かに髪を揺らすだけの風は、妙に生温かく不快だった。

 騎士が剣を抜いても間合いに入らないほどの距離で、レーヴェは足を止めた。表情がやや引き攣っているのを、二人の騎士は気付いているのだろうか。

「突然止めてしまって申し訳ない。だが、少し話を聞かせてもらいたい」

「……」

 部隊長が声を掛けるも、レーヴェは相手を睨み付けたまま返事をしようとしない。

 疑われている、と言うよりは、こんな時間に馬車を飛ばしている理由を訊かれるだけなのだろうが、厭にレーヴェは緊張していた。

 その様子に二人の騎士は一度顔を見合わせる。そしてもう一度部隊長が口を開きかけたところで、全く別の声が間に割って入った。


「人が質問しているのに、だんまりとは関心しませんねぇ」






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