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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第三章
24/71

異教狩り -3-

                  ◆


 ――――意識が重い。


 漫然と、ヴァイは思った。

 意識全体に薄闇が落ちたような、茫漠とした感覚。

 例えるなら、無意識という意識の淵から、何者かがヴァイを奈落へと引きずり込もうとしているような、そんな感覚。

 決して初めてではない、けれど決して慣れることもないそれに、ヴァイは倦厭すら憶えていた。

 重く、(クラ)く、蝕むようにヴァイの意識に落ちる闇は、ゆっくりと濃度を増してゆく。


 このまま身を任せてしまえば楽なのだろう。


 正常に働かない、鈍重な思考で、そんなことを思う。

 抵抗しなければこの闇はやがて、ヴァイを喰らい尽くすだろう。

 そしてヴァイもそれを理解している。

 しかし同時に、極めて本能的な拒絶感と忌避感が大きく募っていた。

 自身を侵蝕してゆく意識の闇と、それを頑なに拒否する知覚。

 相反する両者に挟まれたヴァイの意識は非常に曖昧で、徐々に現実味が薄れていた。

 その不確かな感覚の中、ふと…………ふと、誰かに呼ばれたような気がした。


 ……知っている。


 漠然と、それだけ。

 たったそれだけを、思った。

 ヴァイはその声の主を知っていた。

 知っていたが、誰なのか分からない。

 鈍った感覚を使い、自身を蝕んでいる、徐々に色濃くなってゆく闇へと意識を向ける。

 そこに、誰かが、いた。

 ヴァイがその誰かを認識しようとした、その時。




「――――師匠、大丈夫ですか?」


 唐突に呼び掛けられ、はっとして目を開いた。

 声のした方へ視線を向けると、テーブル脇に立ったシュネイが、心配そうな表情でヴァイを窺っていた。

「顔色が、まだよくないみたいですけど……」

 台所で片付けをしているメイアに聞こえないよう配慮しているのか、声量を抑えてそう訊ねる。

 一方、頬杖を突いた態勢だったヴァイは、紫の双眸を細め、一瞬だけばつの悪そうな表情を浮かべた。だがすぐにもう一度目を閉じて、小さく息を吐く。

 元々病的に白い肌をしているため分かりにくいが、確実にヴァイの顔色はよくなかった。

 海賊との一戦から、ずっとだ。

 原因は両者とも分かっていた。


 魔術の使用過多。


 あの傭兵……レーヴェの様子を探るためとはいえ、少し判断を誤ったとヴァイは自分自身に舌打ちしたい気分だった。

 まさかあれくらいの魔術を使っただけでこうなるとは。

 忸怩たる思いで、ヴァイは自身の脆弱な身体を呪っていた。

 ヴァイはシュネイへと視線を向け、

「心配いらん。少しずつだが、回復はしている」

 そう言うがやはりどこか覇気がなく、普段は鋭利な刃のようなその目からも、鋭さが失われていた。

 魔術は使いすぎれば、術者に害を及ぼす。

 それは高位魔術師という位置付けにいるヴァイも例外ではない。

 強力な魔術ほど術者に掛かる負荷が大きく、最悪の場合は死に至ることもあるのだ。

 先の戦闘において、魔法銃から雨飛の如く浴びせられた攻撃を防ぎ、一度に四隻もの船を沈めるだけの攻撃魔術を使用した。これらは想像以上に今のヴァイの肉体に負担を強いていたのだ。

 シュネイは俯いて、小さく言葉を発した。

「……やっぱり、私がもっと……」

「いや」

 自分を責めるような様子のシュネイに、ヴァイは即座に言葉を被せた。

「何度も言うが、お前は無闇に魔術を使わん方がいい。今日はこれで正しかった」

「……っ」

 反論しようとして、シュネイは言葉を呑み込んだ。


『明日だが……お前は魔術も“力”も使うな。許可するのは魔法銃のみだ、いいな』


 そう、昨夜も同じことで釘を刺されていたのだ。

 しかし自分が魔術を使わない代償として、こうしてヴァイに負担を強いていることも事実で、シュネイにはこちらの方が耐えがたいものだった。

 ヴァイと出会って、必要以上のことは語ろうとしない中で、比較的早い段階で気付いたのが、ヴァイは恐らく自己犠牲の精神が強いということ。今日のこともそうだが、ヴァイは何かにつけて自身が危険を背負うことで、他者の負担を僅かでも排除しようとする傾向があった。

 死に急いでいると言っても過言ではない。

 何故かはシュネイにも分からない。

 しかし。

 それは例えるならば、贖罪のようだと、シュネイは感じていた。


「いいか、お前の“力”はお前が思っている以上に破滅を誘う。そんなものを安易に使わせるわけにはいかない。それにもし暴走でもしてみろ、恐らく誰にも止められやしない。だから持っていないものと思えと、何度も言ったはずだ」

「…………」

 納得のいかない表情で俯いたままのシュネイに、ヴァイは諭すような口調でそう述べた。

 ヴァイは続ける。

「何故魔法銃を選んだのか、忘れたわけではないだろう。今回のことは俺の判断ミスだ。気にするな」

 そう言いながら椅子から立ち上がると、擦れ違いざまにシュネイの頭にそっと手を乗せた。

「この話は終わりだ」

「師匠……」

 同時に、台所からエプロンをたたみながら顔を出したメイアが声を掛ける。

「あれ? 兄さん、どこ行くの?」

「……俺が使っていた部屋、少し見てくる」

 簡潔に、そう応えた。

 食事の合間にメイアから「そのままにしてる」と聞かされていたのだ。

「分かった……お茶、持って行こうか?」

「いや、すぐ戻る」

 訊ねるメイアにそう言うと、ヴァイは二階へと続く階段を上がって行った。

 残されたシュネイはメイアと目が合うと、困ったように視線を泳がせる。

「え、えと……」

 その様子にメイアは口元を綻ばせ、今度はシュネイへと訊ねた。

「お茶、飲むかしら? ケーキもあるよ?」

 シュネイは僅かに恐縮しながら、

「あ、はい……頂きます」

 そう応えて、テーブルに着いた。






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