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■ユラギの音

 不満で身体が熱く火照る。

 今日もトランシスに手料理を届けたガーベラは、拗ねたように唇を尖らせた。アサギからの弁当を夢中で食べているその背中に、意地悪く話しかける。

 

「素敵ね、アサギからの贈り物」

「うん、あったかくてお気に入り」


 アサギに編んで貰ったという肩掛けを自慢していたトランシスの誕生日が、トビィと同じ日だとガーベラは遅れて知った。

 当日の夜、ガーベラはトランシスに会っている。ただ、長居をしては怪しまられるので、食事を届けただけで会話はほぼなかった。


 ……もし知っていたら、あの日はもっと豪華なものを作ったのに。


 悔しさに胸が震え、数日前の自分に苛立った。

 ガーベラは毎回、塩味のパンケーキを焼いて届けている。大量に焼くことが出来るので、館で朝食や昼食に用意してきた。その為、トランシスの為に焼いているとは思われていない。失敗なく焼けるし、腹も膨れる、日持ちもする。具は気分で選ぶので、毎日食べても飽きない。

 あの日は、豚肉の塩漬けと豆のパンケーキだった。

 ガーベラは落ち着きなく部屋を徘徊し、新しい写真に気づいて唇を噛む。

挿絵(By みてみん)

「素敵ね。お誕生日の写真?」


 そこには、アサギを抱えたトランシスが映っていた。


「そっ。葡萄園で、腹いっぱいマスカットを食べた」

「いつもお世話になっているから、私もお祝いをしたいわ」

「気持ちだけで嬉しいよ。オレ、アサギから貰ったこれがあれば十分だから」


 肩掛けに包まりながら、至極幸せそうにトランシスは告げる。

 それは、ガーベラにとって残酷な言葉だった。この上ない笑顔に、胸に穴が空いたような気持ちになる。結局自分が地団太を踏んだところで過去が変わることもないし、彼の心が傾くわけでもない。

 トランシスには、アサギがいればいいのだと思い知らされる。


「そ、そう。本当にアサギを愛しているのね、こっちが照れちゃう。リョウも毎回惚気に付き合わされているの?」

「まぁ、適度に。でも、慣れました。アサギもこんな感じだし。その写真、アサギも部屋に飾ってますよ」


 黙々とパンケーキを食べていたリョウに話を振り、胸に巣食う嫉妬心を追いだそうとした。


「当然。オレとアサギは相思相愛だから」


 自慢げに告げるトランシスに、リョウが苦笑する。


「知ってます、分かってます。恋は盲目ってこういう時に使うんだな」


 呆れているリョウは肩を竦め、「ガーベラさん、美味しかったです」と微笑む。彼と共に来てよかったと、心底安堵した。

 一人であれば、我慢できずに発狂していたかもしれない。

 ふと、弁当に夢中になっていたトランシスが顔を上げた。

 

「そうだ、リョウ。遠方から来た人が滞在中だから、行って来たら?」

「え、どういうこと?」


 祖先が都で警備をしていたという人物が、()を聞きつけて遠路はるばるやって来たという。トランシスは顔を顰め、警告するように告げる。


「武器について話に来たわけじゃないと思う、狙いは無料で食える旨い飯だ。有益な情報を持っているか、真偽は分からない。祖先の話も、嘘かもしれない。食料を持っていけばベラベラ話すと思うけど、鵜呑みにするな」

「忠告ありがとうございます。一応、話を聞いてみますね」


 すでに顔見知りが増えていたリョウは、一人で出掛けることにした。

 期待はせずに向かう彼を、手を振って見送る。トランシスは安堵の溜息を吐き、心痛な面持ちのガーベラに向き直った。


「よかった、()()()()()話したいことがあったんだよね」


 視線が絡み、ガーベラの喉が鳴る。


「は、話したいこと?」


 あどけなく微笑んだトランシスに、胸が高鳴る。密室に二人きりというだけで緊張するのに、そんなことを言われたら余計に意識してしまう。ガーベラは、早鐘のような胸の鼓動を聞かれないか冷や汗をかいた。

 

「ね、これって売れる?」


 立ち上がったトランシスは、直径四センチ程度で薄っぺらい銅色の物体を差し出す。

 何か解らず、ガーベラは眉間に皺を寄せた。指で触ると、ヒヤッとして冷たい。

 

「これは……何かしら?」

「やっぱり知らない? オレたちの惑星に転がってる金属。そっちで希少価値がついて、高く売れないかなーって。ほら、ガーベラに金を借りてるじゃんね。返さないと」


 これは銅板だが、ガーベラには判らない。瞳を細めて見つめ、何に使えばよいのか見当がつかないものの、一先ず受け取る。

 

「顔見知りに訊いてみるわ、待っていて」

「まだあるけど、持ってく? オレには必要ないし、壊してもいいから」

「一応、預かるわ。でも、返済は気にしなくていいのに」


 二枚の銅板を渡されたガーベラは、丁寧に仕舞い込む。“二人きりで”などと意味深に言われたので、一瞬期待してしまった。秘め事の誘いではなかったと自嘲し、浅はかな自分を恥じる。

 

「そういうわけには。服を購入したのはオレだけど、金はガーベラじゃん? 結局それって、ガーベラがアサギに贈り物したのと一緒だろ?」

「難しく考え過ぎよ」

「オレがアサギに何かしたいんだ」


 あっけらかんと笑ったトランシスに、ガーベラの胸がジクジクと痛む。突き刺さった棘が腐敗し、浸食を広げるようだ。


「真面目な人。そういうところも好きよ」


 ぼそっと、勇気をもって告げる。

 

「ありがと」


 しかし、さらっと流された。

 いつもこうだ、こちらの慕情に気づいているのかいないのか、本心が読めない。

 初めてここへ来た時、女と揉めていた。顔や性格からして相当受けが良いと思っているので、女性関係は派手だったに違いないと踏んでいる。そうであれば、女の心を見抜くことなど容易そうだ。

 過去の交友関係を聞いてみたいが、勇気が出ない。アサギとトランシスが出逢う前なら、自分もその他大勢の女に混じることが出来たのではないかと、無駄な事を考えてしまう。


「そういえば、アサギの様子はどう?」


 悶々としていると、真顔で問われた。


「どうって……普段通りよ、元気だし、明るいし、可愛いし」

「それは知ってる、男関係の事だよ。変な虫に言い寄られて、どう対処してんのかって」


 羨望と嫉妬の劣情に支配されたガーベラは、瞳を泳がせた。研ぎ澄まされた鋭い光りを含む瞳が、行き場を失う。

 震える声が、掠れて飛び出した。

 

「た、対処も何も……平等に接しているから……あの子は誰にでも優しいし……」


 言葉を選び、慎重に発する。集中していなければ、ネチネチと絡むような誹謗中傷が飛び出してしまいそうで怖かった。


「と、()()()()()()()()()()けれど。いつも一緒だし、親密だし。周囲も認めているし……」


 トランシスは無言だった。反論も頷きもせず、石のように何も言わない。ただ、酷く憤慨しているように見える。

 禁句だったと、慌ててガーベラは取り繕った。

 

「トランシスの次に、って意味よ?」

「そんなことは分かっている!」


 憤然と叫んだトランシスに、ガーベラの身体が委縮する。逆鱗に触れてしまったと、あまりの恐ろしさに唇が紫に染まった。

 

「っ、アサギっ、何やってんだっ! オレがあれほどっ」


 壁を殴りつけ荒い呼吸で項垂れるトランシスに、ガーベラは何も言えなかった。

 ここまで激昂している彼を、初めて見た。


「ただいまー。って、……あれ?」

「お、おかえりなさい! どうだった?」


 リョウが戻って来てその場をしのいだガーベラは、この機を逃すまいと惑星マクディを後にすることを決めた。

 不機嫌極まりないトランシスにリョウは険しい顔をしたが、きちんと別れの挨拶をする。


「ありがとうございました、少し考えます。話を聞くことが出来たので、収穫はあったと思っています」


 トランシスは無言だった。二人に背を向け、小刻みに震えている。

 ガーベラは頭が真っ白になり、二人を交互に見て唇を噛んだ。口が滑ったと自覚し、項垂れる。

 天界城に戻ると、リョウがガーベラに咎めるように問う。


「……トランシスさんが怒った理由、知っていますか?」

「アサギの話をしていたの……。でも、その……トビィと仲が良いって言ったらあんな事になってしまって」


 しどろもどろ告げると、リョウが重苦しい溜息を吐く。普段はあどけない雰囲気だが、今は子供とは思えない威圧感があった。心臓が捻り潰されそうなほどに、生きた心地がしない。 


「そういう話はしないほうがいいです、()()()()()だ。それに、アサギの中でトランシスさんとトビィさんは全く違う。一括りに“仲が良い”で済ませちゃ駄目です」


 言葉に怒りを含み、はっきりとした口調で言ったリョウの顔を盗み見たガーベラは、青ざめて頷く事しか出来なかった。

 そんなことは知っている。だが、心に巣食う嫉妬に歯止めが効かなかった。

 言えば何かしら変わる気がして、口から飛び出ていた。自分ではない誰かが、後押ししてくれたように。本当は、もっと色んなことを言いたかった。


『あの子は誰にでも優しいから、多くの人に好かれている。それを愉しんでいる気がする。トランシスを愛しているのは知っているが、それにしては他の男とも親密な雰囲気だ』


 単に羨望しているだけだが、心が醜く歪んでしまうのだ。


『アサギにはいくらでも代わりの男がいるけれど、私には貴方しかいない』


 本音を心に閉じ込め、大きな溜息を吐いたガーベラは自室で蹲る。強張った身体を解しながら、預かった銅板を取り出した。

 大切に両手で持ち上げ、眺める。

 初めてトランシスから貰った物なので、自分が買い入れることにした。

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