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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第三章
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異教狩り -13-

 店に並んでいる商品を吟味するレーヴェと、対応しているメイアの声を頭の片隅で聞きながら、ヴァイは一人頬杖を突き、テーブルに視線を落としていた。

 視界の端には読みかけの本。それも今は読む気が起きなかった。

 シュネイも向こうに興味があるらしく、二人の間に混じって話を聞いているようだ。衝立があるので向こうの様子は見えないが、邪魔にはなっていないらしい雰囲気にヴァイは安堵する。

 フュンフとか言う情報屋は、メイアから薬を受け取るとさっさと帰ってしまった。最初から急いでいる素振りを見せていたので、そこから薬を届ける相手の状態は想像できる。

 こうして先程より幾らか静かになった店内で、ヴァイは茫漠とテーブルを見つめていた。

 普段になく言葉数が多かったせいか、馴染みのない人間を相手にしたせいか――――あるいは両者なのか――――表情には僅かに疲労が滲む。

「…………」

 吐息を漏らすような、溜息。

 じわり、と解放感が心に浸透する感覚。

 よく知りもしない相手と茶の席を同じくすることは存外疲れるものだ。

 そして疲労で鈍った頭で思い起こすのは、先刻の四人での会話。

 フュンフは情報屋を生業としていると言うだけはあり、随分と詳しかったなと素直に思う。古くからハーフェンに住んでいる家系なのかもしれない。

 しかし同時に、本当にそれだけなのかという疑問符もつきまとう。

 詳しすぎはしないか。

 これも率直な感想だった。いくら事情があれど、あれほど事細かに知り得ているものだろうか。もちろんヴァイはハーフェンの事情に通じているわけではないので根拠もないし、あくまでもヴァイ個人の私見に過ぎないのだが。

「…………」

 やがて考えることを放棄するように息を吐く。

 そして思考の淵から現実へと引き戻されたヴァイにふと、レーヴェの声が飛び込んできた。


「……ああ。なるべく広範囲で、威力も高いやつがいい」


 この言葉を聞くなり、ヴァイの眉間に皺が刻まれた。

 レーヴェが、次の仕事に必要なものを買いに来た、と言っていたのを思い出す。今の言葉から察するに攻撃効果のある呪物を探しているようだ。それも相当効果の高い。

 ヴァイは視線すら動かさないまま、耳を澄ます。

「でもこれ以上威力を求めたら、術が不発してしまうかもしれないわ」

 言うメイアの口調からは、困惑が覗く。

 当然だろう、とヴァイは思う。

 呪物は施された呪術の効果が高いほど、術が発動する確率が下がる傾向にある。一般的に出回っている程度の呪物であれば不発はゼロに近いし、もしそうなっても呪術師の施術ミスの可能性の方が疑われる。

 だが、時折いるのだ。より効果の高い呪物を求める者が。

 また重要な局面で呪術が不発したともなれば、当然ながら重大な被害が出る。まして傭兵のように戦闘を行うのであれば尚更危険は増す。

 それに彼等は確実を期す傾向にある、というのがヴァイの印象だった。傭兵であるレーヴェが、不発というリスクを背負う必要に迫られるほどの仕事内容とは、一体どういうものなのだろう。

 細められたヴァイの目が、不穏な色を宿す。

「ああ、構わねぇ。その不発分も考えて余分に買うよ」

 迷いなくレーヴェが答える。

「そう? 使う場所は森って言ってたよね? じゃあ……」

 棚の引戸を開ける気配がして、棒が擦れ合うような音が聞こえる。恐らく弓矢だろう。

「地と風か……うん。あと耐久性の高い弓弦と、魔法障壁の護符、魔石もいくつか欲しいんだけど……」

 次々とレーヴェが注文を述べる。

 その中の、魔石という単語にぴくりとヴァイが反応した。

 呪物の中でも、制作過程に高度な技術を要求されるのが、魔石だ。制作が難しいため出回っている数も少なく貴重で、価格も高い。

 魔石使用時の効果は、周囲のエーテルを吸収する、というものだ。

「そんなに? ちょっと待ってて」

 レーヴェからの注文に一瞬驚いたらしいメイアの声。しかしすぐに商品を取り揃える音と気配が感じられた。

「…………」

 ヴァイは厳しい表情のまま、考え込むような素振りを見せる。

「沢山使うんですね。いつもこうなんですか?」

「いや……今回はちょっと特別、かな」

 シュネイの純粋な疑問に、言葉を濁すようにして答えるレーヴェ。そうなんですか、とシュネイは短く返した。

 かた、と小さな音が発せられたことに、三人は気付いていないようだ。

 メイアが手際よく揃えた呪物を、レーヴェが確認する。

 そこには矢尻が異なる色をした矢が十数本、輝くような弓弦、小さな宝石のようなものが付いたペンダント、そして掌に乗る大きさの奇妙な石が並んでいた。


「……それで、貴様は一体何をするつもりだ」


 突然飛んできた言葉に、三人は一斉に振り返った。

 いつの間にか厳しい表情をしたヴァイが、カウンターの前に仁王立ちしている。

「兄さん……?」

 普段とは異なるヴァイの様子に、メイアが呼びかけた。隠し切れていない戸惑いが、声からも伝わる。

 しかしヴァイは全ての視線をその身に浴びながら、ただ一点、レーヴェを鋭い眼光で睨んでいる。シュネイの不安げな視線がヴァイと、臆した様子のレーヴェを行き来した。

「どうって……仕事で使うんだよ」

 レーヴェの返答に、不満げにヴァイの眉根が寄る。

「これだけのものをか?」

 腕を組み、探るような視線がレーヴェを見下ろす。

「ちょっと、兄さん……」

 兄の態度に、メイアが透かさず口を挟む。だがレーヴェが二人の間に割って入った。

「そうだ」

「ではその内容は」

 間髪入れずにヴァイは問う。

 一見すると理不尽に見えるヴァイの態度だが、決して理由なく問い詰めているわけではない。

 レーヴェに言われてメイアが取り出した呪物。これらを使えば小さな町を制圧するくらいは難しくない。それほどのものを一体何のために使おうと言うのか、確認したかったのだ。

 間違いなくメイアも理解してはいるのだろうが、あえて何も言わないのはレーヴェを信頼しているためだろうと、ヴァイにも何となくではあるが分かった。

 何も答えないレーヴェに、わざとらしく溜息を吐いたヴァイが口を開く。

「何に使うのかと訊いている。……この呪物、量は多いが全て貴様が使うものばかりだろう。俺の推測に過ぎんが、傭兵としてではなく貴様個人の行動なのではないか」

 推測と前置きした割には、ひどく確信めいた口調だった。

 レーヴェが、僅かに目を見開く。

「弓弦を替える暇もないのか? 広範囲を巻き込む呪術、そして魔石まで必要となると、相手はかなりの手練ばかりの集団なのだろう」

 ヴァイはゆっくりと歩み寄ると、仄かに光を湛えた小さな石――――魔石を手に取った。

 エーテルを吸収する魔石は、非常に扱いにくい代物でもある。魔術は大気中のエーテルを利用して現象を起こすため、自分の周囲のエーテル濃度が低いと使えなくなる。相手の魔術師を封じるには便利な呪物だが、使いどころを誤れば仲間の魔術師にまで影響を与えてしまう。

 だから魔術師と相見える時も、魔術を軽減できる魔法障壁のみの利用が一般的なのだ。

 そうでなければ、仲間に魔術師がいない場合だろう。

 言葉を挟めずに当惑しているメイアとシュネイを尻目に、ヴァイは再度問う。

「もう一度訊く。貴様は何をするつもりだ」

 有無を言わせぬ冷ややかな言葉。

 重くのしかかる沈黙。

 やがて、レーヴェが諦めたように息を吐くと、真っすぐにヴァイを見据えた。

「……止めに行く。クースが焼かれるんだ」

「……何?」

 眉間の皺を深くして、ヴァイは無意識に訊き返していた。

 そして次のレーヴェの言葉は、ヴァイにもはっきりと届いた。


「≪異教狩り≫だよ」






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