君に咲く花
【DESTINY本編のラストが入ります】
ネタバレが嫌な場合は、読むのをおやめください。
ただ、ガーベラ視点なので個人的には問題ないと思っています。
雲間から射す太陽の光に似た金髪をなびかせ、声高らかに唄う姿は神々しい。
その唄には士気を高めるだけでなく、傷を癒す不思議な力が備わっている。
しかも、破壊の姫君に致命傷を与えることが出来るのだ。
ゆえに、聖女。
「……そんなわけないでしょう、私は唄うことが好きな元娼婦よ。仰々しい肩書はいらないのにっ」
吐き捨てるように呟き、唇を真横に結んだ。
それでも、ガーベラは唄う。
朝日を浴びて開く花のように、唇が緩やかに開く。そこから、鼓膜が震えるほどの声量で新たな唄を届けた。
天界人や人間が、降臨した新たな魔王へ立ち向かい、そして倒れていく。だが、唄を聞いた瀕死の戦士たちは一斉に立ち上がり、また向かっていくのだ。
ずっと、同じことを繰り返している。
何のためにこうしているのかすでに分かっていない彼らの瞳には、狂気じみた光が宿っていた。
「まるで危険な戦力増強剤ね。聖女というより化け物の親玉っぽい」
呆れたような声に、ガーベラは唄を止めた。言われて傷つくことでもない、言い得て妙だと感心したのだ。
西瓜の切り口に似た艶やかな唇からまろびでた言葉には、棘がある。敵意を剥き出しにしてこちらを見ている少女を見やり、ガーベラはその名を呼んだ。
「マビル……さん」
艶やかな黒髪を揺らし、純白の衣装に身を包んだマビルがこちらを見ていた。
リョウ曰く、アサギの双子の妹だそうだ。雰囲気は全く違うが、顔立ちは似ている。ツンとすました仔猫のような少女だと、ガーベラは思ってた。
トモハルの恋人と聞き驚いたが、大らかで優しい彼だからこそ、彼女の我儘を上手く受け止めているのだろうと納得した。
マビルは、以前アサギが所持していた勇者の武器を手にしている。
誰も口にしないが、つまりはアサギの代わりらしい。
もしくは、人質か。アサギは愛する妹を傷つけることはしないだろうと踏み、最前線へ送り込まれることが多かった。
「あたしも男を狂わせるのが趣味だったけど。あんたには負けるかも」
蓮っ葉な口調だが、不思議と清純に見える。まるで、わざと悪ぶっているようにガーベラは見えた。
マビルにもまた強力な治癒能力が備わっており、戦場では何かと顔を合わせる。ただし、彼女は唄で癒すのではない。他の仲間たちと同じように、魔法の光で傷を塞いでいた。
「あたしは、おねーちゃんと違うから。あんたのこと、大嫌い」
「えぇ、分かっています。好かれようとも思っていません」
アサギとマビルは、とても仲が良かったと聞いている。
そんなマビルはガーベラのことを『愛する姉の恋人を横取りした不届きな泥棒猫』と認識しているらしく、顔を合わせるたびに睨みつけた。
本当のことなので訂正せず、ガーベラは毎回会釈をする。そのすました態度が余計に苛立ちを加速させていると知らずに。
「本当なら、あたしの隣にはおねーちゃんがいるはずなのよ。光の聖女はおねーちゃんを指すの、分かる? あんたは、闇に落ちた悪役がお似合い。そして、私たちに成敗されるの」
想像したらしっくりきたので、ガーベラは大きく頷いた。
「そのほうが、正しい世界な気がしますね」
「そう思うなら、あそこにいるおねーちゃんと代わってよっ! あたしはこれからおねーちゃんと楽しく暮らすのっ! そのためにここにいるのにっ! どうしてこんなことになったのよっ!」
感情を爆発させ、マビルは泣き叫んだ。そして、華奢な指で空を指す。
そこには、破壊の姫君と名乗るアサギに似た娘がいた。真顔で、こちらのやりとりを観察しているように見える。彼女のことだから、一部始終を聞いているに違いないと思った。
「ごめんなさい、マビルさん。私だって、出来ることならそうしたいと心から思っています。……私は、聖女ではないから」
泣きじゃくっているマビルに触れることができず、ガーベラは唇を噛んでアサギを見上げる。反抗的な瞳で射貫くが、彼女は平然としていた。
「あんたのせいよっ! あんたがあの節操ない馬鹿男を誘惑したせいで、狂ったんだからねっ! 責任取ってよっ」
「確かに彼を誘惑したけれど。……でも、誤解しないで。彼が愛していたのは私ではなく常にアサギだった。私は、アサギの愛情を試すために利用されただけ」
「そりゃそうでしょうよ、おねーちゃんは誰からも愛されて当然の人なんだからっ。あんたなんかに負けるわけないんだからっ! あー、もうっ! どうしてあの種馬馬鹿男は毎度問題を起こすのよっ」
「そ、そんな言い方しないで。アサギと彼が結婚したら、貴女の義理の兄になるでしょう? それに、あれで可哀想な人なのよ……」
「うるっさいなぁっ! 結婚したらなんて、いい加減なこと言わないでっ。なんかもう、達観した感じがめちゃくちゃムカつくっ! 私は被害者ですーって内心思ってるんでしょっ! 全てを受け入れたふりで、イイ子面してさぁ。腹が立つっ」
癇癪を起しているマビルと違い、いたって冷静なガーベラは眉間に皺を寄せた。自分は他者からそう見えているのだと知り、なんだかおかしくなる。
まるで、三年前の自分がアサギに抱いていた感情にそっくりだと思った。
「そう見えるのは、どこか諦めているからなのかもね……」
喚くマビルには何を言っても無駄に思えたガーベラは困り果て、大きな溜息を吐いて嘆く。
だが、この無駄とも思える会話の最中に分かったことがある。
ここは戦場だ。
本来なら、呑気に言い争う余裕などない。
それなのに、ガーベラとマビルが仲間たちに治癒を施さなくても、死人どころか重傷者も出ていない。
改めて、ガーベラはアサギに似た娘を見た。彼女は先程と同じように、こちらをじっと見つめている。
「ねぇ、教えて。貴女の目的は何?」
先日と同じように、訊ねた。
だが、返事はない。どんなに遠くても、こちらの声を聞いているだろうに。
「目的? そんなの、世界の破滅に決まってるじゃんっ! 愛する男を失った衝撃で、おねーちゃんは狂ってしまったのっ! さっきからあんたのせいだって言ってるじゃんっ」
マビルの金切り声が響くが、ガーベラは首を横に振った。
「違うわ、マビルさん。アサギは狂ってなどいない。数日前、本人に会ったもの。以前と同じように、微笑んでくれた」
「そんなわけないでしょっ! あそこにいるのは間違いなくおねーちゃんだけど、性格が全然違うじゃんっ。目つきが鋭いし、笑わないし、声も平坦。そもそも私を撫でてくれないし、それにっ!」
悲痛に顔を歪め、マビルは再び泣き出した。
アサギと似ているが、マビルは精神が幼い。いや、彼女が歳相応なのだろうとガーベラは思う。心中を隠して立ち回るアサギと異なり、感情を溜め込まないので分かりやすい。
「アサギ、貴女の愛するマビルさんが泣いている。けれど、沈思したままそこにいるのね。それは何故なの? 貴女はいつだって、傷つく人を見棄てることなど出来ないのに」
トビィからもらった小剣を掲げ、アサギに向けた。
太陽の光が反射し、スーッと線が空へ向かっていく。光が、敵と呼ぶには滑稽な相手を照らし出す。
アサギは多くの魔族を引き連れてやって来たが、問題はそこではない。
「まさか、受け取ったこの剣をトビィに向けることになるとは思わなかった」
アサギの隣にいるトビィを見やると、皮肉めいて笑う。
普段と同じように涼しげな顔でこちらを見下ろしているトビィは、にこりともしなかった。
敵は、アサギと魔族だけではない。トビィや、彼の相棒である竜のデズデモーナやクレシダもまた、アサギについている。彼女を、そして主を護りたい彼らの気持ちはよく分かる。ゆえに、彼らは冷静に、そして能動的に動いているように見えた。
そして、この先何が起こるのかを知っているように思える。
だが、人質として囚われている元魔王であるリュウや神クレロ、勇者トモハルは焦っていた。つまり、彼らは何も知らされていないのだろう。
「トビィ、教えて頂戴。どうせこれも茶番劇で、くだらない筋書きがあるのでしょう? 私とマビルさん、それに大勢の回復能力者が揃っていたって、あなたたちが本気になったら敵うわけがないから」
唄うことしか出来ないとはいえ、戦況をずっと見守ってきた。
気づいたことは、『回復に特化した者がこちらに揃っている』ということ。それには、おそらくアサギが与えてくれたこの歌の能力も含まれる。
つまり、誰一人として死なせないように配慮しているとしか思えないのである。
「……時間稼ぎ?」
何かを待っているのではないか、そう思ったガーベラは途端に瞳に光を宿す。
「マビルさん、トランシスは何処にいるの?」
「は?」
号泣していたマビルに声をかけ、周囲を見渡す。彼の姿は、一度も見ていない。
「そんなことも知らないの? あの馬鹿男は狂ってしまったから、牢の中。でないと、見境なく攻撃してきて邪魔なの」
その原因すらガーベラにあると言わんばかりに、マビルは重々しい口調で告げる。
「……アサギを正気に戻すことが出来るのは、彼しかいないと思っているの。ここへ連れてきてもいい?」
「悪化するだけだと思うけど。あぁでも、罪人を逃がすことであんたに汚名を着せられるかもしれないから、連れてきたら?」
可愛らしい顔立ちを歪め、マビルは小さな鍵をガーベラへ投げた。
「場所は転送陣付近で、黄緑色の扉の中。鍵はあんたがあたしから奪ったってことにしてあげる」
「それで構わないわ、ありがとう」
「戦う皆を置いて、あんたはあの馬鹿の元へ行くんだね。無責任」
踵を返すと、冷酷な声が背に降りかかった。しかし、慌てずに振り返ると怯みもせずガーベラは頷く。
「えぇ、私が唄わなくても皆無事よ。攻撃の手は止まってるでしょう? このカラクリに、聡明な貴女も気づいているわよね」
凄みを聞かせて告げると、マビルが唇を噛んで俯いた。彼女もまた、この戦いが何か意味するのか分からず焦っているのだろう。
もしくは、薄々勘づいているからこそ、恐れているのかもしれない。
駆け出したガーベラは、深緑の髪を振り乱して槍を振るっている男を横目で見やった。
アリナから、ベルーガという男だと紹介されている。トビィと同等の強さを誇るが、彼も回復の能力を持っていると聞いた。
そして、その隣で杖を振るっているリョウも回復に特化した能力者だ。
トビィに対抗できる二人は常に前線にいるが、深手は負っていない。それどころか、他者を癒す余裕があるらしい。
「ほら、誰が見ても変よ……」
混乱する頭を掻き毟りながら、走る。得意ではないので、すぐに息が上がった。
だが、道は不思議と綺麗で、牢へ導かれている気がした。つまり、走りやすいのだ。
この選択が正しいことを祈り、落下した天界城の内部へ足を踏み入れる。
そこは不気味なほど静かで、足音がまとわりつくように響いた。幾度も歩いた場所なのに、初めて来た城に思えて寒気がする。
「転送陣、黄緑色の扉……」
転送陣の場所は、三年前にトランシスに逢いたい一心で何度も行き来した。だから、場所は分かっている。
すぐに見つけたので、迷わず扉を開いた。
牢に入っていると聞いたが、牢獄とは思えず混乱し、焦りの色が瞳に浮かぶ。部屋の中には、さらに幾つもの部屋があった。てっきり、扉の中にトランシスがいるのだと思ったが、探さねばならないらしい。
「聞いてない」
弱気な声を漏らすが、訊きに戻る時間はない。
扉には小窓がついていたので、トランシスであることを願い、そっと覗き込んだ。
「あハハハハハハハハハハ!」
禍々しい黄色の瞳と目が合い、心臓が跳ね上がる。
老婆のような声だが、邪を宿した宝石のように美しい瞳には見覚えがあった。
「ミシア?」
「きゃーっはハハハハハハハハハハハハハハ!」
扉に体当たりをしている女は、恐らくミシアだろう。笑うだけで喋らないので確認は出来ないが、牢に入れられたとは聞いていたので、間違いないと思った。
どうやら、戻れないほど心を病んでしまったらしい。
舐るような視線で粘着された当時の記憶が蘇り、身体中からどっと汗が吹き出る。
「美人なのに、勿体ないわね」
掠れた声でそれだけ告げ、扉から離れる。
「うフフフフ、ぁハハハハハハハっ! ……トランシスなら、この奥よ。突き当りの一番大きな扉」
背後から刺されやしないかと怯えるほど、ミシアの存在に恐怖している。だが、甲高い声で笑っていた彼女の声が、一瞬だけ正気に戻った。
「あッハハハハハハハハ!」
脳を食いちぎるような声を聞きながらも、今の言葉は救いだと信じ、言われた通りに向かう。
そして、マビルから受け取った鍵を差し込んだ。
「トランシス?」
難なく開いた扉から、恐る恐る顔を出す。
部屋の中は牢とは思えぬ場所で、別世界に来たようだった。とても、建物の内部とは思えない。
鼻を鳴らし、奇妙な違和感の正体に気づく。
床には本物の植物が生えており、土を持ち込んでいることを知った。ここは、屋内だが庭の用だ。
ただ、遠くまで見渡せる森は一面の壁に描かれた絵である。
宛がわれたような楽園の中に、トランシスはいた。
部屋の中央、簡素な寝台の上で、膝を抱えて座っている。
「トランシス、来て。アサギを救えるのは、貴方しかいないの。外の現状を知っているのでしょう?」
足元の草花を踏みながら、ガーベラは進む。
「や、やめろ、来るなっ! アサギが痛がってるだろっ」
空虚な瞳で空が描かれた天井を見ていたトランシスだが、向かってきたガーベラに顔面蒼白になった。
転がるように寝台から落ち、慌ててガーベラを牢と呼ばれる部屋の外へ押し出す。
突き飛ばされたが、痛みはない。腕が触れたがトランシスの力は、ただの風のようだった。
「大丈夫かい、アサギ。痛かったね、怖かったね」
泣きながら地面を撫でているトランシスに、ガーベラは恐怖の神経が顫動している顔で後退る。
彼は地面をアサギだと思っているらしい。葉の色が、アサギの髪に似ているからだろうか。
「あぁ、我慢しなくていいよ。オレがそばにいるから」
彼の瞳には、手を踏まれたアサギが痛みを堪えているように映っているのかもしれない。
愛おしそうに繊細な葉を撫でる姿は異様だが、慈愛に満ちている気はした。
しかし、『はいそうですか、言われた通り帰ります』と引き返すことは出来ないのだ。
「アサギはそこにいない、外よ。一緒に来て」
無理やり腕を掴み、トランシスを引きずる。少女のように細くて頼りなく、ぽっきりと折れてしまいそうな感触に背筋が凍った。
それほどまでに、瘦せ衰えているのだ。
「いやだね、アサギはここにいる。離せよっ」
「違うわよ、外よ。攻撃されているの、知っているでしょう?」
幾度か逞しい腕に抱かれて魅了されたが、今は見る影もない無残な彼の姿に心がざわめく。
歯を食いしばり、ガーベラはトランシスをどうにか部屋から連れ出した。
「あーハハハハハハハハハハハぁ!」
狂気じみたミシアの笑い声を聞きながら、先を急いだ。
「離せよっ! アサギ、アサギ!」
「静かにしてよっ。今からアサギのところに行くんだからっ」
虚弱なくせに、声だけは耳を劈く。皮肉なことに、それは生きる希望を失っていないように思えた。
「外のあれは、身体はアサギだ。でも、中身が違う、あれはアサギじゃない。だからオレは戻る。アサギはあの部屋にいるんだ……。放っておいてくれないか」
すすり泣くので、こめかみが引くついた。しかし、まともなことを口走った気がして、引きずっているトランシスを見下ろす。
「身体は……アサギ?」
反芻すると、トランシスは唾を床に吐き捨てる。
「見りゃわかるだろ、あれはアサギの身体だ。ただ、身体を動かしているのはアサギじゃない。……オレのアサギは、消えた。アサギの身体を乗っ取った女から聞いたんだ、アサギは消えたって」
饒舌に語り出したかと思えば、急に泣き叫ぶ。情緒不安定なトランシスだが、言っていることは正しい気がした。
しかし、一部訂正する。
「違うわ、アサギはまだあの身体にいる。私、先日会ったもの」
「嘘をつくなよっ」
「本当よっ!」
「アサギだったら、真っ先にオレに逢いに来るだろっ」
「知らないわよっ、本人に聞いたらっ。それにおそらく、貴方じゃなくてトビィだと思うけど!?」
互いに大声を張り上げ、感情をまき散らす。
上下する肺をそのままに、荒い呼吸でガーベラは汗ばんだ前髪をかき上げた。
「その……アサギほどの人が身体を乗っ取られているのなら、きっかけがあれば出てこられると思うの。鍵はきっと、貴方よ。アサギは心の底から貴方を愛していたから」
「…………」
トランシスは、何も言わなかった。頷いたようにも見えたし、否定したようにもとれる瞳が揺れている。
怒りと驚きと嘆きで、全身が火照る。腕をまくり上げ、ガーベラは項垂れているトランシスを再び引きずった。
「少しは自分の力で歩きなさいよねっ! こんなにも軟弱だと、アサギに愛想をつかされるわよっ」
トランシスの手を握り、もう片方の腕で弱弱しい身体を支える。歩行を介助しながら、言いたいことをぶちまけた。
「大体、貴方は身勝手すぎるのよ! 金輪際会いたくなかったけど、この場を鎮められるのは貴方しかいないと思うから、こうしてきたけどっ。あとでアサギにお手当てをもらわなきゃ、割が合わないっ」
先程は無心で走ったので気づかなかったが、外に出て見上げれば宝石箱をひっくり返したような星空が広がっていた。
すっかり夜になっていたのだ。
闇に広がる燐光は、数多の救済の手に見える。
少し冷えた空気が頬を撫で、ガーベラは身震いした。トランシスのか細い体温を頼りに、疲労困憊の身体に鞭を打つ。
その時だった。
悲鳴を口内で嚙み殺す、微かな音が一斉に響いたのは。
まるで、夜空に咲く大輪の花火。
一瞬だけ花開いたそれは、儚い夢のように消えていった。
跡形もなく。
「…………」
何が起きたのか、分からなかった。
唖然と空を見上げるトランシスとガーベラは、遅れてどうにか視覚から情報を得ようとした。
真綿のように柔らかく微笑むアサギの身体を、四方から飛んできた数多の武器が同時に貫いた。
目の覚めるような真紅の血を散らし、零す。
それが、花火のように見えた。
アサギの姿は、何処にもない。
あまりのことにガーベラは腰を抜かし、ついに意識を手放す。
張りつめていた緊張の糸が、切れたのだろう。
トランシスの慟哭を聞きながら、先程のアサギを思い出していた。
眩いばかりの、魅惑の花。
何故微笑んだのか理解出来ないものの、あまりにも残酷なことをするものだと心が冷えて、知らず涙が零れる。
これだけは、ガーベラにも分かった。
アサギは、消滅したのだと。
皆の網膜と心に、アサギという花を遺して。




