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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第三章
29/71

異教狩り -8-

                  ◆


「三万だな」


 意地悪く見下ろすようにしながら、司祭は言った。

 性格を(カオ)に染み出させたかのような恰幅のいいその中年の男は、司祭という、聖職者としては大して高くもない役職の割に、決して品位は感じられない豪奢な装飾品をこれでもかと身に付けている。だがこれはハーフェンに暮らす聖職者の典型だった。

「さ、三万!? 薬がそんなに高いなんて……」

 若い女性はそれを聞くなり愕然とした。

 提示された金額は、平均的な家庭の月収の半分に近い。そして女性の家庭は裕福とは言えず、容易に支払える範囲の額ではなかった。

「払えないようなら、残念だが譲ってやるわけにはいかんな。我々も慈善事業ではないのでね」

 司祭は口元を下品に歪め、せせら笑う。司祭服の胸元にあしらうわれた、聖教会のシンボルである正十字が、無機質に瞬いた。

「そんな……! 待ってください!」

 踵を返し聖堂の門をくぐろうとする司祭の腕を、縋るように女性が掴む。

 だが。

「ええい、下賎な身分で私に触れるな!」

 司祭は容赦なくその手を振り払った。

「ああっ!」

 乱暴に振り払われた勢いのまま、女性は無防備に後方へと倒れ込んだ。冷たい石畳に放り出され、女性の顔が苦痛に歪む。

 一方の司祭は、穢れたものを見るような目つきで女性を瞰下すると、不快げに鼻を鳴らして、

「騒ぐようなら追い払っておけよ」

 門の脇の衛兵へと、苛立ちも隠さずに言い放つ。

「はっ」

 遠ざかってゆく靴音を聞きながら、残された女性は自身の滑稽さと惨めさに唇を噛んだ。

「……っ、ううっ……」

 押し殺された感情が、嗚咽となって漏れ出す。

「…………」

 その様子に衛兵二人は、居心地悪そうに視線を交わした。

 命令は『騒ぐようなら』 という内容だったので今はその必要はない。いや、本来は『すぐに追い払え』という意味合いだったのだろうが、衛兵達はあえて言葉通りに遂行しようとした。司祭がいちいち命令の確認などするはずがないことを知っているからだ。

 しかし万が一にも手を貸そうものなら、次に危ういのは自分の身である。故に同情を抱きつつも、衛兵達はその場を動こうとはしなかった。

「……ぅ、う……」

 女性の頬を伝って落ちる雫が、石畳をぽつぽつと穿ってゆく。だが顔を伏せたままの女性は、涙で滲んだ視界が、すっ、と翳ったことに気付く様子もなかった。


「大丈夫ですか……?」


「!」

 突然声を掛けられた女性は、畏縮してびくりと身体を強張らせた。

 しかし一瞬遅れて、自分を気遣っているのだと言葉の内容を理解して、僅かに顔を持ち上げる。するとぼやけた視界に入ったのは、差し出された手。

「あの、大丈夫ですか?」

 再度降ってくる、同じ台詞。

 それに釣られるようにして、女性の視線は差し出されたままの手を辿る。やがて涙を湛えた目で一人の人物を確認すると、女性は驚いて目を見開いた。

「あ、あなたは……!」




          ◆       ◆       ◆




 昼下がり。

 三人はメイアの自宅の店舗部分にいた。お昼の、一旦客の引いた時間に昼食を取り、食後に淹れたお茶もすでに(ぬる)い。

 外は快晴だというのに、影が差したかのように店内は薄暗く、空気はひんやりと肌に触れる。理由は、所狭しと並んでいる様々な呪物。さほど広くはない店内にこれら沢山の商品を陳列するために、窓と言う窓がほとんど棚などで覆い隠されてしまっているのだ。

 明かりとして等間隔に設置されている燭台には、蝋燭の替わりに入れられた、掌ほどの大きさの石が発光している。

 これはどの家庭でも一般的な明かりで、特定の石に呪物を施したものだ。蝋燭のように燃え尽きることもなく、また安全なので、好んで使われるようになったのは二百年前だとも言われている。

 穏やかな明かりの下に陳列されているのは、刃物だったり首飾りだったり、または一見何に使うのか分からないものだったり様々で、それらが出迎える店内は、入った瞬間気圧されるような独特の雰囲気が漂っている。

 その店内の一番奥、カウンター横に設えてあるテーブルを三人が囲んでいた。

 本に目を落としているヴァイと、何やら魔法銃を弄っているメイア、そしてそれをどこか緊張した面持ちで見ているシュネイ。


「……よく手入れされているわ。さすが兄さんね」


 手にした魔法銃を隅々まで真剣な眼差しで眺めていたメイアが、顔を上げた。

「銃に負担が少ない使い方をしているみたいだから、特に私が何かしなくても大丈夫そうよ?」

 どうするの?、と視線で訊ねる。

 隣に座っていたシュネイは、ほっとしたように肩の力を抜いた。メイアが見ていたのはシュネイが使用している魔法銃で、扱い方が乱暴だなどと咎められはしないかと、緊張していたのだ。

「そうか。では念のため、なるべく術を安定させておいてくれ」

 本から視線を上げたヴァイが言う。こういった使用頻度が高く、なおかつ使用条件が一定ではない呪物は、定期的に呪術師に施術――――再び呪術を施して術を安定させること――――をしてもらわないと、すぐに使いものにならなくなるのだ。

 特に魔法銃や護符など、何度も繰り返し使用するが、その時々で与えられる魔力に条件を左右される呪物は傷みが激しい傾向にある。

 よく手入れされている、とメイアは言ったが、それもあくまで素人の範囲で、という意味だ。

 この魔法銃はヴァイがシュネイに買い与えた物だが、それ以降、施術と言えばヴァイがかじった程度の呪術の知識で行っていただけだった。恐らく、呪術が本業のメイアからすれば、あちこち粗い部分が目に付き、手を入れる必要があるだろう。

 本当ならば今日にでもフォーゲルブルクへ出立する予定だったのだが、メイアに魔法銃を見てもらうために、一日先延ばしにしたのだ。

「……それと、少ない魔力で撃てるように調整して欲しい」

 更に注文を出すヴァイ。

 シュネイが使う物なのに。そう思うとヴァイの姿が保護者のように見えてきたが、それを言うと機嫌を損ねるのは目に見えているので、メイアは出掛かった台詞を噛み殺した。

「今でも十分少ないと思うけど……これ以上魔力を増幅させるとなると、使った時に銃が壊れる可能性が出てくるわよ?」

「そうならない範囲で頼む」

 お前なら簡単だろう、最後にそう付け加えられるとメイアも呪術師としての自負があるので、やらないわけにはいかない。

「こういう時だけ上手いこと言うんだから……」

 困った子供を窘めるような口調で、しかしどこか楽しそうな表情でメイアが呟く。

「できますか……?」

 少し申し訳なさそうに、今度はシュネイが訊ねた。自分のせいで面倒なことになってはいないかと、心配なようだ。

「任せて。武器は私の得意分野なの」

 メイアは自身を覗かせた笑顔で返す。そして、

「シュネイちゃんの魔力に合った調整をしたいから、ちょっとだけ協力してもらえるかしら?」

 その要請を、シュネイは一つ返事で快諾した。






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