昼の男、夜の男
トランシスのもとへ頻繁に物資を運ぶガーベラは、機転を利かせて天界人たちとも交流を深めている。
後に、「用意周到で狡猾な女だ」と言われるほどに。
打算が働いたとはいえ、唄いたかったのも事実。自分の歌を求める天界人を、無下にできない。
今日も惑星マクディへ行く前に、唄を披露した。
中庭に案内され、存分に声を張り上げる。唄い終えたガーベラに天界人は熱狂し、大きな拍手で感謝を伝えた。
爽快感に満足し、ガーベラは丁寧に腰を深く折る。
「お聞きくださり、ありがとうございました」
「今回も素晴らしかったよ! また来てくれ。お前の声は、心が安らぐ」
「大いなる天界人様に聞いていただき、この上ない喜びです。感謝の言葉もございません」
ガーベラは新たな舞台を手に入れた。
天界人が好む清楚な雰囲気と見目麗しい容姿、そして謙虚な姿勢で受け入れられる。戦うことが出来ない、ただの人間。しかし、天界城にいても誰も不審に思わないほどには馴染んでいた。
知らないところで、輪が広がる。
その輪が首を絞めることになるだなんて、この時誰が思っただろう。
期待していた、いや、間違いなくそこにいると確信していた。
「こんばんは」
扉を開き、店主が軽く頭を下げたのを見てから、店の奥へ視線を走らせる。
うっすらと笑みを浮かべ、近づいた。仄暗い室内でも、その紫銀の髪は光を吸い寄せるように明るい。
「あらトビィ、こんばんは」
大げさに目を開けて驚いたふりをしたガーベラは、勝手に相席する。
「白々しい」
突き放すような口調に、ガーベラは肩を竦める。
例の店で、二人は今日も酒を呑む。アサギとトランシスが会う日は、トビィは大方この場所にいた。ガーベラはそれが解っているからこそ、足を運んでいる。
「懲りない女」
酒を一口含み、トビィは席を立とうとする。その手を、ガーベラが引き留めた。
「あら、ご一緒してくださらないの? もう少し味わいましょうよ」
苦り切った表情を浮かべたトビィは、その手を軽く振り払い深く腰を下ろした。
勝ち誇ったように微笑み、ガーベラは艶やかな赤紫色の酒に口をつける。爽やかな香草が鼻孔をくすぐり、喉を潤す。
「いつ呑んでも美味しいわ」
機嫌のよいガーベラと反対に、トビィの表情は暗い。
「ねぇ、いつも私と別れてから何処へ行くの? 今日は朝までご一緒したいのだけれど」
小声で問うガーベラに、トビィは鼻で笑った。
「願い下げだ」
「あら、つれない。良いじゃない、運命共同体でしょ?」
「誰と誰が」
尖った声を出すトビィにも、ガーベラは慄かない。最近頻繁にトランシスと逢っているので、浮かれているのだ。
昨日は物資を届けたついでに、手づくりのパンケーキも差し入れした。「アサギには劣るけれど」と控え目に渡すと、美味しそうに食べてくれた。
今日は先程まで会話をしていた。また食堂に水を飲みに来たトランシスと逢うことが出来たのだ。食堂にいれば逢える確率が上がることを知っていて、偶然を装い計算してそこにいる。
その足で、ガーベラはトビィに逢いに来た。
「たまには部屋で身体を温めたいわね。もう寒いもの、外は凍えてしまう」
常に例の公園で着衣したまま秘め事を行うことに、ガーベラは不服だった。気温が低い事も理由の一つだが、常に後ろから抱かれているのが不愉快である。
寝台に転がり恋人の真似事をしてみたいし、真正面から抱かれたい。
「艶っぽいトビィの顔を知らないの、見てみたい。そのほうが互いに燃えるわ」
「お前は好きでもない相手の顔を最中に見たいのか? オレはごめんだが」
しれっと告げたトビィに、チリチリと胸が焦げる。
「相変わらず、嫌な男っ」
侮辱され、ガーベラの顔が悔しさで真っ赤に染まる。
二人は石のように無言を貫き、沈黙して酒を呑んだ。居心地の悪い空間だが、この感覚が当然だとも認識している。
今日もまた、トビィを怒らせた。
「……ごめんなさい、言い方が悪かったわ」
結局、ガーベラが折れた。
情事後のトランシスを間近で見て、身体が疼いている。髪の色が同じトビィならば、この欲望を押しつけられる。
そうして今日も、公園で肌を重ねた。
ただ、やはりトビィは義務的だ。身体は満足するのに、心が熱を渇望する。
「今から何処へ行くの?」
情事後、トビィは一度も館に戻らなかった。何処で休んでいるのか、気になっている。
「さぁな」
「教えてくれてもいいのに」
「私的なことなので」
しつこく尋ねたが、トビィは口を割らなかった。
結局その後も、二人の奇妙な関係は続いた。
昼のトランシスを思い出し、夜に代わりとしてトビィに抱かれる。
ガーベラの精神は、二人の男によって保たれていた。