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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第三章
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異教狩り -7-

 反射的にレーヴェの口を突いて出た、間の抜けた返事。

 その様子にフュンフは悪戯っぽく口の端を持ち上げる。

「誤魔化す気か? フーズムで口説いたって聞いたぜ? 随分とご執心だったらしいじゃないか」

「!」

 フュンフの言葉の内容をようやく理解したレーヴェの表情に、失態が明るみに出たような狼狽が滲む。

 その変化を見るや否や、獲物を見つけた猛禽類のようにフュンフの目が鋭く輝いた。

「おっ、本当なんだな。オマエも隅に置けないなー」

 肘でレーヴェの脇腹を小突きながら、にやりと笑う。

「茶化すな! あーもう、何でそんなことまで知ってんだよ……」

 絡んでくるフュンフを引き剥がすようにしながら、レーヴェは悪態をついた。

 面倒なことになった。

 正直、こいつにだけは知られたくないと思っていたのだ。

「だって俺、情報屋だし。あれこれ入って来ちゃうんだよね。……で、何者なんだ、その魔術師サンは? 昔の知り合い? それとも意表を突いて恋敵とか?」

 大きな琥珀色の目に満面の好奇を凝縮させて、早口で捲し立てるフュンフ。

 対するレーヴェはどうにか逃げ出そうと必死だ。

「お前には関係ないし、言いたくない! それにお前と遊んでる時間もない!」

 言うなりフュンフの脇を通り抜けようと、大股に一歩踏み出す。

 すると意外なほどにあっさりと追撃が止んだ。その事実にほっとしつつも、不意に一抹の疑問が不安となって、レーヴェの胸をざらりと駆け上がった。

 同時に。


「……気をつけろよ。今回の、何か変だ」


 擦れ違いざまの、囁き。

 今までの明朗さが嘘のように低く潜められた声に、レーヴェは驚いて振り返った。

「変……? 何が?」

 その動作で、背中のバンダナが不穏に揺れる。

「上手く言えないけど、情報の出所に違和感があるって言うか……」

 的確な表現が出てこないらしく、困ったように頭を掻きながらフュンフは答える。

「分かりやすく言うなら、情報屋としての勘だ」

 恐ろしいほど簡潔で曖昧な単語に、流石のレーヴェも訝しげに眉を寄せた。

「……勘?」

「そ、勘。とにかく、なーんか普段と違うんだ。俺が言うんだから間違いないね」

 うんうんと勝手に納得している少年情報屋。

 勘だと自分で言いながら、その溢れんばかりの自信の根拠は何なのかと訊きたくもなったが、素直に受け取っておくことにした。

「一応心に留めとくよ、一応」

「信じてないな、オマエ!? 人の忠告を無視して、酷い目に遭っても知らないからな、俺は」

 レーヴェの返事に、むっ、としたらしいフュンフの眉が寄る。

「はいはい。分かったからお前ももう戻れ。よい子は昼飯の時間だろ。育ち盛りのお子様はしっかり食っとけよ」

 背を向けてひらひらと手を振るレーヴェ。

 そこに、フュンフの怒号が飛んだ。


「何度も言わせるな! 子供じゃない! 二十歳だ、ハ・タ・チ!!」




          ◆       ◆       ◆




 陽が燦々と降り注ぐ、大聖堂の中庭。

 大聖堂正面の庭園と比較すれば遥かに狭いが、それでも十分に広い中庭は、構造を理解していないと簡単に迷ってしまいそうなほどだ。

 そして専属の庭師によって隅々まで手入れされているそこには、季節を感じさせる草花が植えられ、色とりどりの花が太陽の光を浴びて誇らしげに咲き乱れている。

 大聖堂から出ることを許されていないルーウェントにとって、中庭を散歩することが毎日の日課であり、密かな楽しみでもあった。

 この場所に来ると、自分の立場をほんのひと時だが忘れることができて、普通の、歳相応の少年に戻れる気がするからだ。

 小枝の上で戯れ合っている小鳥を見上げながら、束の間の開放感を味わうルーウェント。

 その後方には護衛の聖堂騎士、シャルフが強かに控えている。

 専属の騎士であるシャルフは、ルーウェントがどこへ行くにも基本的に同行しなければならない。そしてルーウェントはこの、普段は一切の感情を排除したような騎士に、自分の息抜きに付き合わせていると言う申し訳なさを若干ながら感じていた。

 シャルフに言わせてみれば、「これが役目ですから」といった主旨の返事が返ってくることは間違いないだろうが。


 ぐるりと中庭を一周して、そろそろ自室に戻ろうと建物の方へと足を向ける。

「…………」

 しかし、不意にルーウェントの足が止まった。

 一拍遅れて同じく歩を止めたシャルフがその視線の先を手繰ると、庭の一角にセアの姿があった。

 小さな花壇の前に膝を折り、どうやら草花の世話をしているようだ。

 だがその表情はどこか物憂い雰囲気を漂わせている。

「どうしました、セア」

「!」

 突然に名前を呼ばれたセアが、びくりと肩を震わせた。

「ルーウェント様……」

 声の主を確認するなり、ほっとしたように表情を緩め、立ち上がる。

「これは新しい薬草ですか? 初めて見る気がします」

 花壇の隅の、見慣れない種類の植物を指して、ルーウェントが訊ねた。

「そうなんです。以前から育ててみたい種類だったので……ついさっき植え替えたばかりなんですよ」

 口元を綻ばせてセアが応える。

 庭の手入れは庭師が行っているのだが、この小さな花壇は、セアが個人的に薬草やハーブを育てるのに使用していた。セアは薬草に詳しく、しかしほとんど趣味で世話をしているらしい。

 普段ハーブティーに使っているものも、ここで育てられたものなのだ。

 ちゃんと育つといいですね、そう言いながらルーウェントの視線がセアへと向けられた。

「……それで、浮かない顔をしてどうしたのですか?」

 その問いに、困ったようにセアが視線を逸らす。

 呼び掛けからして訊かれるとは思っていたが、あまり口に出したくはなかったのだ。

「少し、考えごとをしていました」

「考えごと、ですか」

 確認するように反芻するルーウェントに、セアは小さく頷いた。

 そして無言で続きを待っているような様子に、躊躇いながらも言葉を続ける。

「何だか不安で……先日のこともありますし……」

「……そうですね」

 予想していた内容に、ルーウェントが同意を示す。

 その隣ではシャルフが隠微に瞳を細めていた。

「気持ちは分かりますが、心配のしすぎもよくないですよ。騎士団も魔術師への対策を練っているようですし、僕達もできる範囲で考えましょう」

 なるべく前向きな言葉を選んで、ルーウェントは言う。

 だがそれは、自分に言い聞かせている部分もあると、自覚していた。

「そう、ですよね」

 拭いきれない不安を滲ませながらも、頷く。

 そして何かを思い出したようにふと顔を上げて、今度はセアが訊ねた。

「あの、ルーウェント様が仰っていた、調べたいことというのは?」

 セアの疑問に、言ってなかったですね、と小さく苦笑を浮かべ、

「それはですね……」


「ルーウェント様」


 強引に被せられたシャルフの言葉によって、続きは遮られた。

 シャルフらしくない行動にルーウェントが振り返ると、感情の宿らない黄金の目と視線がぶつかる。

「そろそろお戻りになりませんと、執務が山ほど残っておりますが」

 静かな、しかしどこか威圧感のある声。

 辛辣な皮肉のようにも聞こえるが、そのような意図は含まれていないことを今までの経験から十分に理解しているルーウェントは、シャルフへと視線で了承の意を示す。

 そして次に、申し訳なさそうにセアへと謝罪を述べた。

「すみません、もう戻りますね」

「いえ、お気になさらないで下さい」

 柔らかい微笑で応じるセアに罪悪感を抱きつつも、ルーウェントはその場を後にした。






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