異教狩り -5-
「魔力の、制御……?」
シュネイは思わず訊き返した。
何故そのようなことを突然言われるのか、皆目見当がつかなかったからだ。
一方、まだ幼さの残る紫の目に、氷のような冷たさを宿してヴァイは言う。
「正しくは魔力と言うより、お前の持つ能力の方だ」
「!」
その言葉にシュネイはびくりと反応した。
だがすぐに納得する。
この少年は魔術師なのだ。エーテルが動けば、感知されて当然だった。
「自覚はあるようだな。今も働き続けているその“力”……お前の意思とは無関係なのではないか」
ヴァイの、恐らく答えの分かっているらしい問いに、シュネイは一瞬の躊躇いの後、頷いた。
目醒めてから、ずっと感じてはいたのだ。
周囲のエーテルが自分に集まってくる感覚を。そしてそれはシュネイ自らの意思でそうしているわけではなく、エーテルが勝手にシュネイに吸い寄せられていると表現する方が正確だった。
しかし量としては極めて微量だったため、そして目醒めたばかりで自分の置かれている状況さえも理解したわけではなかったため、シュネイは気に留めていなかったのだ。
「やはりな」
期待通りの、しかし決して望ましくはない返答を確認すると、ヴァイは諦めとも苛立ちともつかない息を一度吐いた。そして同時にどこか遠くを、激しい憤懣の込められた目で睨み付けるのを、シュネイは見逃さなかった。
だがヴァイはすぐに自分の腕を抱くようにして腕組みをすると、真っすぐにシュネイを見据える。
その目に先程の焔のような感情は、もうどこにも見当たらなかった。
「お前の“力”は今、非常に不安定な状態にある。恐らくはお前が目覚めたことで、お前の中のエーテルの均衡が崩れたんだ」
一拍置いて、ヴァイは続ける。
「七年間もお前の意思とは関係なく、お前の生命を維持するために働き続けたその“力”は、本来支配されるべきであるものから、支配する側へと変化しつつある」
「支配する側……? 私が、“力”に呑まれるってことですか?」
シュネイの目が不安に揺れる。
ヴァイも鋭くそれを察したが、取り繕うこともせずに言い放った。
「その通りだ」
どう考えても七年もの間、誰の世話もなく眠ったままで普通の人間が生きていられるはずがない。
ならば何故この少女は生き長らえていたのか。
ヴァイは、それをすぐに察した。
継続的に少女へ流れ込むエーテルが何を意味しているのか。
何故、七年前にあれだけの魔力の直撃を受けたにも関わらず、この少女“だけ”が無事だったのか。
そして――――戦争に投入された聖教会の、 試作型だった”はずの『兵器』 の正体。
これらから推測される結論は、こうだ。
この少女が聖教会の『兵器』そのものであり、その中の――――生き残りがシュネイだけという事実から察するに、恐らくは唯一の――――成功体であり『兵器』として与えられた能力により、エーテルの摂取のみで生命を維持できる体質になっている。
全てはヴァイの憶測の域を出ないが、あながち間違いではないという確信もあった。
この少女が聖教会の手でどのような処置を施されたのかは不明だが、暴走した魔力が直撃しても死なないまでに至っている。
魔力も突き詰めれば、一度術師に取り込まれただけのエーテルに過ぎない。
察するに、体内へのエーテルの吸収率を、常識から外れた値まで人工的に押し上げられているのだろう。それならば、多少無理はあるが、魔力の直撃を受けて無事だったことへの説明がつく。
そう、この時のヴァイは一人推測していた。
また同時に、それだけの強大な“力”を放置しておくことへの危機感も募った。
今のシュネイは己の“力”を全く制御できていない。
それが長時間、主の無意識下で“力”が働き続けたことにより、箍が緩んでしまった結果であることは明白だった。
シュネイがこのままエーテルを吸収し続ければ、やがて限界を迎えた器から魔力が溢れ、周囲に害をなす可能性が高かった。
ヴァイとしても、この不幸な境遇の少女に罪を着せるようなことは望んでいない。
そして知らなかったとはいえ、自分がシュネイを目醒めさせてしまったことが原因でもある。
責任は、果たすつもりだ。
「このまま放置しておけば、いずれ制御不能になり、魔力の暴走を引き起こす可能性も十分にある」
静かに、しかしはっきりとした口調で、ヴァイは言った。
「暴走……」
その言葉に、シュネイは七年前の戦争での出来事を思い出した。
敵国の王城から突如発生した魔力の暴走。
それは瞬く間に城を、街を、そして国を包囲するように陣営を張っていた聖教会側をも、国一帯の全てを呑み込んだ。
一瞬だった。
当時シュネイも聖教会の陣営にいたため、強烈な魔力の直撃を一身に受け――――そこで、意識が途切れていた。
昨日目醒めた時、シュネイは荒地のただ中にいた。もしかするとその影響で滅んでしまった国の成れの果てだったのではないのか。
確かヴァイも言っていた。
『戦争の跡地』だと。
万一自分がこの“力”を持て余してしまえば、同じことが起こるのだろうか。
一つの国が跡形もなく消滅し、何万という人が死んだ、あの時のように?
そう考えると、単純に恐ろしかった。
「ど、どうにかならないんですか……!?」
シュネイはヴァイに迫った。
「落ち着け。そうならないために今から魔力の制御を教えると言っているだろう」
半ば呆れたように、だが宥めるような口調で言う。
「お前の努力次第でどうにでもなる。俺もできる限りのことはするから、やってみろ」
「……はい!」
シュネイのエーテルに対する感受性には、目を瞠るものがあった。
魔力の制御を覚えるのに、半日も要さなかったのだ。
並みの魔術師でも、こうはいかない。
これには流石にヴァイも驚きを隠せなかったが、もしかすると聖教会の被験体であったことが影響しているのではないかと思うと、素直に喜ぶこともできなかった。
しかし体内へのエーテルの流入は、止めることができた。
これでしばらくは安心だろう。
「目下の目標はクリアだな。見事なものだ」
感心したようにヴァイは言った。
労いの言葉にしては乱暴だったが、シュネイは顔を綻ばせる。
「……ありがとうございます」
「だが先にも言った通り、お前は極力魔術を使うな。制御を覚えさせたのは魔術を使うためではない」
念を押すように、ヴァイ。
「でも……ヴァイさんは目的があって旅をしていて、誰かと戦ってるんですよね? 私も微力ながら、そのお手伝いをさせてください!」
「足手纏いはいらん。次の町でお前を保護してもらう。いいな」
ヴァイは容赦なく一蹴する。
「お願いします!」
シュネイは冷淡に言い放つヴァイの袖を掴んだ。
「私、自分の育った場所も覚えてないし、家族の顔も友達の顔も覚えてません……どこに行けばいいのかも分かりません」
「…………」
俯くシュネイを、ヴァイは静かに見下ろしていた。
「それにまた……また、あの硝子の柩に入れられるかもしれないと思うと……」
ヴァイの服を掴む手に、力が込もる。
シュネイが言っているのは、恐らく聖教会の施設か何かのことだろう。
小刻みに震える手。
そこから少女がまた施設に送られるのではないかと恐れているのが、はっきりと伝わった。
「…………」
ふう、とヴァイは大きく溜息を吐く。
「……お前の帰る場所が見つかるまでの間だからな」
極力迷惑そうに、ヴァイは言った。
だがその返事に少女は勢いよく顔を上げ、満面の笑みを作る。
「ありがとうございます!」
「……それから、俺といると危険が伴う。万一の時に自分の身くらいは護れるように、負担の少ない合成魔術を覚えてもらう。……いいな?」
参ったと言わんばかりに眉を寄せながら、ヴァイは二度目の溜息を吐いた。
出会って二日、ずっと雪が降り続いていたことを、今も二人は記憶している。




