06 イリーシュ門会戦1
「敵艦隊に変化なし。有効射程まで三○分」
ルクロアが搭乗している第六艦隊の旗艦、孅滅艦の艦橋に偵察士の声が響く
それを聞きつつルクロアは床の宇宙図に目をやる
敵艦隊は今も尚接近し続け、輝点の密集率はますます高くなる
「ほんと、すごい数」
ルクロアは静かにつぶやいた
しかし独り言のつもりだったその言葉を聞いていた人物がいた
「提督、恐いんですか?」
「あらエクレール、盗み聞きとは良い趣味ね」
ルクロアの金色の瞳が横に流れる
そこに立っているのは長身で赤目の男、第六艦隊参謀のエクレール千揮長だ
「すみません、聞こえてしまったもので」
エクレールは小さく笑みを浮かべながら言った
だがその言葉にあまり誠意は感じられない
「別にいいけどね」
ルクロアも、聞かれて困ることでもないので特に咎めようとはしない
「ところで参謀、隊列案はできてるかしら?」
「はい」
宇宙図が消え仮想隊列が表示される
戦闘において多くの場合、孅滅艦の機動爆雷が開戦の狼煙となる
艦隊戦となればその割合はさらに高くなり、まずは敵の機動爆雷を防ぐ必要がある
よって隊列の先頭は護衛艦部隊、彼らが盾となる
次に孅滅艦部隊は、弓となり爆雷を放つ
そして最後に高戦艦と強襲艦の打撃部隊が、その鋭い槍で敵に止めを刺す
基本的な隊列であるが正面からのぶつかり合いでは有効だ
「いいでしょう、ただちに組み替えて」
「わかりました」
《アールグラン》からの指令は情報連結を通じて全艦に伝えられた
「予定時刻まで十分」
クロトが報告する
この時は指示された隊列につき、時間がくるのを待っていた
今の艦の操舵は自動、することはない
リンはクロトが用意した紅茶をすすりながら、じっと正面を見据えている
(すごい数……)
艦外カメラの映像には、敵艦隊の推進光がはっきりと映っている
「紅茶、おいしい?」
するとふいにクロトが話し掛けてきた
「え?あ、うん」
「それはよかった。ちょっと砂糖を追加したんだ」
「いつもより甘いと思ったんだ。うん、おいしいよ」
クロトはにっこり笑った
「では艦長、五分前です」
そしてすぐにその蒼い目に真剣さを取り戻す
「うん」
リンも紅茶を置き操縦桿を握った
(あ……)
その時リンはあることに気付いた
さっきまであった恐怖や緊張が、嘘のように消えていたのだ
(まさかそのために?)
クロトの方に視線を移す
そして心の中で感謝して、再び前方に視線を戻し自動航行を解除した
そして――
「敵艦隊より爆雷とおぼしき熱源接近!」
旗艦の偵察士が叫ぶ
「来たわね」
ルクロアはさっと立ち上がり
「爆雷戦、開始!」
《アールグラン》から機動爆雷が放たれた
それを合図に孅滅艦部隊が一斉に爆雷戦を開始する
放たれた爆雷は護衛艦部隊の間をすり抜け、一直線に突撃していく
目標は迫り来る敵の爆雷群
敵の爆雷達は、自らを捕えようとする爆雷を突破しようと試みる
しかし彼らは追い込まれ、行く手を遮られ、その多くが仕事を果たせず消えていった
しかしすべての爆雷が迎撃できたわけではない
包囲を抜けた爆雷はさらに突撃を続ける
「護衛艦部隊、迎撃開始!」
多数の可動咆が休みなく働き、爆雷を破壊していく
中には弾幕をかいくぐり仕事を果たしたものもあったが、大半は撃ち落とされた
「敵先頭集団、射程に入りました」
「ここからが本番よ。全艦前進」
爆雷戦が終わりに差し掛かると、ルクロアの命令で第六艦隊は敵艦隊に向けて進み始めた
「爆雷の目標を敵艦隊中心に変更して」
ルクロアは参謀に言った
エクレールはすぐに対応する
「変更しました」
「じゃあ始めましょ。ありったけの爆雷を」
新たに放たれた爆雷達は、敵の同族などには目もくれず後方で達観している敵の中心部へ向かっていく
その後ろを第六艦隊が追随する
「爆雷群、敵艦隊と接触しました。接触範囲拡大中」
偵察士が告げる
敵艦隊の中央に飛び込んだ爆雷は、我先にと敵艦に体当たりしていく
「敵先頭集団、接近」
「あら、彼らはあんな数でまだやる気なのかしら」
ルクロアは驚いたふりをしてみる
向かってくる先頭集団は、すでに当初の半数以下になっている
「どうしますか?」
「撤退するなら見逃してもよかったけど」
ルクロアは立ち上がり
「向かってくるなら、徹底孅滅よ」
横に広がった先頭集団に対し孅滅艦が一斉に反陽子咆を浴びせる
敵艦はたいした反撃もできないまま次々と爆散していく
「先頭集団、消滅しました」
それを聞いて、ルクロアは立ったままで笑みを浮かべた
「どうやら敵の指揮官はマヌケなのね」
「そうでしょうか」
エクレールが聞くと
「ごらんなさい」
ルクロアは宇宙図を表示させ、敵の中心部を拡大した
「あちらは爆雷の対処で手一杯、先頭を見殺したも同然よ。爆雷の必要数を見誤ったのね」
拡大された中心部は混乱し、爆雷と敵艦の舞踏会場と化していた
「じゃあそろそろ仕上げといきましょう」
勝利を確信したような表情でエクレールに指示をだす
「打撃部隊、攻撃開始よ」