■真似
冬が地上に沈む頃。
ついにアサギは、皆が惑星マクディに出入りしていることを知ったらしい。
「これからは、秘密にしなくても大丈夫ですよ」
リョウにそう言われて微笑んだが、ガーベラは言うつもりはなかった。
彼との逢瀬を、知られたくなかったのだ。皆は物資を運ぶことを目的としているが、自分はトランシスに逢いに行くついでに運ぶだけ。
疚しい気持ちが、真実を隠す。
ある晩、マダーニとアリナと三人で食堂で呑んでいると、アサギがやって来た。
「あの、よかったら」
酒を見やり、アサギが嬉しそうに持ってきたものを差し出す。それは、手料理だった。酒のツマミに丁度良いと、三人は目を輝かせる。
「嬉しい! いただきまーす!」
早速口にした三人は、幾度も瞬きを繰り返した。
「とても美味しい……!」
「こっちもすっごくうんまぁぁぁぁいっ!」
オクラとエリンギを牛肉で巻き、甘辛く煮た一品を口にしたガーベラは目を見開く。
鮭の炊き込みご飯で握ったおにぎりを口いっぱいに頬張り、アリナも感動に身を震わせた。
皆が惑星マクディに出入りしていることを知ったアサギは、毎日トランシスに弁当を作り始めた。それを行く人に渡して届けてもらっている。ただ、料理に自信がないので、懸命に練習をしているのだ。
「よかった、トランシスも喜んでくれるかな」
反応に胸を撫で下ろし、恥ずかしそうに微笑んでいる。
「アサギちゃんは、もっと自信を持ちなさい。これなら、男の胃袋を鷲掴み出来るわよ」
マダーニに言われぎこちなく頷くアサギを見て、ガーベラは初々しさに溜息を吐き、何もかもが勝てないと思った。
女四人しかいないのに、食堂はその倍はいるような騒ぎになる。
「アサギちゃんは、ホントにトランシスちゃんが好きなのねぇ」
随分と酔いが回っていたマダーニが、多幸なアサギに擦り寄った。
「いいなー、ボクもアサギの愛が欲しいなー」
含み笑いでアリナも近づき、アサギの肩に腕を回して顔を近づける。
「どれくらい好き? おねーさんたちに話してごらん。事細かに詳しく、至る所まで隅々と」
「あまり絡んだら、アサギが気の毒よ」
アサギの惚気を聞くのが辛くて、ガーベラは止める。しかし、マダーニとアリナは歯を見せて笑った。止める気はないようだ。
以前マダーニに二人きりで話しているところを見られてから、どうにも心が落ち着かない。これも、わざとではないかと思ってしまう。分が悪いと感じ、ガーベラは口を噤んだ。
「い、いつも、とっても優しいです……」
上擦った声で告げるアサギは、耳まで真っ赤にしている。熟れたトマトのように美味しそうに見えた。
頬を赤く染め照れくささに俯き、顔を手で覆い隠すアサギが可愛らしくて、アリナが余計につつく。
「どんな感じで情交を結ぶのさ、ボクに教えてよ」
「じょ、じょうこうって何……?」
震えるアサギはその響きからなんとなく意味を理解したが、言葉にすることを躊躇した。
しかし、いやらしい笑みを口元に浮かべたアリナは、そっと太腿に手を忍ばせてやんわりと撫で、耳元で唇を舐めると卑猥に囁く。
「えー、男と女がすることって言ったら一つデショ? どうやって愛されてるの? ボクもしてみたいなぁ」
さわさわと付け根を撫でると、アサギが口をパクパクと開く。
「感じてるんだ、かっわいー! アサギ、感度イイから、トランシスも嬉しいだろうなぁ」
「はわわわわ」
泣きそうになりながら絡まれているアサギは、確かに男でなくとも虐めたくなるほど魅惑的だった。
「羨ましいわね、若くて可愛いって」
しゃっくりを上げながら、酒のつまみだとばかりじっくり眺めるマダーニは冷静に二人を眺めている。止める気配はないらしい。
「口づけは優しいの? ん?」
「や、優しかったり、激しかったり、苦しかったり、怖かったり、で、でも、気持ち良くしてくれます……」
素直なので訊かれるがままに答えたアサギは、思い出したのか身を捩って指を噛む。
「ほうほう、それで? 愛撫はどんな感じさね?」
「え、えっと、優しく撫でてくれたり、いっぱい舐めてくれたりして、えっと、ええっと、トランシスの指、とても好きなので、意地悪だけど気持ちいいです」
「いいねいいね、盛り上がって来ましたよ! で、で?」
「あ、愛してるっていっぱい言ってくれたり……そ、その、恥ずかしくて途中からあんまり記憶がなくなったりするので、その」
「いやいや、そこんトコ、もっと詳しく! つまり、激しんだねっ!? 夜に何回もするの!?」
調子に乗って鼻息荒くにじり寄るアリナに、これ以上はとアサギが抵抗を始めた。
「な、内緒です!」
「えー、ボクとアサギの仲でしょ。愛する娘を何処とも知れぬ馬の骨に奪われて、おかーさん哀しいのにっ」
泣き落としを始めるアリナだが、マダーニがようやくここで止めた。
「見逃してあげなさいな、アサギが呼吸困難になってるわよ。可愛いからついつい弄りたくなるけど」
マダーニに宥められ、アリナは渋々アサギを解放する。
「お、おやすみなさい……!」
頬に含羞の色を浮かべ、アサギはそそくさと逃げ出した。
三人はそれを見送ると、再び酒を呑みだす。
ガーベラは始終無言だった。嫌で嫌で堪らなくて、卓志の下で拳を握る。逃げ出したかったが、マダーニの目が気になったので我慢した。
これ以上疑われるようなことをしてはいけない、そう言い聞かせた。
「いっやー、ホント、トランシスが羨ましい。全人類の嫉妬をその身に受けても、おつりが来るよ。棚からぼた餅ってやつだ」
「二人の馴れ初めをいい加減訊きたいのだけれど、なかなか口を割らないわね……」
表面には聖母の様な笑みを浮かべ、心には羨望の波が立つ。ガーベラはアリナとマダーニに付き合いながら、掌に血が滲むほど強く握り締めた。
空虚な心に、呻吟する。けれども、そんな蟠りを他人に見せられるわけもなく、笑顔を浮かべ続けた。
娼婦だった頃客に見せていた、人形のような笑顔を。
トランシスに逢う度に、ガーベラの心には様々な感情が入り乱れた。
愛されているアサギが羨ましい。一度、身体を取り換えてみたいと切に願った。
自分が惨めで苦しい。もう、逢わないほうが良いのだと思い悩む。
そんな思いを差し引いてでも、トランシスが好きだと実感する。名を呼ばれるだけで、心が跳ね上がる。
アサギを真似たのか、それとも対抗したのか。ガーベラも手づくりの品をトランシスに差し入れることが日課になっていた。勿論、「仲間に作った残りだけど、どうぞ」と言い訳をして。
すると、トランシスは悪意のない笑顔を浮かべてこう言うのだ。
「ガーベラも上手だよね、アサギみたいで」
他にも、彼はこんなことを言う。
「意外に落ち着きがないよね、アサギみたいに」
「時折子供っぽいよね、アサギと同じで」
そんな言葉を聞く度に、ガーベラの心は沈んでは浮上した。アサギと比較される反面、あってはならない思いを抱く。
……可能性はあるわ、アサギに似ているらしいもの。
他愛のないトランシスの言葉を、ガーベラは心の拠り所にしてしまった。
だから、徐々にアサギのように振る舞う癖をつけた。トランシスの前でだけ。
服装も、快活な雰囲気のものを選ぶようにした。そのほうが、トランシスが好きだと言ったから。
「アサギが羨ましいわ。トランシスみたいな素敵な恋人がいて」
「ガーベラにもすぐ出来るデショ」
「……だといいわね」
さり気無く、好意を持っていることを遠回しに伝え始める。
いつもかわされるが、ありったけの熱を籠めた。




