異教狩り -9-
カラン――――
店の扉に取り付けられた鐘が、来客を知らせた。
「はーい」
反応したメイアがすぐに椅子から立ち上がり、接客へ向かう。
あれから魔法銃の調整を終え、今は三人で雑談をしながらテーブルを囲んでいた。三人で、とは言っても、シュネイとメイアの脇で時折渋い顔をしながら本に目を落としていたヴァイが、やがて読書に集中できなくなり本を閉じたところ、本格的に二人の会話に巻き込まれたに過ぎないのだが。
背の低い衝立があるため、入口から接客テーブルは直接見えないようになっているので、メイアを見送りながらヴァイはそのまま静かに客が用を済ませて帰るのを待つ。隣に座っているシュネイは来客が気になっているのか、少し落ち着かない。
「いらっしゃいま――――あっ」
メイアは客の姿を確認すると、仕事用と言うよりは友人に向けるような笑顔を作り、
「こんにちは、レーヴェさん」
常連客を迎えた。
その名を聞いたシュネイが顔を上げ、入口の方を振り返る。が、衝立があるので姿を確認することはできない。一方のヴァイは思い切り眉間に皺を寄せた。
「よっ」
片手を挙げてメイアに挨拶を返すレーヴェ。
次に。
「よっ」
そのレーヴェの後ろから右手を額に当てて、ひょっこりともう一人が顔を出した。
「フュンフさんまで。珍しいですね、お二人が一緒に来るなんて」
メイアの言葉に、レーヴェは横目でフュンフを見下ろしながら、何故か疲れたような表情で言う。
「店の前でばったり鉢合わせちまったんだ。じゃなきゃ誰が好き好んでこいつなんかと……」
もう少しで溜息の出そうな雰囲気に苦笑するメイアと、むっ、と口を尖らせて少年のような風貌に不満を顕にしてみせるフュンフ。その手がレーヴェの背後へと伸びる。
「そんな冷たいコト言わないでさぁ? 俺とレーヴェの仲でしょー?」
くいっ、とバンダナの余りを引っ張られ、不意の攻撃に体が傾いたと思うと、間抜けな声がレーヴェの口から漏れた。
「うを!?」
「ふふっ。本当に仲が良いですね」
それを微笑ましく見守っているメイアに、
「いや、それは大きな誤解だ」
真顔でレーヴェが即答した。
そんな子供じみた悪ふざけをしていると、店の奥から声が掛かった。
「レーヴェさん、こんにちは!」
聞き覚えのある声に、しかし何故ここに、という疑問が先行してしまい、名前を呼ばれたレーヴェが声の主を理解するより先に、視覚がその人物を捉えた。
「あれ? シュネイ、何でこんなところに……」
その姿を見るなり反射的に疑問が口を突いたが、シュネイが答えるよりも先に、隣にいたフュンフが疑問を追加した。
「レーヴェの知り合い? 見ないコだね」
あまりにも似つかわしくない二人を交互に見比べるようにしながら、納得のいく説明を要求する。メイアも二人が知り合いらしい様子に、僅かだが驚いたような反応を示していた。
「ん? ああ、フーズムから船で一緒だったんだよ」
レーヴェの返答に短くへぇ、とそれだけ返すとフュンフは再度シュネイに視線を向けた。
気付いたシュネイは、
「初めまして、シュネイです」
屈託のない笑顔で、非常に簡単な自己紹介を述べた。
それに一瞬虚を衝かれたように目を大きくしたフュンフだったが、
「フュンフだ。よろしく」
こちらも目を細めて返す。
同年代の友人のようにも見えなくない二人を見ながら、それを口にした後を想像し、レーヴェはぎりぎりのところで口を噤んだ。
そして当然の疑問が湧いてくる。
「じゃあ、シュネイがいるってことは――――」
レーヴェは店の奥を覗き込む。
するとカウンター脇のテーブルで、予想通りの不機嫌な表情をして目も合わせようとしないヴァイの姿があった。
二人も買い物に来たのだろうか、そんなことを考えていると、レーヴェの予想を遥かに越えた言葉が隣から紡がれた。
「あ……メイアのお兄サン、帰ってきたんだ?」
ヴァイを知っている風に言ったのは、レーヴェに釣られるようにして同じ方向へと視線を向けたフュンフだった。その台詞に微かにヴァイが反応し、目が鋭く細められる。
「ええ、昨日ね」
対照的に嬉しそうに応えるメイア。
だがここで二人の会話が全く見えていないレーヴェが訊ねた。
「ちょっと待て、お兄さんって……どういうことだ?」
「そっか。レーヴェはこの街に来たのが二年前だったっけ」
納得したようにフュンフが言う。
その言葉に、以前ちらと聞いた話が頭を過ぎった。
「! もしかして、三年以上前に行方不明になったメイアの兄弟って……」
ここでようやく話の全容を掴んだレーヴェ。その表情には明確な驚きが刻まれている。
「そうよ」
レーヴェの台詞を肯定し、メイアが言葉を続ける。
「そうは言っても、一緒に育っただけで血は繋がっていないのだけど……」
ヴァイを振り返りながら、言う。
「幼馴染みって言った方が正しいと思うわ」
「……そうだったのか」
まだ混乱の収まりきらない様子のレーヴェは、ヴァイへと視線を向けたまま呟いた。だが、血の繋がりがないというメイアの言葉に、失礼ながらも納得していた。二人は肌や髪の色も全く異なっているし、一見兄妹には見えないと思ってしまったからだ。
そこへ今度はフュンフが遠慮がちに話し掛ける。
「お兄サンいるなら、今日は出直したほうがいいかな……?」
どこか言い淀むような、そしてヴァイとシュネイを意識しているフュンフの態度に、すぐにメイアはそれが決してこちらに気を遣っているからではないと察した。
「薬ね? 大丈夫よ、二人とも“あちら側”の人じゃないから」
フュンフからは度々薬の調合を依頼されたことがあるし、人目を憚った態度から、恐らくこれくらいしかないとメイアは思ったのだ。
それを聞くなりフュンフは安堵したようにひとつ息を吐く。
「よかった。それじゃお願いするよ。痛み止めと化膿止めと解熱剤、多いけどいい?」
「分かったわ」
注文の内容に了承の意を示すと、メイアはレーヴェへと声を掛ける。
「レーヴェさんは急ぎ? 調合には少し時間が掛かるから、よかったら先に用件を聞くわ」
その問いに、レーヴェは首を横に振った。
「いや、オレは別に急いでねぇし後でいいよ」
この言葉に嘘はないが、断った一番の理由は別にあった。薬を頼む時のフュンフが、態度には出さないが恐らく急いでいるだろうことを知っているからだ。レーヴェ自身も今日の買い出しでは、ゆっくり商品を選びたいこともある。
「そう? じゃあ終わるまで向こうで掛けて待ってて」
言いながらメイアはヴァイの座っているテーブルを示すと、薬の調合のためにカウンターの奥へと姿を消した。
「……」
テーブルの方へと視線を向けると、相変わらず不機嫌な表情のままのヴァイと目が合った。しかしすぐに目を逸らされ、同じ席に着くことに若干の躊躇いを感じていたレーヴェだったが、それを打ち壊すようにシュネイとフュンフに促される。
「レーヴェさんもどうぞ!」
「そうだぞ、いつまで突っ立ってるつもりなんだ?」
二人に促され、渋々ながらレーヴェもテーブルを囲んだ。




