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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第二章
13/71

過去の縛り、交錯 -4-

                  ◆


「……かれこれ十年以上振りか? 元気そうだな」

 現れた相手に、親しげに話し掛けるレーヴェ。

 もう会うこともないだろうと思っていた旧友との再会だった。

 同世代の子供の多くない小さな村で育った二人は、いつも兄弟のように一緒に遊んでいた。もう一人、年下の少女と共に。

 だが、シャルフが村を出ることになったのだ。

 理由は知らない。親の都合だとか聞いた覚えはある。

 以来連絡を取り合うこともなく、当然会うこともなく時だけが経過していた。


「お前こそ生きていたとはな。正直驚いた」

 率直な感想を述べるシャルフ。皮肉のような台詞だが、普段何を考えているのか掴めないシャルフの表情は心なしか柔らかい。

「勝手に殺すなっての」

 苦笑をもらしながらも、レーヴェはいつかの懐かしさを感じていた。

 だがここで不意にレーヴェが目を見開く。

「ってシャルフ、お前何で……?」

 レーヴェの疑問を予測していたらしいシャルフは、僅かに表情を曇らせ、思い出すことを拒むかのように目を伏せて答える。

「≪異教徒(ペイガン)≫の殲滅だ、すぐに知れ渡るさ。その目的故に、な」

「そうか……」

 二人の間に沈黙が下りる。

 木々のざわめきに応えるように、遠くで鳥がさえずっている。

「…………」


 沈黙を破ったのは、レーヴェだった。


「お前さ……知ってて何でここにいるんだ?」

 多少の遠慮を交えてはいるが、低く棘のある口調だった。視線を交えることもせずに、ただ疑問だけが押し殺された感情と共に吐き出される。

 そして次に返って来たのは、恐ろしく単純な答えだった。

「腕を買われた」

 淡々と、事務的に、用意されていた台詞をなぞるように。

「……は? それだけ?」

 納得のいくはずのない答えに露骨に苛立ちを強めるレーヴェ。その口調が荒げられる。

「たったそれだけの理由で、聖教会の飼い犬になったのかよ!?」

「ああ」

 対照的にシャルフは一切の感情を示さない。

 ガキの頃からこういう奴だったな、とレーヴェは頭の片隅で感じてはいたが、極端とも言えるシャルフの無関心さがレーヴェの苛立ちに拍車を掛けた。

「全部知っててあいつ等のために尽くしてるなんざ、とても正気とは思えねぇ……」

 紅蓮の瞳に宿る鮮烈な憎悪を、シャルフは垣間見た。

 シャルフにしてみても、レーヴェの言い分が分からないわけではない。自分も以前は同じことを考えていた事実も否定はしない。

 だが、道を違えてしまった。

 決めたのだ、『あの方』と出逢った時に。

「……レーヴェ、お前がいつまでも過去に縛られるのは勝手だが、俺にそのつもりはない。更に言えば、俺は聖教会のやることにも、それによって何がどうなろうが一切興味もない」

 突き放すように並べられる言葉。

「お前は昔からそうだよな、シャルフ。何もかもに無関心で、いつも冷めた目で周りを見てた。けど、何が正しくて何が間違ってるのか、それすら見ようとしないのか?」

「…………」

 シャルフは答えない。

 揺らぐことのない黄金の目が、静かにレーヴェを捉えている。

「お前はそれでいいのかもしれない。でもオレの中ではそんなに簡単に割り切れるもんじゃないんだ……だから、オレはオレの進む道を変えようとは思わねぇ」

 握られた拳が、震える。

 そしてシャルフを見据え、感情を殺した声で、言う。

「次に会う時は、敵かもしれないぜ」

 レーヴェの目が、この台詞が決して冗談などではないことを告げていた。

「その時は、手加減しない」

 踵を返すレーヴェの背に、やはり抑揚のない声で、それでもはっきりとした意志を宿した声で、シャルフは言った。

 その言葉はしっかりとレーヴェに届いていたが、もう言葉を返すことはしない。徐々に小さくなる、赤いバンダナが揺れる背中を、シャルフの無表情な目が映していた。

 やがて、誰に向けるでもない囁きが、誰にも届かずに紡がれて消えた。


「……聖教会は、オレが潰す」




          ◆       ◆       ◆




「その書物に記されている内容は事実じゃ。全てな」

「…………」

 少年は改めて手にした本に目を落とした。

 古い紙独特の匂いのする、分厚くずっしりと重い本。

 現代では失われつつある(いにしえ)の魔導文字で綴られた本は、少年はおろか高い教養を積んだ魔術師ですら解読することは難しい代物だ。

 古き時代に強大な魔力を持ちえた魔術師について綴られた本が、今こうして少年の手に取られたことに対して、年老いた隠者は恐ろしく明確な必然性を感じていた。


 ――――本が、少年を“選んだ”ことに。


「禁忌とされた魔術を伝えた魔術師……その者達は≪忌み嫌うもの(アナテマ)≫として大勢が惨殺された歴史があるのじゃ。しかし、魔術師達の本質は決してそのようなものでは……否、このようなことを語ったところで仕方がないかな……」

 隠者は哀しげな表情を浮かべつつも、言葉を止めた。

 代わって口を開いたのは少年だった。

「その魔術師……本に書いてある場所に行けば、会えるのか?」

 隠者は僅かな躊躇の後に、頷く。

「そなたが知るべくして知ったのであれば、よもやこれも≪運命(さだめ)≫か……ならば、私が口を閉ざすわけにもいくまいな。迷えし者に道を示すことこそが、我等の役目……」

 小さく息をつき、自分を落ち着かせるようにして続ける。

「魔術師達の最後の血統が、今なお生きておる。その書物の示す場所に。かの魔術師であらば、そなたの望みを叶えるだけの力を持ちえておろう」

 隠者は、言う。

「会うか? その人物に」

 問いに、こくり、と躊躇うことなく少年は頷いた。

「可能性があるなら、会ってみたい」

「そうか……ならば、書物の示す地――――フォルザードへ行き、秘術を伝えし血統の証である銀色の髪を持つ魔術師を探すがよかろう」


 銀色の髪の、魔術師――――


 少年は口の中で言葉を反芻した。

「だが、心しておけ。身に余る望みは自身を滅ぼす。受け入れられぬ時、代償はそなたの命となろう。そなたは、それだけのことを望んでおるのだからな」

「分かってる、つもりだよ。それでも構わない」

 自分を見据える少年の、真っすぐな決意と覚悟は本物だと隠者は確信する。一筋の希望が絶たれた時、この少年ならば別のものを見出せるかもしれない、と。

「ならば止めはせん。そなたの選んだ道じゃ……後悔だけはするなよ」

 少年は再度頷く。


 後悔なんて、するはずがない。

 オレにはもう、失くすものさえ残ってないんだから――――


 ………………






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