過去の縛り、交錯 -8-
「え……?」
「…………」
セアとシャルフは、それぞれの目に驚きを滲ませた。
“あの夜”とは一昨日、魔術師の青年が現れ――――騎士達をことごとく惨殺した、あの出来事だ。
大聖堂を閉鎖に追い遣った事件そのものである。
「できるなら、あの夜に起きたこと、現れた魔術師の青年のこと、二人組みのこと……全てを」
ルーウェントは正面の二人を交互に見据え、しっかりとした口調で言葉を紡ぐ。対する二人は、驚きを孕んだ表情のまま翡翠の目を見返していた。
「それはまた……何故ですか?」
セアが訊ねる。
「……上手く言えないのですが、何かよくないことが起きようとしている気がするんです。もしかしたらですが、最近各地の聖堂が襲撃されている事件とも、何らかの関係があるかもしれません」
「だとしたら尚更……」
セアの言葉にルーウェントは小さく首を横に振る。
「複数の聖堂が襲われ、生存者はゼロ……警備にあたる騎士達も例外ではない。仮にもし彼等が犯人だとして、特徴が公開されたならば、どうなると思いますか?」
「捕えようとして返り討ちでしょうね、確実に。大人しく確保されれば別ですが」
シャルフが淡々と答える。不吉な言葉ではあるが、そうなることがさも当然と言わんばかりに。そして、本当にそうなろうと一切の興味はないと言わんばかりに。
だが、魔術師一人に痛手を負わされたことを思い出したのか、忌々しげに黄金の目を細めていた。
ルーウェントがシャルフの言葉に小さく頷く。
「最悪、周囲にも被害が及んでしまうかもしれません。彼等の目的は分かりませんが、恐らく……いえ、必ずまた現れると思うのです。ですから、追うよりも何らかの対応策を考えて護りを固める方が有効だと思います。襲撃してきたのが魔術師だということは、調査で明らかになっている事実ですから、方向性は必然的に決まりますしね」
ここで一度言葉を区切って、更に続ける。
「それに、少し調べたいことがあるんです」
「調べたいこと、ですか?」
「はい。ただ、あまりにも不確かな要素なので、それが何なのか今は言えませんが……それが分かってからでも遅くはないと思います」
そこまで言うと、ルーウェントは二人の目を交互に見据え、返事を待った。
「仰せのままに」
すぐにシャルフが承諾の意を示す。
「……分かりました」
少し戸惑いはあったようだが、セアも同意した。
二人の返事に、表情に安堵の色を浮かべるルーウェント。
「ありがとうございます」
穏やかな微笑を浮かべて、礼を述べる。
「…………」
シャルフは普段と変わらない、感情を宿さない瞳にその姿を映していた。
………………
◆ ◆ ◆
陽が、南の高い位置に差し掛かる頃。
周囲には島影一つ見当たらない広大な海原を、船は西へと向かっていた。
甲板には三人の姿がある。
上着の長い袖を潮風にはためかせながらシュネイが海を眺めていて、庇の影では船室の壁に背を預けたヴァイが本に目を落としている。
レーヴェはと言うと、一本だけ手にした矢を指先で弄びながら、時折様子を窺うようにヴァイへと視線を向けていた。恐らくヴァイも気付いてはいるのだろうが、本から顔を上げようとはしない。
そもそもレーヴェがヴァイに声を掛けた理由は単純で、昔の探し人の手掛かりを掴めるかもしれないと思ったからだ。我ながら未練がましいとは自覚している。
昔――――十年ほど前になるが、当時世話になった隠者に教えられて、目的の国フォルザードまでは辿り着いたのだが、そこに魔術師は“いなかった”。その後も随分あちこちを探したのだが、手掛かりらしいものは一切得られず終い。やがて諦めの二文字が過ぎり、今に至っている。
一度諦めた相手に今更逢ってどうするのかと、自問自答している部分があることも否定はしない。
しかし、この世界では銀髪を持っている人物は稀であり、傭兵として各地を点々としているレーヴェも、見たのは初めてだった。だからこそ無意識に、何らかの運命的なものを感じているのかもしれない。
過去を思い返しながら、再度ヴァイを窺う。
そして。
「なぁ、少し訊いてもいいか?」
意を決して、と表現するのは大袈裟かもしれないが、そのくらいの覚悟で声を掛けた。
「…………何だ」
たっぷりと間を空けて、ヴァイはようやく口を開いた。だが視線は本から逸らさず、頑なな拒否の姿勢が窺える。
その様子にやはり無駄だと思いつつも、レーヴェは問いを投げ掛けた。
「お前、旅をしてるみたいだけど、出身はどこなんだ?」
なるべく差し障りのないように、それでも核心に近い部分を訊ねる。
「何故そんな質問に答えなければならない」
言葉の端々から苛立ちを滲ませるヴァイ。
答えるつもりなど毛頭ないらしい。
当然だ。
詮索は抜きという約束なのだから。もちろんレーヴェも回答を得られる可能性はゼロに近いと承知している。約束もあるが、どちらかと言えばこれまでのヴァイの態度の方が影響していることは間違いない。
「昔、ちょっと探してたヤツがいてさ。聞いてた相手の特徴とヴァイが一致する部分があるんだ」
「…………」
無言のまま、しかし視線だけがレーヴェへと向けられた。澄んだ、紫水晶のような目を見据えながら、そして脳裏に反芻する隠者の言葉を聞きながら、レーヴェはもう少し食い下がってみようと思った。
「もう十年以上前のことだし、今となっちゃ本当かどうかも怪しい情報なんだけどな。歳からしてもヴァイのことじゃないとは思うんだが、もしかしたらと思って」
こちらへと向けられた目を見返しながら、レーヴェは事実を告げる。ヴァイが自分の言葉を鵜呑みにするとは到底思えないが、隠したままでは答えは一層期待できない。
緩慢な動作で左手に持った本を閉じながら、ヴァイは一度大きく息をついた。
そして挑発的に口元を歪めて、言う。
「ならば、その質問に答えれば、あの夜貴様が大聖堂にいた理由も聞かせてくれるのだろうな」
「!?」
思いも寄らぬ台詞に、レーヴェはすぐさま内容を理解することができなかった。
鋭利な紫の目が、穿つようにレーヴェを捉える。
「え……?」
近くにいたため会話が聞えていたシュネイも、驚きを滲ませつつ、レーヴェへと視線を走らせた。
「大聖堂に……?」
やっとそれだけ口にするが、動揺を隠し切れていない。
レーヴェの様子を確認するように、ヴァイは鋭い目を更に細めた。
「一昨日の夜、貴様は大聖堂に行っただろう。そこまで言わないと分からないのか」
早口で、捲し立てるようにヴァイが言う。
シュネイにも僅かに緊張が走ったのが、空気を通して伝わった。
「恐らく俺達をつけていたのだろう。違うか?」
「お前、何で……」
言葉に詰まるレーヴェを見下すようにして、ヴァイは更に続ける。
「何故知っているのかと言いたげだな。それは貴様に……」
言いかけたヴァイの言葉を、別の言葉が遮った。
「前方に船影! か、海賊です!!」
見張りをしていた船員が、叫んだ。




