■地獄の食事会
心の中に一点の明かりが灯った。
邪険に扱われず受け入れられたことが、とても嬉しい。ハムやチーズ、細かく切った野菜を入れ、様々なパンを焼き上げる。ガーベラは出来栄えに満足し、マダーニに頭を下げると自室に戻った。
ここまでは問題ない。
穏やかな食事会を目指し、トランシスに釘を刺す。
「御食事会、参加する? 気が引けるのなら、この部屋で戴きましょう」
感情を探るように、ゆったりとした口調で訊ねた。僅かな変化も見逃さないよう、彼の顔を凝視する。
「美味いもんがあるんだろ?」
「えぇ、そうね。みんなが作った料理が並ぶわ」
「料理をここまで運ぶのは大変だろうし、行こう」
屈託のない笑顔を向けられ、ガーベラは軽く唇を噛む。『大変』と思ってくれているのか猜疑心を抱き、掠れた声で念を押す。
「楽しみね。……けれど、約束して。みんなが楽しみにしているの、絶対に問題を起こさないで」
凄んで告げると、トランシスはきょとんとしている。
「どういう意味? オレが何かすると思ってる?」
あまりにも他人事な彼の態度に、ガーベラの頬が引き攣った。こちらは真面目に話しているのに、全て聞き流されている気がする。
「えぇ、みんな警戒しているわ」
「ひっどいなぁ。オレ、そんな奴に見える? 和気藹々と楽しく食事をするだけだろ?」
とぼけるトランシスに苛立ったガーベラは、威勢よく啖呵を切った。
「ふざけないでっ! いいこと? この館にいたいのなら、協調性を一番に考えてっ。本来なら、私たちはとっくに追い出されているわ」
「へ? そうなの? なんで?」
本当に分かっていないのだろうか。もしわざとなら、あまりにも意地が悪い。頭痛がして、額を押さえる。
「私に言わせないでっ! みんなの大事な勇者アサギを悲しませた二人だから、蛇蝎のごとく嫌われているのよっ! けれど、ここにいる皆は優しくて情け深い。だから今もこうして」
「どうしてあの女が悲しむんだ?」
冷え切った声に、ガーベラの背筋が凍った。トランシスの表情が豹変し、真顔になっている。
「それは」
「あの女は、好き勝手やってるんだろ? 悲しむことなんてないだろ? どういうこと?」
心臓を鷲掴みにされたようで、息が出来ない。
ガーベラは狼狽し、視線を外す。トランシスは嘘を鵜呑みにし、アサギが浮気をしていると思い込んでいるのだ。
「……アサギは英雄、偉大なる勇者様よ。彼女の御機嫌をとりたいに決まっているでしょう」
「全員媚び諂ってるの? あんな小娘に?」
「か、彼女は魔王を倒し、世界を平和に導いた。あの子がいたからこそ、みんながここにいるの。恩人なのよ」
トランシスは不服そうな顔をして寝台に転がっている。ガーベラは全身から嫌な汗をかいた。食事会が恐ろしくなり、参加を辞退しようと決意する。
しかし、トランシスは行くつもりだ。
「ふぅん。状況は把握した、だから、参加しよう。大人しく飯を食うだけだろ」
「え、えぇ。そうね、美味しいものを食べて楽しみましょう」
「うん、愉しみ」
嬉しさに揺れるような微笑みを見せたので、ガーベラは胸を撫で下ろした。
食堂はすでに賑わっていた。
しかし、二人が顔を見せると空気が一瞬凍りつく。気まずくて瞳を泳がせていると、マダーニが「ここ、空いているわよ」と手招きしてくれた。どうにか空気が戻ったので、配慮に感謝する。
大勢が着席し、腹を鳴らしている。一通り眺めたガーベラは、最奥でトビィと喋っているアサギの姿を見つけた。
トビィは気づいているだろうに、こちらを見ない。アサギは頭を下げたが、視線は合わなかった。過去の男を見るのは辛いだろうと、ガーベラは胸が痛んで俯く。
奪っておいて同情するのも、滑稽だが。
「お……美味しそうなものがたくさんね」
不安の色を表情に浮かべ見上げたガーベラは、歪んだ笑みを浮かべているトランシスに唇を噛んだ。じんわりと、嫌な影が心を侵食する。
「さぁさ、お待たせしました! まずは乾杯ね!」
勇者たちはジュースだが、それ以外は全員酒を手にしている。
「かんぱーい!」
全員が声を上げ、手にしていた飲み物を口にした。皆で和気藹々と食事をするのは、心が躍る。自然と笑みがこぼれ、和やかな時間が始まった。
アサギの誕生日会をやり直しているのだろうか、と思った。当日は散々だったので、誰かが気を利かせたのだろうと。ガーベラはトビィの隣で品よくジュースを飲んでいる姿を見つめ、一気に酒を流し込む。喉を、カーッとした熱さが流れていった。
皆の会話が始まると騒がしく、近くの声しか聞き取ることが出来ない。アサギと席が離れているのは、恐らくマダーニが考慮してくれたためだろう。これならば安心だと、心中で礼を述べた。
ただ、想像より顔色がよい彼女を少しだけ疎ましく思った。落ち込んでいると予測していたのに、そこまで痛手を負っていないように見える。
気持ちを切り替え、卓子に並んでいる料理を見つめる。小皿にとろうと手を伸ばした時だった。
「ねぇ、変な臭いがするんですけど」
棘を含んだ声を出したのは、トランシスだった。
その声に、皆が一斉に視線を向ける。ガーベラは焦燥感に駆られ、首の骨が折れるほど勢いよく彼を見上げた。
悪魔のように残忍な笑みに、絶句する。
「あぁ、アレだ。えー、何でここにいるのかなー。オレ、一緒に食べるの嫌なんですけどー」
「トランシス!」
険悪な雰囲気に一転したその場で、ガーベラが悲鳴を上げた。だが、トランシスは無視して料理を見渡す。
「この美味しいパンを作ったのは、ガーベラ。スープは?」
「……私よ。貴方のお口に合うかしら」
ミシアが控え目に手を上げると、トランシスは大袈裟に胸を撫で下ろす。そして、無邪気な笑みを浮かべて一口すすると、瞳を輝かせた。
「美味い!」
「よかったわ」
ミシアに笑いかけ、トランシスはオムレツを指した。
「じゃあ、この汚い黄色いのは?」
全員沈黙し、怒りの色を籠めた瞳でトランシスを睨みつける。けれども物怖じせず、悪意を浮かべた笑みを口元に浮かべ、その皿を遠ざけた。
「どう見ても不味そう。っていうか、これのせいで美味しい料理が台無し。なんでこんなものが一緒に並んでんの」
ガーベラは頭を抱えて蹲りたかった。
それは、アサギが作った卵料理だ。ふわふわでとても美味しく、気に入っている。見た目も黄金色に輝き、美しい。不味そうに見えるなら、瞳が狂っている。
何より、トランシスは作り手が誰か知っている筈だ。
カタン、と乾いた音が食堂に響いた。いつの間にこんなにも静まり返っていたのだろう、誰かが動くたびに布が擦れる音が響く。
顔面蒼白で立ち上がったアサギは、俯いたままぼそぼそと何か呟いている。全く聞き取れないが、声が震えていることは分かった。
言い終らぬうちに、食堂から飛び出した。どう見ても、泣いている。
「アサギ!」
鋭く叫んだトモハルの横で、トビィが椅子を蹴とばす勢いで立ち上がった。トランシスに殺意の念を向け、慣れた手つきで木盆を取り出すと、手際よく料理をのせていく。
「別の場所で食べる、後は勝手にしろ」
早々に立ち去ったトビィに、激昂しているアリナと勇者たちも続く。リョウだけが、不安げにこちらを見ていた。ただ、憐れむような視線を向けてから去っていく。
「あ、あの」
惑乱しているガーベラの隣で、トランシスは何事もなかったように料理を口にしている。
気づけば、食堂には数名しか残っていなかった。先程の穏やかな雰囲気が一変し、処刑場のように陰湿な空気が漂っている。
飄々とワインを呑んでいるトランシスを虚無の瞳で見つめたガーベラは、止めておけばよかったと後悔した。
最近、ずっと後悔ばかりだ。