07 イリーシュ門会戦2
孅滅艦から放たれた爆雷達が敵の中心部を掻き回していた頃、命令を待つ《サルーテ》では
「艦長、おれ達に出番あるんですかね?」
「どうだろう」
デューイの問いにリンは首をかしげて答えた
「敵艦隊の残存率、五割です」
「ないかもね」
ミリアの報告を聞いてリンは訂正した
事実、宇宙図に表示されている赤い輝点は次々と消えている
その時から通信が入る
「提督はなんて?」
「孅滅せよ、以上です」
「なるほど、わかりやすい」
外を見ると味方の部隊が続々と動きだしている
「私たちも行こう」
彼らに続いて《サルーテ》も発進する
前方には護衛艦の巨大な後ろ姿が近づいている
僅かに進路を変更し護衛艦の横をかすめるように飛ぶ
機動力の低い護衛艦はあっという間に後方へ去った
「敵艦隊から高戦艦級、多数接近」
敵も迎撃部隊を出してきた
両軍は瞬く間に交戦状態に入った
「前方から敵艦!」
クロトが叫ぶ
敵艦は単艦でまっすぐ《サルーテ》に向かってくる
先手は敵艦、《サルーテ》を反陽子咆が襲う
リンは高い反射神経でこれを躱し、反撃に転じる
すれ違いざまに可動咆と反陽子咆を一斉に叩き込んだ
敵艦に直撃し四散する
だが一安心する間もなくさらに強力な敵が迫っていた
「孅滅艦級、接近!狙われてます!」
クロトの緊迫した声
敵艦の頭はすでにこちらを向いていた
《サルーテ》は目の前を横切るいい獲物のようなものだ
そして核融合弾が放たれた、三発だ
「ミリア!」
四基の可動砲が向きを変え盛大に火を吹く
二発はなんとか破壊したが、残りの一発が飛んでくる
「くっ……!」
迫る死の恐怖に、冷たい汗が流れ体が固まる
だが電磁防御壁に触れる前になんとか破壊に成功した
同時に爆風の衝撃が《サルーテ》を揺らす
「被害は!?」
「第四区画に破孔!大丈夫、あそこはただの倉庫です。隔壁閉鎖します」
クロトのほっとした表情とは逆に、デューイは悲痛な表情だ
「大丈夫なもんか!あのそには交換部品があるんだぞ」
「補給すればいいじゃないですか」
「まだ一度も使ってないんだ、もったいないだろう」
なんでもないことを話して恐怖を忘れようとしているのか――とリンは思った
「敵孅滅艦級、なおも本艦を指向」
ミリアの声が艦橋に緊張感を甦らせる
孅滅艦相手に強襲艦一隻では、人間が蚊を叩くようなもの
「《サルーテ》!生きてる!?」
ルクロアの声だ
「今、援軍を送ったわ!それまで踏張りなさい!」
その間も孅滅艦は、《サルーテ》や周囲の連合軍艦に向けて攻撃を続ける
《サルーテ》も反撃し防御壁の破壊を試みる
ほどなくして援軍として一個戦隊、強襲艦六隻が合流した
これによって立場は逆転する
「まるでなぶり殺しだ」
七隻の強襲艦は敵艦の周囲を周りながら、代わる代わる反陽子砲を浴びせ続ける
敵艦の反撃の成果は七隻のうち一隻におわり、防御壁は崩壊し姿勢を変えるのもままならないようだ
「孅滅艦相手じゃ強襲艦も非力なのよ」
ミリアが静かに言った
そして反陽子の一閃が敵艦を引き裂き、宇宙に巨大な残骸をさらした
「さ、まだ終わってないんだから油断しないで」
「状況を教えて」
「戦況は我が軍に優勢。戦力比七:三」
「いい感じね」
偵察士の報告を聞いてルクロアは満足そうだ
艦長席で腕を組んでみせる
「提督」
隣にエクレールがやってきた
「なに?」
「今後の展開ですが」
エクレールは交戦域周辺の宇宙図を表示させた
交戦中を示す紫の輝点で埋め尽くされている
「このままだと打撃部隊が敵の孅滅艦部隊とぶつかります。数は勝っていても相手が相手なので、かなりの被害が出ると思われます」
宇宙図の端にこのまま進軍した場合の予想被害率が出された
けして快勝とは言えない被害になりそうだ
「やっぱそうよね」
ルクロアも同意見のようだ
「艦隊の残った爆雷を使えば、率は格段に下がります」
先程の被害率の場所が新たな予想結果に変わった
「決まりね。全艦通達」
「わかりました」
エクレールはそれを偵察士に伝え、すぐさま全部隊に発信された
「《アールグラン》より通信。交戦中の全部隊は速やかに退避せよ」
クロトが伝える
「え?退避?」
リンはショックにも似た驚きを見せる
それもそのはず、もうすぐ敵孅滅艦の二隻目を撃破できそうなのだ
「どうやら機動爆雷で一気に終わらせるようです」
リンはルクロアの考えを理解したが、同時に悔しくもあった
強襲艦の新人艦長で孅滅艦を二隻撃破するということはかなりの自慢になる
仕方ないか死んでは意味がない――
「退避する」
リンは《サルーテ》を急旋回させ、敵艦から離れていく
突然の退避に驚いたのか、敵は追撃してはこない
宇宙図の紫の輝点が、赤と青の輝点に分かれていく
前からは黄色い輝点、止めの爆雷達が赤い輝点に向かっている
一瞬のうちに交差してあっという間に後方に飛んでいく
「接触まで十秒、九……八……七……」
クロトが秒読みを始めた
「四……三……二……一……」
直後、宇宙図の赤い輝点は一斉に慌ただしく動きだし、開戦直後の舞踏会が開かれた
クロトとリンにとっての初の会戦は、星系連合軍の勝利で幕を閉じた
戦場にあるのは味方か降伏したものばかり
「降伏した捕虜は輸送艦に乗せて。いじめちゃダメよ」
「はい」
「じゃあ、全艦に集結命令を出して」
ルクロアは戦後命令を一通り出し終えると、艦長席に寄り掛かり小さく息を吐いた
「なんとか勝てたわね」
「そうですね」
「あぁそうそう」
ルクロアは思い出したように
「一番働きが悪かったのは?」
「みんなよく働いたと思いますが……」
「別に怒るわけじゃないのよ。いいから評価して」
「そうですね……」
エクレールは各戦隊の撃破率を見比べて
「強いて言うなら、一六○二から一六三○戦隊が低いですかね」
「じゃあ彼らに後始末させて」
「わかりました」
「さて、お風呂お風呂」
ルクロアは上機嫌で艦橋をあとにした