唄え
身体中を糸で拘束されているような圧迫感に、喉が鳴る。
アリナは『アサギを含めた勇者たちとは、もう二度と会うことはない』と言っていた。
つまり、目の前の女はアサギに瓜二つだが、アサギではないと判断する。
とはいえ、アサギのことをよく知っているような口ぶりだった。無関係とは思えないし、雰囲気は異なるが見目麗しい存在がこの世に二人存在するなど有り得ないと思った。
居心地の悪い無言の沈黙の後、必死に考えをまとめたガーベラは呟く。
「……運命は、産まれる前からある程度決められていると思っているわ。けれど、抗うことは出来るとも思っている。それは、とても大変なことだけれど」
心からそう思っているので、素直に話した。どれだけ綺麗ごとを言っても世の中は理不尽で、自分の力ではどうにもならないことのほうが多いが、棄てたものでもないと。
今なら、そう言える。
あとどのくらい生きられるのか分からないが、自分でも驚くほど、愉しみを見出していきたいと前向きになっているのだ。
「運命は変えることが出来る、ガーベラはそう言うか」
女は少し小馬鹿にした様子で吐き捨てると、地面に転がっていた小剣を拾い上げた。興味深そうにそれを眺め、警戒しているガーベラに差し出す。
「肌身離さず大事にしろ、トビィがくれたものだろう」
「何でもお見通しなのね」
今更驚くこともなかったので、ぎこちなく笑ったガーベラは小剣を受け取った。
ややあってから、女は肩を竦めるようにして呟く。
「お見通し、ではない。私は全て知っているのだ、過去のことも、そして、この先のことも。初見でもどのように生きてきたのか視える、ダニエルのように」
「アサギも不思議な能力を持っていて、理解不能なことを言っていた。そっくりね」
鎌をかけるような言い方になり、ガーベラは瞳を泳がせた。そんなつもりではなかったので、機嫌を損ねたのではないかと委縮する。
しかし、女は気にした素振りを見せず、夜空を見上げていた。瞬きを繰り返した後、思い立ったように口にする。
「唄え」
「え?」
何を言われたのか分からず顔を上げたガーベラは、女の端正な横顔を見つめた。アサギとはまた違った魅力があり、思わず見惚れてしまう。
「唄え、と言ったのだ。ガーベラの唄は力になる」
自分が歌姫であることくらい、この女は知っているだろう。今唄うべきなのか動揺したが、それ以上何も言わないので、唇を湿らせると声を出した。
「浅葱色した 綺麗な花が咲き誇る
不思議な色合い 幻想の扉
触れたくとも触れられない 魅惑的な異界の花
触れた者には幸福有りと 広がる噂に皆奔放する
けれども花は見つからない たった一輪の花を探し
人々は滑稽に駆け巡った
真か嘘か 分からぬのに」
耳ざわりの良い声が空気の間をぬい、街中に広がった。
気づけば女は消えており、周囲は静寂に包まれている。
ダニエルが目を覚ましたので、ガーベラは憐れみの視線を向けた。前科はあるだろうが、今回は未遂だ。自分に彼を罰する権利はないとし、解放する。
「ダニエル、貴方が知っての通り私は元娼婦よ。でも、今は歌姫だったり、教師だったりで、とても楽しいの。無理に自分を変える必要はないと思うけれど、変わりたいと思うことは罪ではないわ」
感情を見せないダニエルは何も言わず、静かにその場を去った。
もし今後も女に暴行するのであれば、次こそ容赦しない。しかし、止めてくれることをガーベラは願っている。
夜の清冽で冷ややかな空気が、頭を明確にしてくれた。疲れているが、今し方起きたことを報告せねばならない。
立ち上がったガーベラは、宿舎へ急ぐ。
こんなことで使用することになるとは思わなったが、アーサーが滞在している王宮の一室と繋がっている水晶球の前に立つと、息を大きく吸いこんだ。
水晶の前には常に見張りがいて、いつでも通話可能だとアーサーとアリナが教えてくれた。その言葉を信じ、話しかける。
「夜分遅くに失礼します、私は臨時で教師をしているガーベラと申します。大至急、賢者アーサーにお伝えしたいことがございます」
アーサーに連絡がつけば、彼がアリナを派遣してくれると踏んだ。『アサギに似た美しい女に出会った』、その事実を一刻も早く伝えたい。
気休めに小剣を強く握り、待つ。
暫くすると、見知らぬ女性が水晶に映った。整った顔立ちをしているが、瞳に焦燥感が滲んでいる。何かあったのだと察し、ガーベラにも緊張が走った。
『初めまして、ガーベラ。私はナスカ、アーサーと双璧を為す賢者です』
「初めまして、賢者ナスカ。アーサー様はご不在ですか」
水晶球から発せられる声は、想像以上に聞き取りやすい。離れていても会話出来る魔法は便利だと、感嘆した。
しかし、愉快な話題ではないのだ。
ナスカの瞳が揺れた後、信じられない言葉が飛び出した。
『惑星クレオの神が住まう天界城。その名の通り空に浮かんでいた場所が、地上に落下したの。神クレロに呼ばれ、アーサーはそちらへ向かいました。貴女にも知らせが入ると思うから、この場で待機して』
「……落下?」
衝撃的な事実に、ガーベラは口元を押さえる。
唄を褒めてくれた天界人が住まう、楽園のような場所。
神クレロが統治している全ての惑星を繋ぐ重要な拠点が、墜ちたという。
巨大な建造物が落下したら、地上はどうなるのか。天界城をよく知っているので、惨状を想像し蒼褪めた。
『深呼吸をし、意識を保って。落ち着いて、ガーベラ。貴女の要件は何かしら』
滑らかで優しい声色に、ガーベラは我に返った。大きく頷くと、彼女の調子に合わせるように告げる。
「あの、勇者アサギについてナスカ様はご存知でしょうか」
『えぇ、魔王戦に臨んだ知己よ』
「先程、……不思議な力を使うアサギに似た美しい女に出会いました。他人の空似とは思えず、アーサー様に詳細を報告したいのです」
アサギたち勇者には二度と会うことはないと教えられたことを踏まえ、ナスカに告げる。
懸命に伝えていくと、女の言葉に妙な違和感を覚えた。
『初見でもどのように生きてきたのか視える、ダニエルのように』
先程は聞き流したが、女は御丁寧に“ダニエルは初見”と言った。裏を返せば、ガーベラのことは知っていたととれる言い方だった。
そんな中、水晶球の中でナスカが誰かと会話を始める。
緊急事態に思えたので大人しく待っていると、捲し立てるような声が響いた。
『先程、落ちた天界城に召喚された勇者が集ったそうよ。その中に、アサギがいるみたい』
この時のガーベラはナスカの言葉を素直に受け取り、勇者たちとの再会を喜んだ。
アサギに会えるのなら彼女に先程のことを伝えればよいし、何より謝罪できる。
しかし、実際のところ天界城は大混乱に陥っていた。
何故ならば、勇者アサギは召喚していないのだ。
呼んでいないのに、そこにいた。