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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第二章
15/71

過去の縛り、交錯 -6-

                  ◆


 彼女は、眠れぬ夜を過ごしていた。

 ベッドに横になってから、どのくらい時間が経ったのだろう。頭の中では昼間に見掛けた少女の輪郭が鮮明に浮かぶ。

 その姿が妙に心に引っ掛かっていた。自分と同い年か、少し幼いくらいの少女だった。

 ちらと見掛けただけなので、少女とは言葉も交わしていないし、恐らく向こうは彼女に気付いてさえいないだろう。決して友達などという関係ではないのだ。

 事実引っ掛かってはいるものの、何故あの少女を気にしているのか説明しろと言われても難しい。

 それでもあえて一言で表現するならば。


 既知感。


 彼女は、少女を知っていた。

 いつ、どこで逢ったのかは明確ではないし、思い出せたならわだかまりも消えるのだろう。心のどこかでは、本当に知っているのかと自問自答している。同じ疑問を投げ掛けられたなら一瞬返事に詰まってしまうような、弱々しい感覚だった。

 だが間違いなく、少女を知っている。

 思い出せない。

 記憶を探る。

 成長途中の彼女の、希望を失ったような虚ろな目が、虚空を彷徨う。

 自分は何か大切なことを忘れているような……けれど確信はなく、漠然とした気持ちの悪さが彼女をじわじわと責め立てる。


 胸のわだかまりが、疼く。


 結局何一つ繋がらないまま、やがて彼女は眠りに落ちた。


 ………………




          ◆       ◆       ◆




 暁の時刻より少し早い、東の空も夜色をしている頃にヴァイは港にいた。

 冷たい空気が心地よく肌を刺す。

 昨日の喧騒が嘘のように静まり返った港に、波の音が不規則なリズムを刻んでいる。

 人気のない、寂れたような雰囲気すら帯びたこの場所に、若干の居心地のよさを感じながら、ヴァイは一隻の船へと向かった。

 隣のシュネイはまだ眠そうな目を擦りながら、ヴァイを見失わないよう付き従う。

 早朝だというのに明かりの灯った船に近付くと、頭上から声が降ってきた。


「おっ、二人とも早いな!」


 見上げるとレーヴェが船上から顔を覗かせている。

「…………」

 ヴァイは応えず、不機嫌な表情で渡しを伝い船へと上がり込んだ。

「そこまで無視を決め込まなくたっていいだろ。少なくとも今日一日は協力関係なんだしさ」

 呆れたように言うレーヴェを鋭く一瞥する。必要以上に馴れ合うつもりはないと目が語っていた。

 確かに『詮索しない』というのが協力して貰うに当たっての条件であり同意もしたが、ここまで露骨にヴァイに嫌われる覚えもレーヴェにはない。

 更にレーヴェとしてはヴァイが気になっていることに変わりはないので、少しでも情報を聞き出せたなら上等と思っていたのだが、これでは希望は薄いようだ。

 だが協力を取りつけた本来の目的とは異なるので、ひとまず割り切っておくことにする。そう、今日中にハーフェンに帰ることが第一なのだ。

 視線をずらすと、どことなく危なっかしい足取りで渡しの上を歩いて来たシュネイと視線が重なった。

「あ……レーヴェさん、おはようございます」

 挨拶をするものの、表情から眠気は取れておらず、昨日の活発な雰囲気はすっかり身を潜めていた。流石にシュネイにはきつかったかなと今更ながら思う。

「眠そうだな。早くから悪い」

「いいえー」

 シュネイは笑みを浮かべて返すが、どこか定まらない。


「皆揃ったようだね」

 レーヴェの背後から別の声が掛かった。三人の視線が注がれる先には、穏やかな表情を浮かべた、この船の船長であるエアハルトが立っていた。

「少し早いが、準備が整い次第船を出そう」

 エアハルトは言いながら、状況を確認するように船上を見回した。船員達もあらかた準備を終え、最終確認の段階に入っているようだ。十分もすれば出港できるだろう。

「今日は世話になる。よろしく頼む」

 ヴァイが静かに言う。相変わらず愛想は見当たらないが、エアハルトは頷く。

「こちらこそよろしくお願いするよ。万一の時は君達が頼りだからね」

「承知している。何も起こらないに越したことはないが」

 二人の会話に眉を寄せるレーヴェ。どうやら自分との態度の違いに納得がいかないらしい。

 シュネイは大きな瞳を今にも閉じてしまいそうで、会話も耳に届いていない様子だ。

「航海の予定だが……危険な海域を通過するのは、昼過ぎになるだろう。客屋は全部空いているから、それまで仮眠を取るなり好きに使ってくれて構わんよ。何かあれば私か船員に声を掛けてくれ」

「気遣い感謝する」

 ヴァイの返事に再度小さく頷くと、エアハルトは操舵室へと消えていった。

 後ろ姿を見送った後、ヴァイは横目にシュネイを見遣る。

「シュネイはそうさせて貰うといい」

「え……? 私ですか?」

 突然名前を呼ばれて目を丸くする。しかし会話が全く頭に入ってきていないので、何故自分が呼ばれたのか理解できていないようだ。

 ヴァイもそれを察し、小さく嘆息する。

「時間があるから寝ておけと言っている」

「え……でも」

 困ったように返事に詰まる。

「でもではない。今日は長いんだ、休めるうちに休め」

「…………」

 ヴァイの言葉に少し俯き、悩んでいるようだ。シュネイは妙な部分で遠慮がちな傾向があった。

「分かりました。そうします」

 渋々といった様子だが、やがて素直にヴァイの言葉を受け入れる。

 そして船室へと続く扉へ向かい、古い扉を重たそうに引き開けると、急に何かを思い出したかのようにヴァイを振り返った。

「あの……師匠、ありがとうございます」

 笑顔を浮かべそう言うと、扉が閉まる音を残してその向こうへと消えた。

 どうやらシュネイはヴァイが気を遣ってくれていると思っているらしい。果たしてその解釈が正しいのか勘違いなのかは、ヴァイにしか分からない。

「…………」

 再度ヴァイは息を吐く。

「優しいとこもあるんだな、お前」

 横にいたレーヴェがにやりと笑いながら言う。対するヴァイは眉を顰め、目には激しい苛立ちを滲ませている。そして何か言葉を発しようと口を開きかけたが、止めた。

 レーヴェを無視して扉へと足を向ける。

「何だよ、言いたいことがあるなら言えよ」

「……馬鹿を相手にしても時間の浪費にしかならんと思っただけだ」

 肩越しに振り返り、先程までの苛立ちではなく、憐憫を帯びた目で残念そうに言う。

「なっ、お前な……!」

「俺はしばらく下で本を読む。邪魔はするなよ」

 反論しようとしたレーヴェの言葉を強引に遮り、有無を言わせぬ口調でそう言い残して、ヴァイも船室へ消えていった。

 残されたレーヴェは大きく息を吐いた。


 それからすぐに錨が上げられ、船は暗闇色の海原へと繰り出した。






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