奇妙な味方
ディアスが満目蕭条たる冬景色に包まれる。
冬休みを迎えた勇者たちは連休を満喫し、皆で雪山へ行く事になった。アサギの家族が連れて行ってくれるので、安心だ。希望する異世界の仲間たちも付き添うので、ペンションを貸し切っている。
誘われたが、ガーベラは参加しなかった。
堂々とトランシスに会いたかったので、唄の予約が入っていたことを理由に丁重に断った。アサギがいないのであれば、彼を独占できる。
「ありがとう、ガーベラ」
「どういたしまして」
トランシスに極秘で頼まれていたことがあったので、堂々と荷物を届けた。
「へぇ、面白いな」
「地球って、不思議なもので溢れているわよね」
ファンシー袋からそれを取り出したトランシスは、口笛を吹く。桃色でハート型のメッセージカードは、すっぽり入る封筒付きだ。
「これでアサギの誕生日に手紙を書くことが出来る。ありがとう」
「贈り物はどうするの?」
「え? この手紙とオレ。アサギはオレが一番喜ぶと思う」
「そ、そう……」
アサギを驚かせたくて、トランシスはこっそりガーベラに手紙を頼んでいた。ペンは持っていたが、肝心の紙がなかったのだ。
困り果てているトランシスに、ガーベラが一肌脱いだ。親しくなったリョウに相談し、買ってきてもらった。
手紙といっても、トランシスが書ける日本語は『すき♡』だけである。しかし、丁度その三文字が書ける大きさの紙だったので満足している。
「ホントは『あいしてる』って書きたかったけど、文字がなぁ……」
「誰かに教えてもらったら? 折角だもの」
「うーん……いいや、愛してるはオレがこの口で伝える。いつも言ってるけど」
「御馳走様。よくもまぁ、飽きずに愛してるなんて言えるわね」
「飽きるわけないじゃん、オレとアサギは運命の恋人。伝え続けないと、死んでしまう」
「泳ぎ続けないと死んじゃう魚みたいね。つまり、空気を吸うように、二人にとっては当たり前のことなのね」
「ガーベラは? そういう相手は出来たの?」
「……いないわよ。恋人がいたら、頻繁にここへ来ることはないでしょ?」
「そりゃそうだ。いつもオレの面倒を見てくれてありがとね」
慕う相手に会いたいから、ここへ来ている。そう言いたいのを堪え、ガーベラは自嘲して微笑んだ。
「いつか、私にもそんな人ができたらいいわね」
「勿体ないね、良い子なのに。アサギの次に」
トランシスは、必ず余計な一言をつける。その言葉がガーベラを茫漠とした悲哀の中に突き落とすことを、知らない。
「……そうね」
ガーベラは微かに震える拳を背中に隠し、気丈に微笑んだ。
部屋を見渡すと地球の暦が目に留まったので、何気なく一瞥する。アサギの誕生日は誰もが知っており、仲間たちも各々準備していた。
トランシスは勿論、トビィも、アリナもマダーニも、勇者たちも浮足立っている。
「羨ましい子、皆に愛されて」
小声で呟き、ガーベラは嘆息する。誰か一人くらい不幸を祈っても、罰は当たらないと思ってしまった。
「美味い! いやー、アサギがいないから飢え死にする覚悟だったけど、ガーベラが来てくれてよかった」
届けた食事を嬉しそうに食べているトランシスを見やり、ガーベラは泣きそうな笑顔を見せる。ほぼ毎日アサギからの差し入れを待っている彼のために、今日は様々なものを用意した。
「アサギの腕には劣るけれど、なかなか美味しいでしょう? 彼女が戻るまで、死なないように世話してあげる」
「それは心強い」
ワインも持ち込み、二人で呑む。以前誕生日の贈り物にしたワインと同じものだ。グラスに注ぎ、乾杯する。
「うん、熟していて美味しいわね」
紅玉石のような色合いのワインを見つめ、恍惚してガーベラは告げた。
「そうだね、美味しい」
アサギたちが雪山から戻るまでの間、二人の時間だった。流石に泊まることはしなかったが、ガーベラはほぼ入り浸っている。
教会で唄う予定だったが、頭を下げて取り消してもらい、別の日に変更した。そこまでしても、トランシスに会いに行った。
楽しい密会が終わり、充実した時間を過ごせたことに笑みを浮かべる。他愛のない会話だったが、同じ空間にいられるだけで幸せだった。
帰る途中、緊張した声に呼び止められる。相手の顔を見て、途端に眉間に皺を寄せた。
緊張が走り、喉を大きく鳴らす。
「何か御用?」
立っていたのは、オルヴィスだった。
確実にトランシスと肉体関係にあった女と二人きりで対峙し、無意識のうちに構える。
「貴女は一体、彼の何?」
「唐突な質問ね。ただの友達だけど、そういう貴女は?」
「……そうね、私も友達」
火花が散り、互いの瞳を食い入るように見つめた。
「随分親密な関係に見えるけれど、あの頭が軽そうな女はこのことを知っているの?」
頭の軽そうな女、が誰を指すのか分からなかった。ややあってアサギのことだと気づき、目を丸くする。彼女のことを悪く言う人を、初めて見たのだ。
誰からも好かれていたわけではないらしいと気づき、正直安堵する。
自分もそうだ。
確かに尊敬しているし、立派だと感心している。しかし、あまりにも完璧すぎて恐ろしくもある。
「親密な関係に見えるのなら、光栄だわ」
喉の奥で笑い、怨念を含んでこちらを見ているオルヴィスを睨む。
「トランシスは酷い男よ、せいぜい気をつけることね」
「御忠告ありがとう、それは実体験に基づくものかしら?」
「彼の友達として、かしら。……けれど、本音を言うと、あの女より貴女のほうが諦めがつく」
ガーベラの頭部から爪先までを見つめ、オルヴィスは薄く微笑んだ。何かを諦めるようにフフッと情けなく笑い、前髪をかき上げる。その瞳は寂しそうに揺れており、同時に胸を締めつけられるような悲しみを覚える。
これは演技ではないと直感し、彼女から声援を受けた気がした。
「貴女、綺麗だもの」
「ありがとう。貴女も綺麗よ、燃えるような髪が素敵」
「やぁね、違う場所で出会っていたら友達になれたかも」
「ふふっ、そうね。そんな気がしてきた」
二人は暫し無言で見つめ合っていたが、互いに背を向けた。
離れてから、急に背筋に寒気が走り口元を押さえる。余計な事を口走ってしまったと、ガーベラは蒼褪めた。彼女が誰かに告げ口しないか、不安が押し寄せる。
けれど、なんとなく彼女を信じていた。
『あの女より貴女のほうが諦めがつく』
この言葉に偽りはない、認められたと確信している。
「そうよね、私のほうがアサギより似合う気がする。年齢も、身長も、性格も。あの子はまだ幼くて、純粋だから」
この時のオルヴィスの一言が、ガーベラの背中を押した。