過去の縛り、交錯 -9-
「海賊です!」
船員の言葉に、緊張が走った。
前方へと目を凝らすと、遠方に幾つかの小さな船影が確認できる。どうやら相手は一隻だけではないらしい。
ヴァイが壁から背を離すのと同時に、船室からエアハルトが姿を現した。
「……お出ましのようだ」
億劫そうに、溜息混じりにヴァイが口を開く。
「そのようだね。すまないが、後のことは君達にお願いするよ」
対してエアハルトは穏やかな表情のまま、緊張感もなく応じる。恐らく自分たちを信用してくれているのだろうとヴァイは思ったが、レーヴェは知り合いのようなのでともかくとして、初対面の相手に自らの命を預けようなどと、よくすんなり決断したものだと今更ながらに感じた。
しかし今は余計なことを考えている場合ではない。
請け負ったからには、完遂する義務がある。
「承知している。あんたは全員を船内に退避させてくれ」
「すぐにそうしよう。頼んだよ」
船員に合図を出すエアハルトにヴァイは小さく頷くと、次にレーヴェへと睨むような視線を向けた。
「さっきの話は後だ。妙な動きはするなよ」
自分より背の高い相手を見下ろすような角度で冷たく、威圧的に言い放つ。牽制のようにも聞えるが、本人は最後の警告のつもりだ。躊躇など欠片もないと、暗に告げている。
「分かってる」
鋭利な目で睨みつけられ、レーヴェは居心地が悪そうに目を逸らした。
そんな二人の様子を知ってか知らずか、横から声が掛かった。
「師匠、どうします? 船ごと全滅でいいですか?」
右腿のホルスターに手を伸ばしながら、シュネイが訊ねる。ヴァイは僅かに目を伏せ、思案する仕種を見せたが、それはほんの一瞬だった。
「構わん。捕えた方がいいのかもしれんが、面倒だ。早めに終わらせる」
「了解です」
ヴァイの返答を一つ返事で承諾し、魔法銃を抜く。外見は普通の少女だというのに、実戦を前にしても動じていない……いや、場馴れしているように思え、レーヴェは多少の驚きを感じていた。
「……貴様、俺が魔術師から船を掩護するから、始末は貴様とシュネイに任せる。必要であれば戦闘にあたっての指示は貴様が出せ」
「は……?」
腑抜けた顔で訊き返すレーヴェに不機嫌さを強め、眉根を寄せる。
「貴様の方が場数を踏んでいるだろうと言っている」
言われないと分からないのか、言いかけた言葉を呑み込んで、これ以上の追撃をやめた。
「いいんだな?」
再度確認するが、ヴァイは答えない。
レーヴェは沈黙を了承と受け取った。
「シュネイもいいな。こいつと協力して早めに数を減らしてくれ」
「はい! 任せて下さい!」
この間にも海賊船は徐々に距離を詰めてきている。
互いに向き合う形になっているため、すぐにはっきりと船の姿を目視できる距離になっていた。
相手が一撃でこちらを撃沈するような可能性は非常に低い。相手の目的は金品だからだ。
「全部で七隻か。一番大きいヤツが旗艦だな」
旗艦を中心として左右に三隻ずつ展開され、布陣を組んでいるようだ。小回りの利く小型船で包囲し、一気に叩くつもりらしい。
旗艦は司令塔の役割だろう。現に一定の距離を保ったまま、それ以上は近付いて来る様子はない。
相手の主力は魔術師と魔法銃士だと予想される。遠方からこちらを揺さぶりつつ、その隙に接近して乗り込んでくるつもりなのだろう。そこからは白兵戦だが、当然そうなる前に終わらせるつもりだ。
「ヴァイ、当然のことを訊くようで悪いが、魔法銃士も任せて大丈夫なんだよな?」
矢筒からまとめて三本の矢を取り出しながら訊ねる。
「無論だ。向こうの攻撃は全て俺が防ぐ。無駄なことを考えるな」
魔法銃士が相手となると、レーヴェは多少分が悪い。
弓よりも、魔法銃の方が射程が長いからだ。
「シュネイ、お前は向かって左の三隻を頼む。オレが右をやる」
「分かりました」
船首の右側にはレーヴェ、左側にはシュネイが配置につく。
シュネイは白色に金の装飾の入った魔法銃を、顔の横に銃口を上にして持ち、相手が射程に入る時を待つ。ヴァイが目配せをすると、気付いたシュネイも小さく頷いた。
昨晩言った通りにやれ、という合図だ。
間もなく、互いに魔法銃の射程に入る。
シュネイは三隻のうち、一番外側の船に最初の的を絞った。
腕を伸ばし、銃口を船へと向ける。
引き金に指を掛ける。
だが。
「!」
すぐに腕を引き、膝をついて屈んだ。
直後に、爆発のような音が鼓膜を襲う。
ドン――――
何かが勢いよくぶつかり合うような音と共に、突風のような強い風が激しく船を揺らす。
「!?」
レーヴェは咄嗟に手摺りに掴まった。
今の衝撃で海面は激しく波打ち、船を上下に揺さ振っている。
振り返ると、ヴァイが左手を胸の前に構え、静かに正面を見据えている。
「何だ、今の……」
「魔術を相殺しただけだ」
訊ねるレーヴェに視線すら向けず、早口に淡々と答える。
風の魔術を相殺したのだ。
風の魔術は、目に見えない場合が多い。故に魔術を扱うことのできないレーヴェは何も感じられずに、突然何かが起こったようにしか思えなかった。
シュネイはヴァイと同時に魔術を察知し、こうなることを予測していたのだ。
そして今の一手は、恐らくこちらに先手を取るための一撃のはずだ。ダメージを与え損ねたとなれば、更に強力な魔術を仕掛けてくる可能性がある。
シュネイはさっと立ち上がり、まだ揺れの収まっていない船上で魔法銃を構える。
そして、キィン、という高音と共に、銃口から光弾が発射された。
光弾は狙いを定めた船へと突き刺さるように命中し、同時に、バリバリバリッ、と天を裂くような痛烈な音が響いた。船は稲妻に包まれ、やがて炎上を始めた。
「一隻撃破です」
シュネイが報告する。
だが海賊も黙っているはずがない。
残った五隻から、光弾が驟雨のごとく襲い掛かる。
「…………」
ヴァイは無言のまま、表情一つ変えずに、それらを一発残らず消滅させていく。
合成魔術……だと?
レーヴェは驚きを隠せず、風に揺れるシュネイの金色の髪を見つめていた。
合成魔術とは、自然界に存在する六つの属性を組み合わせ、新たな属性を持たせた魔術のことだ。
シュネイが撃ち込んだ光弾には、雷の属性が付加されていたことになる。
もちろん必要な属性全てを扱えることが絶対条件であり、レーヴェも数えるほどしか見たことがない。
そして、涼しい顔をして敵の魔術と光弾を見事に防ぎきっているヴァイ。
撃ち込まれている光弾は、尋常な数ではない。
確かに任せるとは言ったが、文字通り“防ぐ”とは思っていなかった。魔法銃の弾は速度が速く、魔術で軌道を逸らすくらいが常なのだ。
この二人は、一体……?
傭兵になって様々な依頼をこなし、様々な相手と遭遇してきたが、この二人は『普通』ではない。
理解を超えている、そうレーヴェは肌で感じていた。




