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友達というもの

 長い間喧々諤々(けんけんがくがく)した中にいたので、気分が悪くなってきた。

 マダーニに支えられ泣いていたガーベラだが、感傷に浸っている時間はない。こちらの心情などお構いなしに、幾つもの責めるような視線が突き刺さっている。

 こめかみが動悸を打ち、ジクジクと痛むほどに。

 だが、涙を拭いて顔を上げたガーベラは、真正面からクレオを見据えた。 


「アサギに関し、包み隠さず教えてくれ。そなただけが頼りだ」


 切に訴える瞳に、皮肉めいて口角を上げる。

 この場にいる全員、アサギが大事だ。

 世界を救った勇者だから当たり前、稀代の悪女を演じている自分とは真逆の存在だと言い聞かせるが、ガーベラの心は晴れない。気遣ってくれるマダーニすら、彼女の情報を知りたがっている。

 自分は何処にいても独りだと、痛いほど思い知らされた。世界を敵にまわしても味方でいてくれる人など、いない。

 アサギには、大勢いるのに。

 一瞬トランシスを見てから、わざとらしい溜息を吐く。

 アサギから『知らないふりをして欲しい』と言われているが、この状態で隠し通すことは不可能だ。


「……そもそも、私は純粋な貴女との約束を守ることが出来ない、浅ましい娼婦だから」


 自嘲気味に呟くと、少しの間を置いてから震える唇を開く。


「アサギと最後に言葉を交わしたのは、間違いなく私です。けれど、何処へ行ったのかは知りません」


 虚飾にまみれた口の上手い女だと罵り、周囲が騒がしくなる。目に角を立てガーベラを見つめ、嫌悪感を露わにしていた。

 それでも、ガーベラは堂々と立っていた。まるで一輪の花が誇らしげに咲くように。


「真か」

「えぇ。……行き先は知りませんが、アサギは『誰にも気づかれないところ』へ行くと言っていました」


 不思議と澄んだ、天上の音楽のようなその美声だった。

 それが虚偽とも思えず、クレロは唇を噛む。

  

「アサギについて、本当に何も知らないのだな」

「はい。私が関わったのは、ここまでです。アサギはきっと、捜して欲しくないのでしょう。それが彼女の望みならば、受け入れてはいかがですか?」


 他人事のように告げたガーベラに、どよめきが起こった。


「お前っ、この期に及んでっ」


 その物言いに腹が立ったトランシスが、物凄い力でガーベラの腕を掴む。怨嗟の念にまみれた腕は、その華奢な手首を今にも折ってしまいそうだった。

 痛みを堪え、ガーベラは気丈に睨みつける。


「だって、そうでしょう? 何もかも嫌になってしまったのよ、アサギは」

「よくも抜け抜けと! 誰のせいでこんなことになったと思っているんだっ」

「これ以上の言い争いは不毛よ、二度も同じことを言わせないで。不和の種を落としたのは確かに私、それは事実。だから、貴方が心からアサギを愛しているのなら、捜しなさい。それとも、穢れた私の手助けがないとそれすら出来ないの? 一度蔑んだ相手に頭を下げるの? 無様ね」


 挑発的な態度に頭に血が上ったトランシスだが、心で荒れ狂う怒りと戦った。言われて癪だが、ガーベラが言うことは正しい。断腸の思いで手を離し、引き下がる。

 痛む腕を擦り、深く頭を垂れたガーベラは静かに後退した。壁際に移動し、目の前で繰り広げられる会話をぼんやりと聞いている。

 ここの空気は、酷く乾燥している。

 火種があれば一瞬で業火となり、何もかもを飲み込んでしまう雰囲気だった。


「どうぞ」


 冷えたものが頬に触れ、何気なく見上げた。

 仏頂面をしているアリナの隣で、苦笑しているマダーニが水を差し出している。


「ありが、とう」


 私に構うより、あの会話に参加してきたら? などと子供じみた発言をするところだったが礼を告げる。どうしても嬉しい気持ちより、申し訳なさが先行してしまうのだ。

 大人しく水を受け取ると、心も身体も乾ききっているので一気に飲み干す。


「話が大きくなってきた。大変な騒ぎになるわね」


 瞳を細めて喧騒を見つめているマダーニに頷き、ガーベラも少しだけ耳を傾ける。

 元魔王であるリュウが険しい顔でやって来たことには気づいていたが、彼の話している内容が理解出来ない。

 『破壊の姫君もしくは、創造の姫君』

 『宇宙に存在する、唯一無二のモノ』

 『それらを示す単語として、“アサギ”及び“マリーゴールド”が使用される』


「……?」

 

 脳内で反芻するが、何も言えず俯いた。


「……マダーニ、()()()()難しい話をしているから聞いてきて。後で()()()()()教えてよ、分かりやすく噛み砕いてネ」

「はいはい。アリナは私より賢い癖に、都合がいいこと」


 離れていくマダーニを見送ったガーベラは、不機嫌全開で足を踏み鳴らしているアリナを見上げる。


「行かなくていいの?」

「大丈夫、マダーニは話をまとめるのが上手いから。それを聞いて、ボクなりに咀嚼する」

「そう。貴女たちは、冴えた頭脳を持っているものね。私とは別次元の人間だわ」


 泥棒猫と言われてから、アリナとは一度も会話していない。

 気まずいので、正直離れて欲しかった。自嘲気味に吐き捨て俯くと、鋭い声が飛んでくる。


「いい加減自分を卑下するのはやめろ、鬱陶しいから。分からないなら分からないと言え、分からないが知りたいのなら素直に聞け。ボクたちはガーベラを拒否しない」


 驚いて顔を上げると、アリナの瞳には怒りが宿っていた。


「物憂げで口も利きたくないけど、ボクはずっと怒っている」

「私にだって罪の意識があるわ。アリナの大事なアサギを傷つけたのだから、口を利いてもらえなくて当然でしょう」


 吐き捨てるように告げると、途端に髪を引っ張られる。頭皮への痛みに悲鳴を上げると、アリナと目が合った。


「何故怒っているのか分かる? ……友達だと思っていたガーベラが、何も相談してくれなかったからだ」


 聞き間違いだと思い、目が点になる。驚きのあまり声を出せないでいると、アリナが憂鬱そうに顔を顰めた。


「どうしてガーベラは、自分から離れていくのさ。ボクもマダーニも、アサギのことが大事だよ。でもね、同じようにガーベラも大事だ。仲良くなれたと思ったのに、勝手に離れていった。ボクたちの話を聞くだけで、自分の情報を一切話さない。……もっと色々話して欲しかったよ、辛かったろ?」


 稚拙な予想とは違う言葉に、ガーベラは呆気にとられ絶句する。


「ボクは恋愛に疎いから、相談されてもガーベラが望む言葉をかけてあげられない。でもさ、吐き出したほうがすっきりするじゃん。非難されるから、止められるから言わなかったんだろうけど、苦しんだだろ?」

「苦しんだ……?」

「そう。好き好んであの馬鹿男に惚れたわけじゃないだろ? アサギの恋人だと知っていたけれど、想いが止められなかったんだろ? 正直、アサギもガーベラも馬鹿だと思うよ、あんな男に時間をかけるなんて無駄だ。でも、それが恋ってやつなんだ。だから、親しい人に打ち明けるべきだったと……ボクは思う」


 ハラハラと流れ出した熱い涙をそのままに、ガーベラは開口する。侵入した涙は塩辛く、何故だか笑えた。


「辛かった、苦しんだ。でも、貴女たちはアサギが……」

「へりくだるのは止めろ、って言ってんの。ボクたちには、どちらも大事な友達だ。信用できない?」


 感情が暴走し、涙が止まらない。多大な言葉で褒められ照れたように、ガーベラは顔を覆う。

 アリナがそんなふうに思っていたことなど、知らなかった。


「アサギも辛かった。でも同時に、ガーベラだって辛かった。……何も気づけなくて、ごめんね」


 強く抱き締められ、アリナの腕の中で泣き続ける。

 ガーベラは独りではなかった。

 独りだと思い込んでいただけで。

 頭を、背を撫でてくれるアリナの温かい手に、娼婦仲間を思い出す。

 彼女たちに相談に行くことも出来たのに動かなかったのは、けなされると思ったからだ。嫌われると思ったら、怖くて言えなかった。

 真の友達というのは、何があっても突き放さずに受け止め、時には叱咤し、共に生きていくものなのに。


()()恋をしたら、もっと早く話してよ。ボクは鈍感で気づけないから」

 

 アリナの瑣末な言葉の節々に隠れた優しさに、ようやくガーベラは気づく。

 『ボクたち』、そして『次に』。

 それらは、これからも一緒にいると約束された言葉だ。

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