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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第三章
32/71

異教狩り -11-

                  ◆


「何故あのような勝手なことをされたのですか、大司教」

 ルーウェントは正面の相手を非難するように睨み付ける。しかしその声色はやや切迫しており、虚勢を張っているのは想像に容易い。

「私は聖教会のためを第一に考えて行動したまでです。決して間違ったことをしたつもりはありませんよ」

 対する大司教レヴォルテは、自信に満ちた表情で口元に笑みを作る。

「……私は、私が判断を下すまで待って頂きたいとお願いしたはずですが」

「おや、そうでしたか? ですが問題を長引かせたところで何の得もありませんよ、ルーウェント様」

「…………」

 悪怯れた様子も見せず、芝居がかった口調でレヴォルテは言う。

 ルーウェントはレヴォルテが苦手だった。それは人柄や性格といった類ではなく、彼との聖教会の在り方についての方向性の違いのせいだ。

 そんなルーウェントの様子を知ってか知らずか、レヴォルテは続ける。

「ここ最近の襲撃事件のせいで、多くの民衆は不安に苛まれ、我々聖教会に対して不満や不信が募りつつあります。また神官達も、次は自分達のいる場所が同じ目に遭うのではないかと怯えながら過ごしている……このような非常に忌々しき事態の中で、私達のような立場の者が更にそれを煽るような行動を避けるのは当然だと思いませんか」

 二人が話しているのは、数日前の大聖堂閉鎖についてのことだ。ルーウェントが知らない間に、レヴォルテがそれらしく取り繕った虚偽の内容を公表していたのだ。

 今になってようやくその事実を把握したルーウェントは、こうしてレヴォルテを呼び出したのだが、何故か自分が追い詰められているように感じていた。

「素直なルーウェント様のことですから、今回のことも正直に真実を公表するおつもりだったのではありませんか?」

「!」

 図星を突かれたルーウェントは一瞬苦い表情を作ったが、すぐにそれを隠すかのように表情を引き締めて言葉を返した。

「……私は、貴方のように表面だけを取り繕うような方法は好みません。結局は、自分や聖教会の地位や尊厳を守りたいだけなのでしょう」

「はっはっは」

 ルーウェントの言葉に、心底愉快そうにレヴォルテは笑って見せる。そして大きな翡翠の目で睨むように自分を見据える少年に、もう一つの影を重ねていた。

「手厳しいことを仰るようになりましたな。そのようなところは先代法皇であらせられたお父様によく似ておられる。……否定はいたしませんよ。ですがあなたや先代のアーベント様が好まれるような愚直な方法では、民衆からの信頼を失墜させるだけ……それこそ、古くからあなたの先祖が積み重ねてきたものを壊すのと同義だと思いませんか」

「……」

「いいですかルーウェント様。我々聖教会は、民衆の精神の支えとして存在しているのです。それを我々自身から裏切るようなことがあってはなりません。そのために多少の嘘が必要になってもです」

 だがレヴォルテの言葉を遮るように、ルーウェントは強い調子で言う。

「しかし嘘はいずれ綻びを生みます。そうなれば結局は同じことではありませんか?」

 その反論にレヴォルテは何故か満足げに頷いた。

「仰る通りです。ですが人というのはあなたが思っているほど賢い生き物ではないのですよ。嘘を容易く信じ、道を示せばなぞって歩む。案外それらに疑念など抱かないものなのです。彼等が幸福に進んでゆくために、心地の良い嘘で最後まで導いていくことも我々の立派な役割だと思いますがね。先代もそれを理解しなかったがために、あのような目に遭われたのですよ」

「……父を悪く言うのは止めて下さい」

 目を伏せ、感情を噛み殺すように絞り出されたルーウェントの言葉。それでやっと気付いたかのように、レヴォルテは大仰に頭を下げた。

「おっと失敬。私としたことが口が過ぎてしまいました。……それで、お話は以上ですかな? 私とて執務もございますし、フォーゲルブルクへ向かう準備も進めなくてはなりませんゆえ。これで失礼させて頂きますよ」


 ………………




          ◆       ◆       ◆




「ハーフェンは古くから交易の街として、大きく発展を遂げてきた」

 フュンフの言葉を引き継ぐようにして語り始めたのは、ヴァイだった。

「その主な理由としては、港を建設するに適う海岸線が限られていたこと。この大陸は山脈が多いため、人の往来や物資の運搬に適さない場所が多かった。そのため平地で内陸と繋がっているこの地が選ばれることとなり、限られた土地に開かれた港は必然的に大きくなった。無論この大陸にある港はハーフェンだけではない。だが、ここだけが他よりも一際栄えたのには理由がある」

 冷めたような表情で、淡々と。

「この大陸で唯一、大聖堂のある内海に向いた港であったことだ。後天的な理由ではあるが、この事実はハーフェンの発展に大きく影響を及ぼした。後に聖教会が勢力を増すに従い、人の運搬や物資の輸出に対する需要が高まり、それらに対応するために港と街は拡張を重ね、ハーフェンは徐々に現在の形に近付いていくこととなる」

 まるで詩でも暗唱するように、ヴァイ。だが話の内容は歴史書に記されているような、何の情緒も含まれない言葉の数々。

 そして静かな口調で話を続けるヴァイを、三人は驚いたように見つめていた。

「こうして一つの大陸の玄関口となったハーフェンは、交易で巨大な富を築いたが、皮肉にもこのことが聖教会から疎まれる要因となった。聖教会は確実に力をつけてゆくハーフェンを恐れた。結果、聖教会からの不条理な圧力や高額な徴税が科され、厳しい監視下に置かれ続けることとなる。

 無論、住民からは大きな反感を買うことになるが、表立った行動を起こせば聖教会だけでなく、聖教会を信仰している周辺諸国をも敵に回すことになりかねない。ハーフェンの立場は、非常に不利なものだった。この大陸一の国家であるフォーゲルブルクも、代々熱心な信徒として有名だった。だからハーフェンの領主であるエルデンブルク家は、聖教会に対する反乱を一切禁止、後の焚書も全面的に受け入れるよう住民に通達した」

 驚くほどに簡潔で端的な言葉。用意された文章を朗読するように、ヴァイは頭の中に残っている内容をなぞってゆく。その表情は厭に淡白で、特別な感情は読み取れない。

「しかしこれは街と住民を守るための建前に過ぎなかった。素直に言うことを聞くことで、少しでも監視や圧力を緩める目的があった。そして、聖教会に対して良い感情を持っていなかったのはエルデンブルク家も同じことで、これらの過去を忘れることのないよう、密かに真実を記した歴史書を残し、後世に伝えようとした。これは聖教会へのせめてもの抵抗だったが、彼等の志は現代に確かに受け継がれている。薬剤の知識が残っていることや、お前のような者がいることがその証左と言えるだろう。……違うか?」

 一気に喋り終えたヴァイは、最後にフュンフの方を向いて言葉を投げた。

 しかしいつの間にかヴァイの話に聞き入っていたフュンフは、その問いが自分に向けられたものであると理解するのに一瞬の間を空けてしまった。

「あ、ああ……その通りだ」

 正に今から自分が話をしようと思っていた内容を、そっくりそのまま奪われたフュンフだが、その心の内はヴァイがここまで詳細にハーフェンの歴史を知っていたことに対する驚きと喜びが多くを占めていた。

「街の人間じゃないのに、随分詳しいんだね。驚いたよ」

 そしてその感情を隠さずに、率直に言った。

 だが、当のヴァイは面白くなさそうに、ふんと鼻を鳴らす。

「一般的な教養として当然だろう。……二年も住んでいるわりに、知らない人間もいたようだがな」

 言いながら、斜め向かいの席へと冷ややかな視線を向ける。ヴァイのそれと目が合ったレーヴェは、一瞬目を見開いて、言い訳をするように口を開いた。

「べ、別に全く知らなかったわけじゃねぇぞ!? ここと聖教会が仲悪くて、それが今の生活に影響してることくらいは知ってたんだからな!」

 もはや威張れるほどの内容ではないレーヴェの言葉に、ヴァイは呆れたように小さく嘆息した。フュンフですら「ま、レーヴェだしそんなモノか」と諦めたように呟くと、空になった自分のカップに紅茶のお代わりを注ぎ、角砂糖を三つ落として、掻き混ぜながら冷めるのを待つ。正面に座るヴァイが、角砂糖がカップに吸い込まれる様子を訝しげに見つめるのを感じながら。

 そしてどこか居心地の悪くなった空気を紛らわせるように、シュネイが言う。

「え、と……そのエルデンブルク家っていうところが本を残したから、ハーフェンには今もこうして調薬の技術が残ってるってこと、ですね? でも随分危ないことだったんじゃないかなって思うんですけど……」

 シュネイの言葉に、ヴァイとフュンフが同時に頷く。紅茶を掻き混ぜていた手を止めると、フュンフはメイアが調薬を続けているであろう店の奥へと視線を向けながら応えた。






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