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唄う聖女

 誰かが迎えに来てくれるのを、今か今かと待っていた。

 しかし、その余裕がないのか、誰も来てくれない。やはり自分は除者なのだと哀しくなってしまった。

 娼婦仲間に励まされるものの、身体中が冷えていく。孤独を味わっていることもあるが、惑星クレオの現状があまりにも不明で怖かった。

 怖ろしいことが起きている気がして、気が気ではないのだ。

 今のガーベラに出来ることは、皆の安否を気遣うことだけ。無意識のうちに胸にあるペンダントを握り締め、瞳を閉じて唄う。

 黒歴史、と呼ぶに相応しいかもしれないペンダントは、トランシスに嘘をついてこさえた揃いのものだ。彼はとっくに捨てているだろうが、ガーベラは未練がましく持っている。

 とはいえ、感傷に浸っているのではなく、自分への戒めとして胸に抱いていた。何より、単に造形が気に入っている。


「トランシスが見たら、怒り狂うかしら」


 そんなことをぼやき、連絡が入るのを待っていた。


 数日経って、ようやくアリナが迎えに来てくれた。

 どうして来てくれなかったの、と言いたかったが、彼女の顔を見て言葉を飲み込む。やつれきっており、話しかけることすら憚られる。

 

「ごめん、立て込んでて。それに……正直、惑星チュザーレにいたほうが安全だと思ってる」

「何を言うの、友達でしょう? 私は何があっても、アリナたちといるわ」

「ありがとう、嬉しいよ。でもね、ボクはすぐに発つ。可能であれば、怪我人の手当てを頼めるかな」

「怪我人?」


 地上に落ちたらしい天界城の内部は、以前通り美しかった。衝突の衝撃で崩壊しなかったとなると、余程頑丈なのだと感心する。

 だが、建物は無事でも天界人が壊れてしまったらしい。気品あふれる彼らが血走った瞳で喚き散らす様子は、地獄のようだった。


「い、一体何が起きているの……?」

()()()()()が誕生した。勝てるか分からない相手だ、だからガーベラを呼ぶのは忍びなくて」


 苦痛に喘ぐ声に、ガーベラの喉が鳴る。


「ま、魔王……? で、でも、ナスカとの交信で勇者たちを召喚したと聞いたわ。アサギたちがいたら大丈夫でしょう?」


 アサギやリョウを始めとする勇者が揃っていたら、怖いものはない。彼らが強いことは、ガーベラもよく知っていた。

 それに、アサギにはトビィや元魔王リュウがついている。向かうところ敵なしではないのかと、引き攣った笑みを浮かべた。

 しかし、アリナの顔色は優れない。ややあってから力なく微笑み、両手で顔面を覆い隠すと深く呼吸をする。

 決意を固めたのか、その手が外れた。


「破壊の姫君と名乗る新たな魔王、それがアサギだ。先程ガーベラが告げた通り、アサギに与する者は多い。……どういうことなのか、分かるね?」

「…………」


 これ以上は言わせないでくれとばかりに唇を噛んだアリナに、ガーベラは何も言えなかった。

 そうして、チュザーレの街で出会ったアサギに似た女を思い出す。彼女こそが破壊の姫君では、と言いたかった。

 アサギは勇者であって、弱い者の味方。

 一途に愛する男を想う、健気な少女。

 魔王になるなど、有り得ないと叫びたかった。


「最悪なことに、いや、当たり前だけどトビィはアサギについた。そして、神クレロ、勇者トモハル、元魔王リュウはアサギの手に堕ちている。彼らを人質にとられ、こちらは上手く動けない」


 夢ではないのかと疑い、引き攣った笑みが浮かぶ。彼女が口にした言葉全てを、信じることができない。だが、笑い飛ばしたくともアリナが嘘を吐くとは思えなかった。

 そうとも、これは真実。

 勇者として異界からやってきた娘は、最終的に魔王になった。


「ガーベラが知らない味方も増えたから、そのうち紹介するよ。こちらの陣営を指揮しているのはベルーガっていう男。めっぽう頼りになる奴だよ、不愛想だけど」


 脳内整理が追いつかなくて、ひたすら単語だけを記憶していく。

 ふと、この最悪な状態でトランシスはどうしているのか聞きたかったが、声が出ない。脳内を揺さぶられ続け、顏の筋肉を動かすことが出来ないのだ。

 無言で立ちつくす二人だったが、開口したのはアリナだった。


「ごめん、辛ければ惑星チュザーレにいてくれ。惑星クレオよりは安全だから、きっと」

「馬鹿にしないで、アリナ。……私はここにいるっ」


 気弱に呟くアリナを叱咤するように叫んだガーベラは、取り乱しながらも覚悟を決めた。

 考えるより先に行動する、それはアサギが行ってきたことだ。彼女は常に周囲を見て、なりふり構わず飛び込んでいた。

 長いスカートの裾を引き千切り、大股で歩く。清潔な布と水が入った桶を受け取ると、率先して寝転がっている天界人の傷口を拭いた。

 翼が折れている者、片翼失っている者、血まみれになっている者。目を逸らしたくなるが、歯を食いしばって現状と向き合う。

 自分は娼婦ではなく、彼らの仲間なのだからと胸を張って。戦うことは出来なくても、後方支援で役に立ちたいと瞳に炎を宿す。


「……歌姫ガーベラ」


 無我夢中で身体を拭いていると、誰かがそう呟いた。

 久しく顔を出していなかったが、忘れられていなかったらしい。それだけで涙腺が緩み、泣きながら彼らの身体を拭く。


「唄ってくれないか、ガーベラ。君の声は、癒されるから」


 弱々しい手に掴まれ、そう言われた。

 正直、唄える状態ではない。心は乱れ、喉はかさついている。

 しかし、怖々見た天界人の瞳は穏やかで、胸を打たれた。

 唇を湿らせ、手を動かしながら喉を震わせる。


「ねぇ どこへ行ったの 私の愛しい人

 眩い光に包まれて微笑むあなたは 私の誇り

 ねぇ 帰って来てよ 私の愛しい人

 ここは暗くて冷たい水の底

 天から降りる糸のように 私に光を授けて頂戴」


 ぐちゃぐちゃに絡み合う感情という名の糸を見つめながら、即興で唄った。誰に対して叫びたいのか分からないが、やりきれなくて声を出す。


「……ガーベラ!」


 アリナが驚嘆し肩を揺するまで、ガーベラは気づけなかった。唄うと、天界人の傷口がみるみる癒されていることに。

 唖然とし、喉元に手を添える。そして、ようやく思い出した。


『唄え、と言ったのだ。ガーベラの唄は力になる』


 アサギに似た女に、そう言われたことを。彼女は、この力のことを知っていたのだ。

 興奮するアリナ、そして感謝する天界人らに囲まれながらも、ガーベラの心境は複雑だった。皆と共に戦える能力を持っていたことは、素直に嬉しい。

 しかし、どうしても手放しで喜べない。


「……何故こんなことになってしまったの? 私のせい? アサギ、貴女は勇者であって魔王ではないでしょう?」


 怪我人が減っていくのを見つめながら、ようやくガーベラは自責の念を吐き出した。

 もし、トランシスを寝取らなければ、アサギは。

 そんなことを考えてしまい、吐き気がして蹲る。

 疲労が溜まったと思われ丁重に扱われたが、それすらも自己嫌悪に陥った。

 

「魔王アサギを産んだのは、私では? 掌握の根源は、ここにいる……っ」


 一人きりになった部屋で、過去の過ちを悔いる。

 天界の花々が生けられた花瓶、埃一つない清潔な部屋、洗い立ての敷布。分不相応な部屋にいると、全ての元凶である自分が余計憐れに思えた。

 それなのに、外からは熱狂する天界人の声が聞こえる。


「歌姫、いや……聖女ガーベラ、万歳!」


 以前、ミシアに襲われた際、アリナの怪我を治したことがあった。

 偶然だと思っていたが、あの時からその力の片鱗は現れていたらしい。

 しかし、産まれてこの方そんな能力を扱ったことはない。どうしても腑に落ちないのだ。

 喜ばしい能力なのだろうが、どうにも不気味だった。

 知らせを受けて駆け付けてくれたナスカに、縋るように一部始終を話す。困惑していたが、「突然開花する能力もあるから気にしてはいけない」と言われた。


「……本当に? この能力は、まるで用意されていたように思えるの」


 歌で傷を癒すなどと言う能力は、ガーベラが初めてだと天界人は言っていた。だからこそ聖女などと呼ばれる羽目になり、話が大きくなっている。

 ナスカによれば魔法における詠唱に匹敵するのが唄だろうとのことだが、彼女自身も当惑を隠せないでいた。

 つまり、異端な能力なのだと嫌でも分かる。


「私にこんな力を授けることが出来るのは……アサギ、貴女しかいないわ」


 沈思黙考していたが、重々しく結論を弾き出した。そう考えると、全て辻褄が合う気がするのだ。『唄え』と言われたことも含めて。

 だからこそ、胸騒ぎがしている。

 魔王となり皆の前に立ちはだかった娘は、何故癒しの能力を自分に授けたのだろうか。

 全てを滅ぼしたいのであれば、そんな回りくどいことをするだろうか。


「アサギ、貴女まさか」


 嵐で荒れ狂う海を見ている気分だった。

 顔面蒼白のガーベラは部屋を飛び出し、無我夢中で駆けだす。


『だから、そろそろ異物は消えようと思います。本当は、ここにいてはいけない存在でした』


 以前、そんなことを話してくれたアサギを思い出していた。

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