05 艦長就任
一年後、第六艦隊強襲艦
「リン・ネフィール十輝長、準備はいいか?」
頭環の中に男が現われた
「はい」
リンが答えると男は
「では始める」
と言って消えた
リンは目を閉じ集中する
余計な考えを排除し、目の前の敵を倒すことだけを考える
「それでは練習航行最終過程、模擬戦闘始め」
「機関最大!」
合図と同時にリンが叫ぶ
「了解、機関最大」
艦橋の一番前に陣取っている主任技術士のデューイが復唱する
《サルーテ》は艦尾から光を伸ばしながら敵に突撃していく
敵も《サルーテ》をめがけて向かってくる
高速の両艦はあっと言う間に互いを有効射程に捉えた
「可動砲、全門撃て!」
主任砲術士のミリアが可動砲を操作して攻撃を開始した
だが非力な可動砲のみでは高戦艦すら撃破できない
可動砲のエネルギーは防御壁に弾かれて消えた
だがミリアの苛烈な攻撃に敵艦の動きは鈍くなる
すかさずリンが《サルーテ》の艦首を敵艦に向け、反陽子砲の一撃を叩き込む
ミリアの攻撃で防御壁が弱まっていた敵艦は、反陽子の奔流に包まれ四散した
勝負は一瞬だった
「お疲れさまです」
敵艦が消えると頭環の中に今度は女が現われた
先程の男とは違い穏やかな笑顔だ
「頭環は取ってもいいですよ」
リンは言われた通り頭環を外した
「ふぅ」
小さく息を吐いた
実際の戦闘時間は数分だったが予想以上に疲れている
「お疲れさま」
艦橋の前面に同じ顔が現われた
彼女は第六艦隊のルクロア・ノイン提督
「さすがね、リン十輝長」
「ありがとうございます、ルクロア提督」
ルクロアの言葉にリンは座ったままで軽く頭を下げる
「たった一年でここまで成長したなんて正直驚きだわ。ま、とにかくこれであなたは誰がなんと言おうと、強襲艦の艦長よ」
(たった……かぁ)
確かに一年は短い
リン自身も初陣以来何度も戦闘を経験してきたが、その経験は全てが初体験であり短い一年は中身の濃いものだった
「疲れてるだろうから今日はこのくらいで」
ルクロアは軽く敬礼して消えた
リンも敬礼して答える
「すごいじゃないですか艦長。あの提督が誉めてましたよ」
デューイが振り向いて言った
「うん。私も少し驚いたよ」
先程までとはうって変わって艦橋の緊張感はとけた
「みんなのおかげだよ」
リンはミリアの方を見て
「一番のお手柄はミリアね」
「いえ」
ミリアはまだ端末を操作し何かしている
「命中率五割、実戦では低すぎます」
どうやら模擬戦闘の分析をしているようだ
画面にはグラフや数字が次々表示されている
「自分はとにかく早く風呂にでも入りたいです」
「そうね。じゃあ二人ともお疲れさま」
リンが立ち上がると二人も立ち上がり敬礼をする
リンも敬礼を返して二人が艦橋を出るのを見送って自分も出ていった
自室に向かって廊下を歩いていると、前方の部屋の扉が開いた
「やあ」
「クロト、何してるの?」
「することなくて部屋で教本を見てたんだ」
クロトは頭をかいた
「勉強とはめずらしい」
「光栄にも艦長候補様に指名されたからね。仕事が増えたんだ」
クロトが笑顔で意地悪く言う
「さっき艦長になったの」
リンは少し不愉快そうに言った
「それは失礼しました」
クロトは肩をすくめ
「計務科に加えて偵察科も掛け持ちだからね」
強襲艦の艦橋要員は高戦艦よりも一人少ない四人
計務科と偵察科を一人が担当する
「リンは?」
「部屋に戻って休もうかと」
「じゃあ邪魔しちゃ悪いね。ごゆっくり」
クロトは部屋に戻った
リンもすぐ近くの自室に入り、照明を消しベッドに横になった
どのくらい時間がたっただろうか
突然枕元の小さな照明が点き、壁の画面にクロトが現われた
「艦長」
リンはすぐに目を覚まし画面に目をやった
「なに?」
「ルクロア提督から通信です。すぐに艦橋に来てください」
「わかった」
飛び起き軍服の上着を着て、さらに艦長用の長衣を羽織る
そして足早に艦橋へ向かい、寝乱れた髪を手櫛で整えた
「ルクロア提督、お待たせしました」
「いえ、休んでたのに悪いわね」
「何かあったんですか?」
ルクロアの表情が険しくなる
「練習航行を終えたあなた達は、連合軍の戦力として数えられるようになった、ということよ」
「戦闘ですか?」
「そうよ。それも大規模な会戦になりそう」
イエハン統合同盟との戦争が始まってから艦隊同士の大規模戦闘、会戦は何度かあった
両軍合わせて一八○○隻余りの艦艇が激突する
「戦闘開始は概算で五時間後、敵の数はこちらより少ないけど油断しないで準備よろしく」
「わかりました」
通信を切りルクロアの映像が消えると、リンはしばらく視線を動かさなかった
「艦長就任後の初戦闘が会戦とは、我々はツいてるんですかね」
デューイがうっすら笑みを浮かべながら言った
まるで会戦を経験できる自分の運の良さを、迷惑がっているようにも聞こえる
「ある意味ね」
「勝率は六割以下」
敵艦が新鋭か旧型か、乗組員の錬度、その他不確定要素を考慮してミリアが計算した
「ようするにわからないってことか」
クロトは溜め息をついた
「四時間後、生き残りたかったらちゃんと準備して」
リンに促されて三人はそれぞれ作業を始めた
そして四時間後には第六艦隊が担当するイリーシュ門付近の宇宙図は、おびただしい数の輝点で埋め尽くされていた