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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第二章
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過去の縛り、交錯 -5-

 陽が落ち、夜の闇が顔を覗かせる頃。

 宿の一室ではヴァイが読書に耽っていた。窓辺ではシュネイが真剣に外を眺めている。

 会話はない。

 ページを捲る小さな音が、一定の間隔で生まれては消えるだけ。

 だが、気まずさもない。無言の空間ではあるが、二人にとってはごく普通の時間が流れていた。

 ヴァイは体を動かすことや他人との接触を嫌うので、目的がないときは大抵取った宿の部屋でこうして過ごすことが多い。ただどうしても必然的に時間を持て余すので、宿の備品の本を借りてきたり、自分で本を買ってきたりと、ともかくヴァイの空き時間には活字が必要らしい。

 外を眺めているシュネイは、外出を禁止されているわけではない。ヴァイもシュネイの行動を束縛するつもりはないので、常識の範囲で好きに過ごせと言ってある。

 しかし当の本人はヴァイの近くにいないと落ち着かないのか、滅多に外出せず、仮に出掛けたとしてもほんの数十分で戻って来ることがほとんどだった。

 いつしか気が付けば、今と同じように窓の外を眺めるのが日課となっていた。ヴァイも、本人がそれでいいのならと何も言わない。言葉を紡いだところで自分は、他愛もない話題や気の利いた台詞を言えるような人間ではないことを自覚しているからだ。

 会話のない最大の理由は、恐らくこれだ。


 ぺら、と何枚目かのページを捲った時、コンコンと部屋のドアがノックされた。

 ヴァイは本から視線を僅かに上げてドアを一瞥しただけだが、窓の外を眺めていたシュネイが反応し、ぱたぱたとドアへと向かう。

「はーい」

 がちゃと軽い音をさせるドアを少し開くと、立っていたのは昼間に会った一人の男。

 紅蓮の瞳と視線が重なる。

「よ、シュネイ」

「あ……レーヴェさん」

 やはり一瞬たじろいでしまうシュネイに、レーヴェは苦笑を浮かべながらも用件を述べる。

「明日のことについて、詳細が決まったんで伝えに来たんだが……入ってもいいか?」

「えと……」

 振り向いて、ヴァイへと視線で訊ねる。

 こういった判断はヴァイに委ねることが習慣になっており、恐らく確認しなくてもいいだろうとは思ってもつい訊ねてしまう癖がついていた。

 小さな部屋なので、会話は十分届いているはずだ。その証拠に不機嫌そうに顔を上げていたヴァイと目が合うと、ヴァイは無言で、だが煮え切らない様子で頷く。

 シュネイは返事を確認すると、再度レーヴェを見上げてドアを開き中へと促した。

「あ、どうぞ」

「サンキュ」

 シュネイに礼を言って、部屋へ入る。部屋の奥では本に目を落としているヴァイの姿があったが、顔を上げようともせず、訪問者へ言葉だけが向けられる。

「何の用だ」

 話の内容は十分察しているが、距離を埋めてくるレーヴェを牽制するかのように鋭く問う。

 対するレーヴェはあからさまな拒絶反応に、腕を組みながら心の内で嘆息する。

「明日の打ち合わせだって、分かってて訊いてるだろ?」

「……」

 昼に、詳細が決定次第こちらに遣いの者を寄越すと言いつつ、誰も訪ねて来ないまま今に至っていたので、意見が割れたか、最悪中止になったのかともヴァイは考えていた。それはそれで構わなかった。決して気乗りしているわけではないヴァイには、不本意な部分があることも事実なのだ。

 だがレーヴェの様子から察するに、そうではないらしい。

 面倒だなと思いながらも今更断るわけにもいかないので、多少の後悔の念がヴァイに浮かんだ。

 それを知ってか知らずか、レーヴェが口を開く。

「出港時間は明日の早朝、夜明けと共にだ。ちょっとでも危険を避けるために、暗くなる前にハーフェンに着く予定になってる」

 話し始めたレーヴェの背後では、シュネイが二つ並んでいるうちのベッドの一つに腰を下ろして話を聞いている。ヴァイも閉じた本の栞代わりに自分の手を挟んで、耳を傾ける。

「年季の入った船だからそう速度は出ないからな。それから万一のことを考えて、他の乗客は乗せないらしい。クルーとオレ達三人だけってことだ」

「賢明だな」

 ヴァイが同意する。

 戦えない人間に周りをうろうろされては、言い方は悪いが邪魔になるだけだ。下手をすれば、余計な被害も出る。

 他にも都合の悪いことしか浮かばない。

 レーヴェが続ける。

「もちろん戦力はオレ達のみだ。本当に戦闘になった場合、数で負けるだろうからキツイとは思う。そこは魔術師のヴァイ頼みになると思うが……」

「分かっている。その時は貴様は余計なことを考えず頭数を減らせ。いいな」

 苛立ちを含んだ声で、ヴァイ。

 偉そうに言うけどお前は大丈夫なのか、と思わず反論しそうになったが、レーヴェはぐっと耐える。昼間の少しのやり取りで、ヴァイ相手に言葉では勝てないと十分理解したし、その態度から窺える絶対的とも言える自信が十分な物差となっていたためだ。

「了解。それから……」

 レーヴェは言い難そうに口籠もったが、二人を見据えて真剣な表情で続けた。

「二人とも、オレの都合で無理を言って巻き込んで申し訳ない。けど、明日はよろしく頼む」

 突然の真摯な態度に、ヴァイは微かに目を細め嘆息する。

「……今更だろう。俺達も引き受けたからには最善を尽くす。安心しろ」

 レーヴェが初めて聞いた友好的な台詞だった。

「はい。私も頑張ります」

 二人の返答に拍子抜けしたような表情を浮かべるレーヴェ。

 すぐにそれは笑顔に変わった。

「ありがとう」





 レーヴェが帰った後、夜の冷たい風を避けるように閉ざされた窓越しに、シュネイはまだ外の景色を眺めていた。

 窓硝子には反射したシュネイの顔が映っている。

 ヴァイはと言うと読みかけの本を完全に閉じてしまい、頬杖を突いて何か考え込んでいる様子だ。その表情は聊か厳しく、眉間には皺が寄っている。


 あの男は何かを知っている。


 確信だった。

 言い切れる。

 絶対だと。


 最初に見掛けた時に自分を見るレーヴェの表情。

 今日、ヴァイを“選んで”声を掛けてきた理由。

 そして――――もう一つ。


 これだけの状況が揃っているのだ。

 レーヴェがどこまで知っているのかは推測の域を出ないが、それでも十分な危険因子には違いない。

 妙な動きを見せれば、その時は――――

「…………」

 ヴァイにはすでにそれだけの覚悟があった。

 迷いは恐れだ。

 躊躇ってはいけない。

 だが腑に落ちないのは、何故レーヴェがそれを知っているのか。昼間の会話では、魔術についての知識はゼロに等しかった相手だ。

 いや、それすら演技なのか。

 考えるほどに疑心暗鬼に陥っている気がして、ヴァイは小さく息を吐く。

 そう、明日になれば分かることだ。

 後からでも、どうとでもなる。

 机に置かれた閉じた本の表紙を睨みながら、厳しい表情でしばらく思慮を巡らせていたが、やがて外を眺めているシュネイへと視線を移し、口を開いた。

 硝子にはシュネイの横に小さくヴァイが映っている。


「シュネイ。明日だが――――」


 ………………






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