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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第二章
21/71

過去の縛り、交錯 -12-

                  ◆


「だから本当にそれだけだって言ってるだろ!」

 レーヴェが声を荒げた。

 小さな船の客室内に、その声がやたらと大きく響く。

 海賊船を撃退し、幾らかの時間が過ぎた午後。高い位置にあった太陽も徐々に高度を下げ、夕暮れが近いことを知らせている。

 目的地であるハーフェンに到着するまで、そう時間は掛からないだろう。

 レーヴェとシュネイは戦闘後もしばらくデッキで見張りを続けていたのだが、今はヴァイに呼ばれて船室に集まっていた。しかし完全に危険が去ったわけではないので、再度襲撃を受けるようなことがあれば、すぐに船員が知らせてくれる手筈となっている。

「…………」

 レーヴェと向かい合うように椅子に座っているヴァイは、腕組みをし左手を口元に添えた格好で思慮を巡らせている。

 傍らではシュネイが簡素なベッドに腰を下ろし、二人の会話に耳を傾けていた。

 会話の内容は、一昨日の夜にレーヴェが大聖堂にいたことについてだ。ヴァイは有無を言わせぬ態度でレーヴェを問いただしている。

 真夜中に一介の傭兵が大聖堂にいたなど、言われるまでもなく不自然なのだ。何の目的で大聖堂にいたのか、はっきりさせたいと思っていた。

 それだけではない。

 ヴァイについて何かを知っている可能性がある限りは、こちらに害をなさないとも言い切れない。今や魔術師でさえも忘れ去った、禁忌とも言える内容なのだ。

 何を知っていて、何が目的なのか。

 多角的に見ても、目の前の男は多くの危険因子を孕んでいる。

 だがヴァイとしては最悪の結果だけは避けたいと思っていた。故にこうして船室に呼んだのだ。敵ではないと証明さえできればそれでいい。

 そしてレーヴェの話を要約すると、こうだ。


 フーズム港でヴァイを見掛け、記憶の端にあった探し人のことを思い出した。その夜、二人が町の外へ向かっているところを偶然に目撃し、気になって跡をつけたのだと言う。

 やがて町外れの人目につきにくい場所にあった魔法陣に、吸い込まれるようにして二人が姿を消してしまった。

 魔法陣はしばらく経っても残っており、躊躇はしたのだが恐る恐る近付いてみると眩く発光し……気が付けば大聖堂に立っていたのだ、と。


 大聖堂に向かった夜、フーズムの外れからヴァイ達が転移法陣を利用したのは事実だ。

 あの夜、ザインの気配を感じ、宿を出た。乗せられているとは承知の上で、ザインの刻んだ転移法陣を使ったのだ。

 レーヴェの話を信じるのなら、ヴァイの疑問にも納得がいく。

 感じたのだ、港で呼び止められた時に。

 ザインの魔力の断片を。

 護衛の依頼を断らなかった一番の理由は、これだった。

 そして転移法陣を使ったのであれば、レーヴェにザインの魔力が残留していても不思議はない。

「俺達の跡をつけたのは、その探し人とやらに似ていたから……そういうことだな」

 ヴァイが確認するように問う。

 その表情は堅く、警戒と敵意を顕にしている。

 何故か詰問を受けている罪人のような気分で、レーヴェは頷いた。

「ああ。ガキの頃、血眼になって探し回ってた相手だったからな……見つからないどころか、聞いていた特徴を持った奴にすら辿り着かなかったけどさ。だからヴァイを見た時は驚いたぜ」

 レーヴェの言葉に、ヴァイは訝しげに眉根を寄せた。自分を見て驚いた、という部分が気に入らなかったらしい。

「……どんな相手を探していた?」

「魔術師だよ。フォルザードにいるっていう銀髪の魔術師を探せって言われたんだ」

 迷いなく答えるレーヴェ。

 隠者から聞いた話をこうも素直に口に出していいのか、そう思っている部分も確かにある。過去には一度も他言したことはないのだが、ヴァイに対しては何故か制約を感じなかった。単純に、未だどこかで期待しているだけなのかもしれないと、内心では自嘲していた。

 レーヴェの様子を尻目に、ヴァイは紫の目を鋭利に細め、更に問いを投げつける。

「……その話、誰から聞いた」

 声色は、低い。

 突然ヴァイの態度が厳しくなったことに気付き、一瞬レーヴェは言葉に詰まりそうになる。

「隠者のばあさんだよ。昔、少し世話になることがあって、その時に聞いたんだ。そいつならオレの望みを叶えるだけの力を持ってるとか何とか……」

 隠者。

 ヴァイの意表を突く単語だった。

 同時に、ザインの言葉が脳裏を掠めた。


『逢うべくして逢うのだから――――』


「……そういうことか」

 小さく呟く。

 まさか隠者が登場するとは想定の範囲外であったが、そうであれば辻褄が合う。もちろんレーヴェの話が全て真実であれば、の場合だが。

「でもオレがフォルザードに着いた時、そこに国なんてなかったけどな」

 肩を竦めて見せるレーヴェ。

 刹那、ヴァイがほんの僅かに目を伏せたことには気付かない。

 そして当のヴァイはすぐに顔を上げ、レーヴェの紅蓮の瞳を鋭く見据えた。

「貴様がその魔術師に固執する理由になど興味はないが、忠告しておく。これ以上その魔術師について勘繰るのはやめておけ。同じ目に遭うぞ」

「同じ目?」

 怪訝そうに眉を寄せ、ヴァイの言葉を反芻した。

「隠者から聞いたのであれば、知っているだろう。その魔術師が何者であるかを。そしてフォルザードに何があったのか、貴様には見当もついている。違うか」

 レーヴェは無言で、だがはっきりと頷いた。




          ◆       ◆       ◆




 燭台には、今にも燃え尽きそうな蝋燭の炎が揺れている。

 重苦しい闇は仄かな明かりを避けるようにして、それでもじっとりと肌に纏わりつくように存在する。無意識に息を殺してしまいそうな圧迫感がこの部屋を支配していた。

 だが、あと僅かで室内が闇に溶けることなど気にもせず、会話は続いている。

「間もなくだな。間もなく時は訪れる」

 くくっ、と喉をくぐもらせて男が(わら)う。吊り上げられた口の端を、揺らめく炎が怪しく照らした。

「…………」

 もう一つの影が、無言で男の傍らに控えていた。

 心許ない明かりの中、表情すら掴めない相手に、男は語りかける。

「もうすぐお前にも重要な役割を果たしてもらわねばならんな」

 相手は無言のまま頷いた。

 重苦しい空気が、その動きを男に伝える。

 男は満足そうに二度頷いたところで、思い出したように話題を切り替えた。

「それはそうと、侵入した賊に逃走を許したと聞いた。調査報告は上がっているのかね?」

 口元から笑みは消えているが、咎めるような口調ではない。相手は男に一歩近付くと、手にしていた書類を差し出した。

「こちらに。しかし思いのほか難航しているようです」

 感情の含まれない声で沈黙を破り、淡々と告げる。

「まあいい。急ぐものではない。しかし随分と死者が多いようだ。役立たず共め」

 不愉快そうに言い放つ男に、静かに頭を垂れた。

「申し訳ございません。私も遭遇したのですが、及びませんでした」

「ほう? 賊を見たということか」

 男の言葉に、小さく頷いて肯定する。

「確かにこの目で。若い魔術師の男でした」

「ほう……?」

 興味深そうに男が目を細めた。

「それからもう二人。一人は少女で、もう一人は――――」






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