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■裏切りの情欲

 熟れた花の香りが充満している天界城で唄い終えたガーベラは、天界人から称賛され控え目に腰を折る。


「今回も聞いてくださり、ありがとうございました」 

「ごきげんよう、歌姫ガーベラ。また来ておくれ、君は大歓迎だ」


 温和な笑顔で見送られ、上機嫌だった。この後はディアスの教会へ出向き、子供たちに絵本の読み聞かせをすることになっている。こちらの文字を読むことができるようになったので、絵本程度ならば容易い。

 その後、トランシスに会いに行こうと思っている。


「あら?」


 遠くに、アサギが駆け抜けていく姿が見えた。とても急いでいる様子に首を傾げ、瞳で追う。

 なんとなく胸がざわついた。

 

 キイィィ、カトン。


 何処かで、扉が閉まるような音が聞こえた。

 足が勝手に動き、アサギを追う。気配を押し殺し、消えた黄緑色の髪を捜した。なんとなく悪い事をしている気分になって、胸がドクドクと脈打っている。

 アサギに挨拶するだけだと言い聞かせるが、何故すり足なのか自分でも疑問だった。

 引き返すなら今だと止める自分と、突き進めと背中を押す自分がせめぎ合っている。

 ガーベラは持っていたグラスを放り投げるような気持ちで進んだ。割れたグラスが元に戻せない事を知っていながら、その路を選ぶ。


「え……? え? ほ」


 震えるアサギの声が聞こえてきたので、足を止める。できる限り身を縮め、壁にもたれて口を閉じた。

 

「本当だよ。明日からは、毎日彼と会っても問題ない。今まで、すまなかったね。これからは、愛する人と共に幸せな生活を送りなさい。私は、今後干渉しない。十二歳になるのだろう、立派な大人だ。邪教に関しても、解決の糸口が見え始めている。勇者という肩の荷を下ろしても、誰も文句は言わないさ。アサギはよくやってくれた」

「え、あ、は、はい……っ!」


 ガーベラの心が、急激に冷える。しかし、平然として眉も口も瞳も動かさずに聞いていた。


「すまなかったな。意地の悪い男だと思われても仕方がないが、アサギを護りたかったのだ。杞憂だったが」 

「いえっ、いえっ! 誕生日の、朝からですか?」

「そう、朝だ。ゆっくり休んで、眼が覚めたら」

「ね、眠れなくて起きていてもいいですか? 朝って何時ですか、四時は朝ですか?」

「寝ずに彼に会うと、顔が腫れて可愛い顔が台無しになるよ。しっかり眠りなさい」

「そんなことを言われても、今日は全然っ……ね、眠れないと思います……」


 感涙に咽ぶアサギに、心中が掻き乱される。しかし、ガーベラは混乱しているようで冷静だった。


 ……今後、トランシスに会うことが出来ない。


 その一点を即座に理解し、冷静に状況を見据える。今までは五日に一度だった二人の逢瀬が、毎日になるのだ。もう、割り込む余地はない。

 絶望し、目の前が真っ暗になる。だが、遠くで僅かに光る希望の星をガーベラは見出した。

 

「幸せになりなさい。アサギ」

「はいっ! クレロ様、ありがとうございます! こんなに素敵な贈り物、産まれて初めてです!」

「光栄だが、明日……彼から何かを貰うと二番目に転落してしまうのだろうね。いや、彼に会えること自体が、アサギにとって一番の贈り物になるのかな」


 その心は固く冷たく、弾む二人の声に鼻白む。


 ……幸せに? それ以上幸せになってどうするの? 不公平だわ。


 怒りの発作にとらわれたが、石像にでもなったように身体が動かない。しかし、体内では溶岩を滾らせている。少しの衝撃で、爆発してしまうほどに。

 この世は、幸福と不幸の数が決められていると聞いた。平等に配られるべきなのに、誰か一人に幸福が集中すると、必然的に誰かに不幸が押し寄せる。

 人の運気を吸い取って生きる者が存在するのだと、アサギを思い出して唇を噛む。

 

「私、とっても嬉しいです。本当にありがとうございます!」

「フフ、こちらこそ。アサギの笑顔に、元気を貰っているようなものだからな」


 足音が近づいてきたので、弾かれたガーベラは近くの部屋に入り込む。立ち去るアサギの後姿を、憎々しげに睨みつけた。

 

「皆に知らせてくれ。惑星マクディとの行き来を全面的に許可する……と」


 ガーベラは真顔で話を聞くために部屋から出ると、息を殺す。


「慮外なことを仰りますね、本当に宜しいのですか? ……私は反対です」

「私はね、ソレル。()()()()()()()()()()()()()()()のだよ。彼女の笑顔は、皆を明るくする力がある。彼女が塞ぎこめば、それこそ全てが悲しみに沈む」

「はぁ……左様で御座いますか。この御決断が御自身の首を絞めなければ良いのですが……不本意ではありますが、命令ですものね。皆に伝達して参ります」


 二人の会話を聞いていたガーベラは、側近のソレルが通り過ぎるまで息を潜めていた。硝子で模した義眼のような瞳を湛え、蝋人形のように。

 表面上には浮かばない黒い澱みが、身体中で()()()を巻いている。

 耳元で、誰かが囁いた。


――逢瀬は終い、君の想いは殺すしかない。それで良いのかい? ()()()()()()()()()()、尚我慢をして生きるのかい? 

 ……嫌よ!


 ガーベラは心の中で鋭く叫ぶ。

 脳より先に、足が動いた。子供たちが待つ教会ではなく、惑星マクディへ向かう。

 憂鬱な険しさを、引き締めた口の辺りに漲らす。上体を真っ直ぐにし、普段通り昂然と歩いた。

 すれ違う天界人には口元に笑みを浮かべ、普段通り優美に振る舞った。迷いの色はない、決意した心は強く、実行する為にはどんな手段も厭わない。

 天界城から、惑星マクディへの路を通る。行き慣れたガーベラに不審がることもなく、門番は笑顔で通してくれた。

 コナラとマスカットの木々を抜け、集落を目指し砂の中を颯爽と歩く。

 心情は、驚くほどに静かだった。


「これが最後になるのね」


 妙に頭が冴え、自嘲して微笑んだ。明日以降は二人きりで会うことはできないのだから、この機会を逃すわけにはいかないと目を尖らせる。

 クレロの声が、脳裏にこびりついている。

 アサギが彼に会いに行けるのは、()()()()だ。つまり、今ならば二人きりで会うことが出来る。

 人生最大の闘志を燃やす。

 

「大丈夫よ、()()()()()()()()()()()。私が横やりを入れたところで、亀裂が入ることはないわ。今まで見てきた恋人たちとは違う、強固な絆で結ばれた二人よ。……()()()()()()、ちっぽけなもの」


 理性と本能が真っ向から対立したが、後者を尊重した。


「こっぴどく私を罵って。そうしたらきっと、私は貴方を諦められる。どうせなら、身も心も粉々に砕いて……甘い期待を願わないように。例えそれが命取りになるほど辛い大失恋であろうとも、きっとすぐに忘れられる。次の路へ、進むことが出来るわ」

 

 これが終わったら、あの居心地の良い館から姿を消そう。何もない田舎に引っ越し、名前を変えて生活しよう。

 ガーベラの名は、恋と共に捨て去る決意を固めた。

 

「大丈夫、トランシスなら大丈夫。アサギを愛しているわ、海の底よりも深く。大丈夫、壊れない、壊れない、二人は壊れない。……最後のお願いよ、どうか私に“運命の恋人”の存在を信じさせて。そうしたら、私も運命の恋人を探し、求め、待っていられる」


 大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 トランシスの家に近づくほど、病的なまでにその単語を繰り返した。

 途中、泣いているオルヴィスを見かけた。周囲にいた女たちの会話から、擦り寄ったはいいがこっぴどく追い返されたと知る。

 ガーベラは酷薄な笑みを浮かべ、毅然とした態度で足を進めた。

 

「あれは、近い未来の私かしら」


 喉の奥で笑う。

 号泣している彼女は、なんと醜いのだろう。溺愛する恋人がいる男に手を出そうとしたところで、逆にこちらが痛手を負う。そんなこと、考えれば解るはずなのに。それでも求めてしまうのは、何故だろう。


「待っていて、オルヴィス。……すぐにそちら側に行くから」


 馬鹿な女はここにもいる。薄く微笑み地下室への扉の前に立ったガーベラは、ここへ来てようやく硝子の瞳に光を灯す。

 それは、一つの欲情のために燃えている女の、悩ましい瞳だった。密かに燃えるその瞳が、怪しく揺らめく。

 

――そう、それで善い。さぁ、欲しいものを手に入れるといいよ。我慢することはない、命あるものは全員平等で自由だ。

 

 終止符を打つためと言いながらも、心の奥底では望んでいた。

 奇跡の逆転を。

 何度も『アサギに似ている』と言われた。そして、彼は大変独占欲が強く、嫉妬深い性格だという事を思い出す。

 

「玉砕覚悟」


 しんなりと足を踏み出した。

 

 ギィィ、ガゴン、ココン、トトン。

 

 扉が鈍い音を立てて開く。色欲に溺れた瞳で、ガーベラは品良く梯子を下りた。

 

「あれ、どうしたの?」


 先程オルヴィスが来たからだろうか、その声色は不機嫌そうだった。

 怪訝な瞳を向けられたが、ガーベラは人々の前で散々唄ってきた度胸を生かし、しおらしく口元を袖で隠すと瞳を伏せる。

 

「ごめんなさい、トランシス。貴方に、()()()()()()()()()()()()()()()

「何?」


 頭をかきながら寝台に座ったままのトランシスに、悠然と歩み寄る。

 

「嘘をついていたの、私。哀しむ貴方を見たくなくて、ずっと、隠していたことがあるの。でも、このままではいけないと思って」

「……何?」


 真剣な面持ちのガーベラに、トランシスの瞳が揺れ、口調に冷気が籠る。ただ、すでに察していた。言葉の一つ一つから、解ってしまう。

 

「アサギのことよ」


 一呼吸置きガーベラの真っ赤な唇からその名が零れると、トランシスの瞳が徐々に細くなる。だが、何も言わなかった。

 

「貴方に頼まれて、アサギを見ていたわ。あの子は、ほら、とっても可愛いでしょう? 誰からも愛されて。……彼女はそれを分かっている、女にとって最大の武器よ」

「御託はいい、それで?」


 怒りを抑えた低い声に身体は小刻みに震えたが、爪で手に刺激を与えながら続ける。

 

「……()()()()()()()()()()()


 重々しく告げると、一瞬の間を置いてからトランシスは腹の底から声を張り上げて笑った。耳を塞ぎたくなるほどの大声に、眉間に皺を寄せる。失敗した、と蒼褪め一歩後退る。

 

 ……馬鹿な事を、ガーベラ。この人が真っ赤な嘘に引っかかるわけがないでしょう? 一体何をやっているの!

 

 浅はかな考えに、頬を赤く染める。怒り狂ったトランシスから罵詈雑言が飛んでくるだろうと、身構えた。しかし、本能に呼びかけるように床に崩れ落ち、上目遣いで続ける。

 自分でも驚いていた、気づけば巧妙な芝居をしている。

 

「信じられないでしょうね。私だって、そうだった。でも、幾度も見てしまったの。トビィの部屋に頻繁に出入りしているところを。……朝方、人目を気にして出て来たわ」

 

 唇を舐め、続ける。


「トランシスとトビィの誕生日は、同じ日。彼女は、貴方に逢いに行く前、トビィと会っていた。同じ包み紙を二つ用意しているところを見たもの、中身もきっと同じよ。手作りだと聞いたけれど……それ、本当にアサギが編んだのかしら? 二人分も編めるはずがないわ、きっと何処かで調達したに違いない」


 言いながら、トランシスを包んでいる肩掛けに視線を向ける。


「私なら、……何があっても貴方を優先するのに」


 ガーベラは徐々に声を張り上げた。面白いくらいに嘘が飛び出し、瞳を潤ませ訴える。


「兄と妹なんて言っているけれど、私から見たらトビィとアサギは相思相愛。皆で地球に雪山へ行った時だって、ずっとトビィと親密にしていたとアリナたちから聞いたわ。周知の事実だけれど、みんな見て見ぬフリをしてる」


 憐れむようにトランシスを見やり、瞳に浮かんだ涙を拭う。


「アサギは勇者様ですものね、滅多なことは言えないからみんな口を閉ざす。子供だけれど、時折大人のように艶っぽい表情で男を翻弄し、遊んでいる。私、ゾッとしたの。トビィだけじゃないわ、あの子に手玉に取られて喜ぶ男なんて星の数ほどいる。清純で可愛らしいものね……見た目は」

 

 布を引き裂く音が、断末魔のように室内に響き渡った。

 顔を強張らせたガーベラの目の前で、アサギが編んだ肩掛けが無残に引き千切られる。毛糸の繊維がふわふわと空中に舞い、とても綺麗だった。

 怒り狂っているトランシスに勢いづき、掠れた声で続ける。


()()()()()。末恐ろしいわ」

「どうして突然暴露する気になったわけ?」


 蔑むようにこちらを見つめているトランシスに、ガーベラの肌がビリリと突っ張る。ようやく独占できた熱い瞳は、確実に自分に向いている。あまりの心地良さに、下腹部が火照り出した。

 

「トランシスのことが、ずっと……好きだったの」


 寝室での喘ぎを連想させるような声でそう告白すると、情けなく微笑む。トランシスから視線を逸らさず、真っ向から告げる。


「好きな貴方を苦しめたくなかったから、どうしても言えなかったけれど。アサギは変わらない……こんなにトランシスが愛しているのに、あの子は、その一途な想いを踏み躙ってっ! 貴方の事を想うと、ただ、苦しくて……」


 トランシスは、何も言わなかった。


「ねぇ、憶えている? 貴方の誕生日に逢えたこと、偶然だったけれどとても幸せだった。でもね、毎日が記念日のようで……貴方に届ける食事に想いを籠めたわ。届かなくても、傍に居られればっていつも思っていた。ほら、これ」


 胸元から銅板を加工した薔薇の首飾りを取り出し、儚く微笑む。


「トランシスに預かった不思議な板、他人の手に渡すのが嫌で、全部私が持っているの。私にくれたものではないけれど、これを持っていると貴方と一緒にいられる気がして嬉しくて。……馬鹿みたいでしょう? 私、アサギのようにトランシスに愛されたいの」


 これ見よがしに、耳で、首で、手首で、足首で揺れている銅の薔薇をトランシスにちらつかせた。

 

「明日は、アサギの誕生日。私のほうがトランシスを愛しているのに、独占するのが許せなくてっ! お願い、最後の我儘を聞いて。抱いて欲しいの、諦めるから。その怒りを私にぶつけてもいい、受け止めるわ」


 最後は、涙声で上手く発音出来なかった。言いながら、衣服を脱ぎ捨てる。床にはらりと落ちる布が、乾いた音をたてた。

 この涙がなんなのか、ガーベラには分からなかった。感情がぐちゃぐちゃなのに、やるべきことは明確に見えている。罪の甘美さに酔いしれているような節もあるし、心の底から悲しんでいるような気もする。

 ここまで来た以上、引き返せない。

 娼婦時代に培った蠱惑的な笑みを浮かべ、トランシスに近寄る。恭しく跪き、許しを乞うような瞳でじっと見つめた。

 何も言わずこちらを見ている彼にゆっくりと手を伸ばし、膝で立って身体を寄せる。

挿絵(By みてみん)

 そうして、口づけた。

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