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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第二章
11/71

過去の縛り、交錯 -2-

                  ◆


 心しておけ……


 身に余る望みは自身を滅ぼす

 受け入れられぬ時

 代償はそなたの命となろう――――




          ◆       ◆       ◆




 雑踏の間を抜けて港に着いたが、こちらも町中と大差はない状況だ。

 一部の定期船が出港できない上に、別ルートからは平常通りに船が入港しているため、停泊している船舶の数も、人の数も多かった。加えて作業をしている船員や、大きな荷物を抱えた乗客も行き交っており、町を歩くよりも気を遣うありさまだ。

「…………」

 思わず嘆息するヴァイ。

 だが、そのようなことを気にしていても仕方がない。少しでも早くこの喧騒から遠ざかるためにも、さっさと用を済ませてしまわなければ。

 ヴァイは停泊している船の中から、昨日自身が乗船していた船を見つけ出すと、シュネイにも目線で伝えて足をそちらへ向ける。比較的小さい船だったので逆に目立ち、すぐに探し出すことができた。

 はぐれないよう、シュネイはヴァイの後ろにぴたりとくっついて歩く。

 船の近くまで行くと、小さな異変に気が付いた。

 何故か人だかりができているのだ。

 ヴァイは不機嫌に眉を寄せ、近付くか否か逡巡したようだったが、あの騒ぎの中わざわざここまで足を運んだ目的を思い出し、仕方なく、だがなるべく人の少ない場所から様子を窺った。


「……から、……ってるだろ!」


 注目を集めている先で、二人の男が言い争いをしていた。

 言い争い、と表現するのは正確ではないかもしれない。どうやら、一人が一方的に相手に詰め寄っているらしいからだ。

 注目を浴びているうちの一人は、この船――――ヴァイが昨日乗っていた――――の船長で、もう一人は傭兵らしい若い男だった。詰め寄っているのは傭兵の方で、対する船長は困惑した表情でそれに応じていた。

「あの人……」

 シュネイが何かに気付く。

「…………」

 男には見覚えがあった。

 夕べ、甲板で見かけた若い傭兵――――レーヴェだ。


「どうしても戻らなきゃならねーんだ! 頼む」

「何度も言わせるな。無理だと言っているだろう」


 二人の会話から察するに、出航の是非について揉めているのだろう。更にこの様子では、まだしばらく船は動きそうにはない。

 ただ、ヴァイとしては訊く手間が省けただけで問題はない。すぐに再出航できるなどとは、毛頭思っていなかったし、早いに越したことはないが極端に急ぐほどのことでもないからだ。

 寄港が長引くようであれば、聖典に参加するという大司教の情報でも集めておこうかと思っていたくらいだった。

「戻るぞ、シュネイ」

「あ、はい」

 目的は果たしたとばかりに、ヴァイは踵を返す。


「だからオレが何とか――――」


 レーヴェの言葉が、不意に途切れた。そして何かに気が付いたかのように、自分達を取り巻いている群衆へと視線を走らせ――――やがて、一点で視線が止まった。

 視線の先の人物とほんの一瞬だったが目が合うと、レーヴェは紅蓮の瞳を僅かに見開いた。夕べの、銀髪の魔術師だ。

 魔術師は既にこちらに背を向け、人混みの中へと消えていこうとしている。その背が隠れてしまわないうちに、ほとんど反射的に、レーヴェは魔術師に向かって叫んでいた。


「待ってくれ!」


 その呼び掛けが自分へ向けられたものだと理解しながらも、ヴァイは足を止めなかった。隣にいるシュネイだけが、無視していいのだろうかという、不安そうな面持ちでヴァイを見上げた。

 レーヴェは慌てて後を追う。

「頼む、ちょっと待ってくれ」

 すぐにヴァイに追いつくと肩を掴み、多少強引だが歩を止めさせた。ヴァイは自分を掴む手を冷たく振り払いながら、不機嫌に、面倒そうにレーヴェへと向き直る。

「……何だ」

 苛立っているのは、目を見れば明らかだった。

 横にいたシュネイは、ヴァイよりも頭半分は背の高い相手に後込みしているようで、ヴァイの後ろに隠れて、覗くように顔を出して様子を窺っている。

 レーヴェは少女の様子に苦笑を浮かべたが、すぐに真顔になりヴァイへと訊ねた。

「あんた、魔術師……だよな?」

 ちら、とヴァイの右腰へと視線を送りながら問う。ヴァイも男の問いの意味を察すると、右手を下げている剣を庇うように添えて応じた。

「だったら何だ」

 突き放すように、なるべく刺々しく。

 しかし、返事は肯定だった。

 ヴァイの答えにレーヴェは安堵したような、それでいて驚いたような表情を浮かべた。相手のその様子に眉を顰めるヴァイ。

「あんたもオレと同じ船に乗ってたってことは、ハーフェンに向かうんだろ? ……率直に言う。手を貸して欲しいんだ」

 紫の目が、細められる。

 ヴァイは自分より背の高い相手を、下から睨み付けるように見た。

「オレはどうしても急いでハーフェンに戻らなきゃならない。あんたも海賊の話は聞いてるだろ? オレがどうにかするって言っても、オレは魔法には一切通じてないし、今は仲間もいないから全く聞き入れてもらえない」

「…………」

「けど、もしあんたが手を貸してくれるなら、どうにかなるかもしれない。初対面の相手にこんなこと頼むのも変な話だとは分かってるつもりだ。それでもどうか……頼む!」

 自分に頭を下げる相手に、ヴァイは困ったように腕を組み、小さく息を吐いた。

 後ろに隠れているシュネイは、不安そうに二人の顔を見比べている。

 逡巡するヴァイ。

 昨日の、自分を見るこの傭兵の目がに気になっていたからだ。自分を見て、何故か驚き、何かを思い出したような雰囲気があった。

 更にもう一つ、ヴァイには気になることがある。この傭兵に残る魔力の気配。そしてこちらの疑問の方が重要だと感じていた。

 この時、ふと、昨夜のあの台詞が脳裏を掠めた。


 ――――そういうことか。


 ヴァイの中で、何かが符合した。

 そしてしばらく悩んだ後に、ヴァイが口を開いた。

「……いいだろう」

「本当か!? 助かる!」

 傭兵が顔を上げ、嬉しそうに言う。

「但し、余計な詮索をすれば、貴様もただでは済まさんぞ」

 淡々とした台詞だが、ヴァイの目から先程までの苛立ちは消えていた。

「オレはレーヴェだ。レーヴェ=ライデンシャフト。ギルドの傭兵やってる。よろしく」

「……ヴァイだ。こっちがシュネイ」

 面倒そうに名乗る。

「あ、えと、よろしくお願いします」

 だがやはり少し怖いらしく、レーヴェと目が合うとヴァイの服を掴み、後ろに入り込んだ。

 二人が名乗ったのがファーストネームだけだったのが多少気になりはしたが、詮索しないことが条件となっているので、レーヴェはそのままにしておくことにした。

「じゃあ、早速だけど船長に掛け合ってみるから、ついて来てくれ」

 レーヴェはそう言って二人を促した。






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