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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第二章
12/71

過去の縛り、交錯 -3-

                  ◆


 大聖堂の外壁を伝った、森と呼ぶには聊か明るい場所にレーヴェはいた。風が草木を揺らす音を聞きながら壁に寄り掛かり、考えごとでもしているように目を閉じている。

 大聖堂は外壁の左右と背後を森に守られるように鎮座しているが、森の中にまで足を踏み入れる者は少ない。

 レーヴェはその森で、人を待っていた。

 しばらくして草を踏み分ける音が耳に届き顔を上げると、一人の男がいた。自身の記憶の中の人物とは違っているが、それでも昔の面影は残っている。

「相変わらず、時間通りだな」

 壁から背を離して相手へと向き直る。

 昔のままの、感情を宿さない黄金の瞳がそこにあった。

「久し振りだな、シャルフ」




          ◆       ◆       ◆




 ヴァイに協力を取りつけた後、すぐさまレーヴェは二人を連れ船長であるエアハルトの下へと向かった。

 甲板に姿を認めると、勝手知ったるとばかりに船へと上がり込む。エアハルトもレーヴェに気付き、次に後ろにいる二人の姿に僅かに目を細めた。

「おっさん、さっきの続き、いいか?」

 単刀直入に、レーヴェ。

 後ろにいるのは冷淡な瞳をした魔術師の青年と、人懐こそうな少女。二人を見て、この船の乗客だったことを思い出す。

「護衛として、協力してくれることになったんだ」

「お前が無理を言って、巻き込んでいるだけなのではなかろうな?」

 エアハルトの言葉にレーヴェの目が泳ぐ。

 図星だ。

「ま、まあ細かいことはいいから! 承諾してくれたのは間違いないし……」

 半ば呆れたように息をつくエアハルト。

「……だが、お前と合わせても二人だぞ?」

「二人いれば上等だろ」

 エアハルトは困ったように後ろの二人へと視線を向ける。

「そちらのお嬢さんも同行するというのかね?」

 まずは一番に確認しておきたかったことを訊ねた。

「え? 私ですか? はい、海賊さんが襲ってきたら私も戦いますよ」

 一瞬きょとんとして、シュネイは答える。さも当然だと言わんばかりの返答に、エアハルトは僅かに驚いた様子だった。

「君も、戦うと言うのかね?」

「え、ダメなんですか?」

 今度はシュネイが訊き返す。困惑して自分を見上げるシュネイに、ヴァイは助け船を出した。

「こいつは子供ではあるが、魔法銃士としての実力は俺が保証する」

 ヴァイの言葉に、エアハルトは考え込むように腕を組んだ。

 魔術師に魔法銃士。純粋に戦力と考えても三人……大勢の海賊を相手にこの人数では心許ないのも事実だったが、レーヴェの気持ちに応えてやりたい部分があるのも、また事実だった。

「……二人とも、名は?」

「ヴァイだ」

「私はシュネイです」

「ではヴァイにシュネイ、失礼だが扱える魔術の属性は何か……訊いてもいいかね?」

「えと……」

 答えようとしたシュネイを咄嗟に手で軽く制し、改めてヴァイが返答する。

「……俺もこいつも、氷と風なら問題ない」

「ふむ」

「属性? おっさん、何でそんなこと気にするんだ?」

 横で聞いていたレーヴェが口を挟んだ。一端の傭兵の口から紡がれたとは信じがたい質問に、ヴァイとエアハルトは揃ってひどく呆れたように嘆息した。

「貴様は馬鹿か? よくそれで傭兵など務まるものだな」

 ヴァイは明確な苛立ちを滲ませつつも、不憫な者を見るような目をレーヴェへと向ける。

「私も同感だ」

「二人して何だよ、その憐れみの目は……!?」

 再度息をつくと、ヴァイは仕方なく説明を始めた。

「貴様も傭兵ならば今後のためにもよく聞いておけ。……≪エーテル≫という言葉は知っているな?」

「ああ……魔術の力の元、みたいなヤツだろ? 違ったか?」

 レーヴェの認識がその程度であったことにまたも不快感を顕にし、ヴァイの眉間に皺が寄った。

 だが、魔術を使えない者にとってのエーテルに対する認識などこんなものだったな、とすぐに思い直す。

「恐ろしく簡略化されているが、まあ間違いではない。エーテルというのは、言わば万物の根源たる元素の一つだ。人も大地も植物もエーテルなくして存続は不可能なほど、身近で絶対的な物質と言える。そして貴様が今言ったように、魔術現象を引き起こすためにも必要な物質だ」

「でもってエーテルには炎、氷、風、地、光、闇の六つの属性があるんだったよな」

 レーヴェの言葉にヴァイが同意する。

「その通りだ。エーテルはそもそも自然界で生成され、生物に取り込まれたり、大気中に浮遊して存在していたりする。……ここが重要だ」

「自然界で作られることが、か?」

 一向に話の先が見えないといった様子のレーヴェに、ヴァイは淡々と、早口で説明を続ける。

「ああ。自然界から生成されるからには、従うべき自然界の摂理がある。エーテルはそれぞれの属性に対応した、基盤となる物質からしか生まれない。そのため場所によってエーテルの種類や濃度が大きく異なるんだ。例えば、雨や雪が降っている場所であれば氷のエーテルの濃度が高い。一応間接的にエーテルを調整することは可能で、火のない場所では炎のエーテルは希薄だが、作為的に火を熾せばそこから炎のエーテルが発生する。そして魔術師は己の周囲のエーテルを取り込み、魔力として消費する……」

「……ははぁ、分かってきたぞ。海に出たなら当然水しかない……つまり氷のエーテルが多くあるってことだな?」

「もう一つ風だな。それらが大半を占めることとなる。故に、この二つの属性が扱えなければ、話にならんというわけだ。ついでに言えば、昼ならば光、夜ならば闇が扱える方が尚良いが」

 先程のエアハルトの質問の意図はこれだったのかと、レーヴェは納得する。

 しかしここで、レーヴェに一つの疑問が湧いた。

「……ん? でも火を焚いていれば……」

 その台詞をヴァイは容赦なく遮断する。

「浅はかだな。生成される速度は貴様が期待しているほど速くはない上に、生成される量は、生成する基盤となる物質の規模に比例する。篝火と海を比較してみろ。どちらのエーテルが先に尽きるか、考えるまでもない」

「ぐ……」

 貴様の頭ではその程度の発想が精一杯かと言わんばかりのヴァイに、レーヴェは返す言葉もない。

「ただ、魔術師自身が疲弊してしまえば、いくら大量のエーテルがあろうと話は別だがな」

「それ……疑問だったんだが、魔術を使うのって疲れるものなのか?」

「当然だろう。エーテルは所詮“物”に過ぎん。これを術化することが可能なのが≪魔術師≫と呼ばれる者達であるのは言うまでもないな? 魔術師は外部から体内へと取り込んだエーテルを紡ぎ、具現化させる際に相当な体力と精神力を消耗する。どの程度かと問われれば難しいが、術師が死に至ることも珍しくはない。要は易々と連発はできんということだ。特に集中力を維持できない状態で使用される魔術は、いつ何時暴発しても不思議ではないからな」

 ひどく不機嫌に説明を終え、レーヴェに冷たい視線を送る。

「……理解できたか?」

「まあ、何となくは」

 適当とも取れる発言に、ヴァイはどこまでも不愉快そうにレーヴェを睥睨した。

「何となくだと? ……いや、もういい。本題に戻そう」

 だがこれ以上は無駄だと踏んだのか、諦観の混じった溜息を吐く。

「……お前、いちいち腹が立つな」

 ヴァイは一通りの説明を終えた途端、レーヴェに対する一切の興味を失ったかのように、エアハルトへと視線を向ける。当のエアハルトは腕組みをしたまま、相当悩んでいるようだ。

 ヴァイも決断を急かす素振りもなく、無言のまま待った。横にいるレーヴェだけが落ち着かない様子だ。

 シュネイも何も言わずに待っているが、先程のヴァイの説明を聞いていて、昔のことを思い出していた。ヴァイと出逢った後、エーテルの制御ができなかったシュネイに、基礎から魔法銃の扱い方まで、全てを教えてくれたのは他でもないヴァイだったのだ。

 あの時も、今のような早口で説明されたことを覚えている。ただ自分に指導してくれていた時のヴァイがここまで煩わしそうにしていた記憶はない。

 

 やがて、エアハルトが口を開いた。

「改めて訊くが、君達二人は本当にいいのかね? 万が一の事態に陥ったとしても、我々ではどうしようもできんし、命の保証など到底できない」

「承知している」

 念を押すエアハルトに対し、即答するヴァイ。

 この魔術師はよほど自信があるのだろうとエアハルトは確信した。

「……ならば、船を出そう」

「本当か!? やったぜ!」

「……」

 喜色満面といったレーヴェを余所に、ヴァイは諦めともつかない息を吐く。

「改めてよろしくな、ヴァイ、シュネイ!」

「よろしくお願いします」

「……」

 笑顔で返すシュネイと、馴れ合うつもりはないとでも言うように視線すら合わせようとしないヴァイ。

「船員は私が説得しておく。出航についての詳細が決まり次第遣いの者を出すから、泊まっている宿と部屋を教えておいて欲しい」

 ヴァイは渡された紙に宿と部屋番号を書き記すと、すぐに踵を返す。もう用はないので、静かな場所に移動したいらしい。

「すみません、師匠はああいう人なんです……でも、本当は優しい人なんです」

 困惑するシュネイに、レーヴェは気にしていないという素振りを見せ、エアハルトは優しく声を掛ける。

「分かっているよ。君も追いかけないと、置いて行かれるんじゃないかい?」

「あ……し、失礼します!」

 ぺこりと頭を下げると、シュネイは急いで後を追う。だがヴァイは船を降りた所でシュネイを待っていた。

 エアハルトは二人のその様子を、微笑ましく見つめていた。






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