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アサギの正体

 言葉を交わす回数は少なかったが、アリナが隣で手を握ってくれるだけで、ガーベラの心は温かくなった。

 心が弱っていたこともあり、自分以外の体温を感じられるだけで、幸せだと思ってしまう。


「二人共、そろそろ行くわよ。どの店に繰り出す?」


 気づけば、マダーニが目の前に立っている。

 周囲を見渡すと、険しい顔をしたトビィとリョウを中心に輪が出来ていた。


「行くわよ、って……」


 まだ話が終わっていないように見えたので、困惑する。しかし、あっけらかんとマダーニは笑った。


「一旦解散よ。貴女たちに説明をしたいし」

「で、でも」


 離脱することに抵抗を感じ、心が焦る。


「トビィたちが上手くやるさ。どのみち……『大勢で捜しても、アサギは見つけられない』だろ?」


 重苦しい溜息とともにアリナが呟くと、ガーベラは口を真横に結んだ。それは、重々承知している。アサギの決意は本物で、拗ねている自分とは違うのだと。


「そう。だから、トビィちゃんたちに任せる。彼らからの指示があれば私たちも動くけれど、今は待機。それに、ガーベラには休息が必要でしょ」

 

 マダーニに肩を叩かれ、ガーベラは再び込み上げた涙を抑えきれなかった。

 性格がねじ曲がっていると言われても、構わない。この二人がアサギより自分を優先してくれているように思えて、感極まっている。


「泣くのはまだ早いわ。……さぁ、いつもの居酒屋へ行きましょう。三人で酌み交わすのは久しぶりね!」


 二人に手を引かれ、ガーベラは歩き出す。

 だが、悪寒を覚え軽く首を曲げた。


「っ……!」


 目が合った途端、身体から恐怖が一気に流れ出した。

 ミシアが、恨みがましい瞳でこちらを睨んでいる。

 慌てて顔を背け、隠れるように二人に寄り添った。

 意識していないと、呼吸を忘れるほど恐ろしい顔だ。今にも後方から刺されそうな気がしている。


 しかし、何事もなく以前通っていた居酒屋へ辿り着いた。

 一気に汗が吹きだすほど、緊張していたらしい。彼女の気配を感じなくなったので、ようやく深い呼吸をする。

 

「顔色が悪いわね、大丈夫? 日を改めましょうか?」

「う、ううん、平気よ。貴女たちと一緒にいたい」


 ミシアが恐ろしいと言いたかったが、仮にもマダーニの妹だ。喉辺りまで言葉が出掛かったが、勇気が出ない。


「辛いなら、すぐに行ってね。館で呑むことも出来るし」

「ありがとう」


 そうして、騒がしい店内で女だけの呑み会が始まる。

 

「まずは……説明ね」

 

 届いた酒を早速飲み干し、マダーニは開口する。

 アサギが何処へ行ったのかは、誰にも分からない。

 しかし、分からないからといって黙って待つことなど出来ない。トビィを筆頭に、捜索が始まるらしい。

 そこまでは、理解出来た。問題はその後だった。

 大人しく聞いていたガーベラだが、理解するのに時間を要した。とはいえ、眉を顰めるとすぐにアリナが助け舟を出してくれる。

 

「つまり……アサギは、巷で話題の破壊の姫君かもしれないってこと?」

「いいえ。破壊、もしくは創造の姫君よ。元魔王のリュウが、古い文献を見つけて。そこに記されていたのが、この宇宙を統治する姫君の話だった。そこに、“アサギ”と記載があると」

「ボクたちが知っているアサギが、その宇宙の姫君……ってこと? 随分飛躍したね」


 アリナは「ここまで大丈夫かどうか」を、目で合図してくれた。

 理解出来たので、ガーベラは大きく頷く。


「突拍子もない話だと思うでしょ? でもね、その宇宙の姫君とやらは万能なんですって。()()()()()()()()()

「なんでも、か……」


 腕を組み考え込んだアリナを一瞥し、マダーニは届いた新しい酒を煽る。すでに、五杯目だ。


「そう、なんでも。……アサギちゃんは、最初から勇者の中で異質だった。能力値に明らかな差異があることは、全員気づいてた」

「うん。色々と言動が不思議だったことが多々ある……」


 過去を思い出している二人を見やり、ガーベラは膝の上で強く拳を握る。

 誰からも愛されていたアサギだが、この話を聞くと少し同情した。飛び抜けて能力が高い者は、生き辛いのだろうと。


「あの……」


 意を決し口を挟んだガーベラは、酒で喉を潤し二人を見つめた。


「その、私もアサギの言葉に首を傾げることがあって。もしかして、何かの役に立つかしら」

「話してみて」


 真顔になったマダーニに、神妙に頷く。


「アサギと最後に会った日、どうにも違和感があったのだけれど……」


 言われたことを思い出しているが、半分ほど忘れている。それほどまでに、現実味がないことを言われたのだ。

 ただ、強烈に覚えていることが三つある。


「アサギとトランシスの馴れ初めを私は知らない。けれど、アサギが言ったのよ。『トランシスは最初から一人だったから、横取りではない』って。……二人は確かに付き合っていたのよね?」


 ぎこちなく話すガーベラに、アリナとマダーニは顔を見合わせる。


「私たちも、詳しい話を聞いていない。だから、あの二人がどうやって出逢い付き合うに至ったのか知らないわ。……ガーベラを気遣って出た言葉だと思うけれど、貴女がわざわざ話すということは違うと思っているのね?」

「ええ。アサギは嘘偽りなく、それが真実として話しているようだった。それから、『惑星マクディに帰ってください、私が壊したお家は元通り』って言われたの。『トビィやトモハルが遊びに来てくれていた、可愛いお家』……なんて、私は知らないわ。そもそも、トランシスのいた場所から出たことがないし」


 黙って聞いていたアリナは、知恵を絞っているようだった。


「それから、その……『私は人間ではない』って言ってた。あの時は自分を卑下しているのだと思っていたけれど、先程の話を聞いたらあながち嘘ではないのかも、と……」


 これは、先程天界城で話すべき内容だったかもしれないと反省する。しかし、あの時はまさかアサギの正体が問題になっているとは夢にも思わなかったのだ。

 失恋し心が傷ついた娘の、逃げる言い訳だと思っていた。

 

「それは後で報告しよう、アサギの居場所に直結するとは考え難いけど、重要っぽい。マクディの家とやらは、すぐに確認できるし」


 頷き合うアリナとマダーニに、片手を上げる。


「今、報告すべきだわ。今日はこれで終わりにしましょう」


 もう、十分気が済んだ。

 愉快な気分ではないが、こうして友達と酒を呑めただけで心は解れたのだから。

 

「でも」

「今日で終わりじゃないのでしょう? 次の機会にもっと呑めればいい。私は楽しみに待っている、予定があったほうが毎日充実して過ごせそう」


 本当はもう少し一緒にいたかったが、自分だけ駄々をこねるのは恥ずかしい。

 それに、アサギを心配する気持ちがあることを証明したいのだ。

 ややあってから頷いた二人に胸を撫で下ろしたガーベラは、満面の笑みを見せる。


「とても楽しかった、ありがとう」


 結局報告に出向いたのはマダーニで、アリナと二人で館に帰宅する。

 食堂で少し酒を呑んだが、胸のつっかえがとれて安心したのか、急に眠気に襲われた。

 アリナが部屋まで送ってくれたので、倒れるように寝台にうつ伏せになる。


「……私が知らないだけで、アサギも大変だったんだ」


 ぼそっと呟き、降り出した雪を見ていた。

 また、寒くなるらしい。

 寒いと哀しい気持ちで包まれるから苦手なのにと、口を尖らせる。


 コンコン。


 扉が叩かれたが、身体が怠くて起き上がれない。

 寝たふりを決め込み瞳を閉じると、扉が勢いよく開いた。


「あらん、いるんじゃないのぉ! 私が訪ねて来たんだから、出迎えてよね。……親友でしょう?」


 粘っこい声に、背筋が凍る。

 嫌々身体を起こすと、仁王立ちのミシアがいた。

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