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TESTAMENT  作者: 氷蒼シキ
第二章
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過去の縛り、交錯 -1-

 翌日、朝からフーズムの町は混乱に包まれていた。

 大聖堂が急遽封鎖され、巡礼も一時的に禁止になったと、今朝早く町中に伝えられたのだ。

 封鎖は明日にも解除されると通達されてはいるのだが、封鎖されるに至った理由などの詳細は一切説明されず、そのことがますます巡礼者達の戸惑いを煽っていた。

 混乱を予想して派遣された騎士団が巡礼者に詰め寄られているが、彼等とて詳しくは聞かされておらず、ただ混乱を静めるようにと言われて来ているに過ぎない。当惑していないはずがないのだ。

 ましてや大聖堂の封鎖など、後にも先にも聞いたことがない事態である。本当に明日には封鎖が解除されるのかと問われても、彼等がその答えを知るはずもなく、ひたすら押し問答をするしかなかった。

 もちろん巡礼者達が納得するわけもなく、状況は平行線のまま。

 それでもどうにか事態を落ち着けようと騎士団も躍起になってはいるが、いかんせん人数が違いすぎ、声も満足に通らない。

 一向に事態が収束する気配はなく、時間だけが経過していた。




          ◆       ◆       ◆




 ヴァイがシュネイと共に港へ向かったのは、正午を過ぎてからだった。

 定期船の出航の具合を確認するためだ。

 普段であれば巡礼者達は大聖堂へと向かっているはずなのだが、その大聖堂が封鎖されてしまったために、当然のように町は多くの巡礼者で溢れていた。

「思った以上に混乱しているみたいですね……」

 気の毒そうに、申し訳なさそうにシュネイが囁いた。そもそもこの混乱は自分達が招いたようなものなので、シュネイは少なからず罪の意識と、居心地の悪さを感じているようだ。

「気にするな。俺達が憂慮するようなことではない」

 対するヴァイはいつも通りの無表情で、淡々と答える。

 前を向いたまま視線すら向けずにぼそりと呟くので、シュネイに対して気を遣っているのか、はたまた無関心なだけなのか。それすら汲み取りにくい。

 だが、前者であるとシュネイは思う。

 理由はない。

 強いて言うならば、今までの付き合いから、としか言いようがないからだ。

 そして今日のヴァイは少し機嫌が悪いようだとシュネイは感じていた。その不機嫌は恐らく……いや、間違いなくこの人混みのせいだという少女の理解は、やはり正しかった。

 幼い頃から人見知りで他人を避ける傾向にあるヴァイが、この人混みを歓迎するはずがない。更に彼の場合はその性格が先天的なものではなく、後付けで“そうならざるを得なかった”ことが、よりその傾向を強めていた。

「……」

 無表情のまま、人を避けながら足早に港へと向かう。

 はぐれないよう、シュネイも懸命に後を追う。

 大聖堂は封鎖され、西の大陸へは船が出ない。

 行き場を失った巡礼者の間からは、法皇が病で倒れただの、内部対立で誰かが暗殺されただの、根拠のない憶測が飛び交っているのが嫌でも耳に入る。

 大聖堂に向かって、祈りを捧げる者も多くいた。

 ヴァイが祈りを捧げている者を横目にちらと見遣る。


 ――――祈るだけで、何が変わる?


 祈りとは罪を悔い改め、幸福を願い、神を賛美する行為であるとヴァイは理解していた。

 一方では祈ることで不安を紛らわせ、情緒を安定させる効果もあるのだろうとも思う。

 信者にとっては至極当然のことなのだろうが、安直であり条件反射のようであるその行動はヴァイには理解不能であり、同時に不愉快な、嫌悪の対象であった。

 だがそれが聖教会に対する憎悪からきている、見当違いな嫌悪であることも承知していた。

 承知はしているが、理解しているわけでもない。

 同時に思う。

 もし……聖教会が崩壊するようなことがあれば、彼等はどうするのだろう、と。

 彼等はいかなる絶望を感じるのだろう、と。

 今こうして縋っている神が理不尽にも突然いなくなり、祈り、嘆願すべき対象を失った先で、彼等は何を見るのだろう。

 それでも神に祈り続けるのだろうか?

 自分達を絶望の淵から救ってくれると信じて。

「…………」


 神が何をしてくれる?

 『神』という存在そのものが、己の中の虚像に過ぎないではないか。


 ヴァイは神など信じていない。

 信じられるはずがない。

 だからこそ安直に祈りを捧げる者達が、自ら進むことを忘れた、『神』という偶像に縋らなければ生きてさえゆけない者。そう見えるのだった。

 また、たった一日の大聖堂の封鎖というだけでこれほどまで大きな混乱を招いているのは、聖教会への強い依存の表れでもある。

 人々は無意識的に聖教会に依存し、掌握されているのだ。

 何百年もの昔から。

 背景に隠匿された事実も知らぬままに。

 それでも人々が何の疑問も抱かず幸福に生きているのなら、ヴァイは何も言うつもりはない。湧き上がる嫌悪も侮蔑も、その一切を呑み込んでおくつもりでいた。


 そう。

 皆が幸福に生きているのなら――――


「俺は、黙殺などできない……」

 低く押し殺した声でヴァイが呟いた。

「えっ……?」

 周囲の喧騒に呑まれた言葉を、シュネイは思わず訊き返した。

 その声にヴァイの方がはっとして、

「……いや、何でもない」

 微かに目を伏せる。

「師匠……」

 ヴァイの様子にシュネイもこれ以上訊ねることをやめた。

 無言のままに、二人は港へと歩を急がせた。






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