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女の気配がする部屋

 梯子を見やり、ガーベラは目を白黒させた。

 彼らは、地下で暮らしているという。自分とは何もかも違う環境だが、また一つ彼のことを知ることが出来て胸が高鳴った。

  

「梯子、気をつけて……って言ってるのに」

「キャッ」


 足を一段踏み外し、落下しそうになったガーベラの身体をトランシスが支えた。背後から腰を抱き締め、ゆっくりと床に降ろす。

 

「大丈夫? 意外とそそっかしいねぇ……アサギみたい。アサギもよく梯子から落ちそうになる」

「ご、ごめんなさい」

 

 言われて複雑な笑みを浮かべたガーベラは、慌てて身体を離した。甘いひと時に身を委ねようとしたが、アサギの名が出た途端に現実に引き戻される。けれども、腰にあてがわれたゴツゴツしながらも長い指が敏感な部分に触れているようで、身体の芯を揺さぶられた。

 僅かに触れた逞しい胸が、この間の裸体を思い出させて身がしなる。

 

「助けてくれてありがとう」


 胸の音が聞こえてしまいそうな至近距離に、ドギマギしながら笑顔で取り繕う。


「どういたしましてー」


 トランシスはスッと離れ、机に物を並べているリョウに近づいた。

 背中を見つめていると、いっそう胸が弾んでしまう。火照る頬に手を添え、ガーベラは深い呼吸をした。不意に『アサギは気絶している』と話していた彼を思い出し、身震いする。

 それほどまでに、激しく女を抱くのだ。身体に残る彼の感覚を頼りに、妄想する。はしたないと思いつつも、その男の匂いが漂う室内で陶酔した。

 

「アサギのクッキーを持ってきたよ! 内緒ね」

「うっわー、嬉しい! オレの大好物だ」


 机に並べられた焼き菓子を摘まみ、無邪気に口の中に放り込んでいるトランシスを見やる。

 ガーベラの指が、宙を掴む。先程の熱が、一気に冷えていく。別の女に勝てたところで、結局自分は二番目以下だと思い出した。

 

 ……どうせ報われない想いだもの、とことん冷えて欲しいのに。

 

 ところが、子供のように食べ散らかす姿に胸を乱された。脚が自然と動き、近寄って布でその口元を拭う。

 冷えて欲しいと願うならば、近寄ってはならない。それが分からぬほど、ガーベラは恋に惑わされている。


「大事に食べなきゃ、駄目よ」


 甲斐甲斐しく世話をするガーベラに、鈍いリョウすら瞳を丸くする。親し気な雰囲気の二人を訝り、瞳を細めた。

 何か問いたげな視線で遠慮なく見ていたリョウに気づき、ガーベラはぎこちなく微笑む。取り繕うように言葉を探し、困ったように眉を顰めた。

 

「ごめんなさい、孤児院の子供たちを思い出して」

「それは、オレが子供っぽいってこと?」

「そうよ、お行儀よく頂きましょう」


 二人の会話を聞き、リョウは胸を撫で下ろした。母のような笑みを浮かべているガーベラは、子供好きで世話焼きなのだと認識する。


「そうだね、トランシスさんは子供みたいだ」

「お前、意外と失礼だな」


 憮然とするトランシスに、二人は笑う。

 リョウは笑いながら、杞憂だったと胸を撫で下ろした。先程ガーベラを見た時、()()()()()()()()()()優しい瞳で見つめていたので驚いた。色恋事には疎い、しかし、アサギがトランシスを見つめている時の瞳にとても似ていると思った。しかし、二人に接点が見つからず、まさか知らぬ間に親交を深めているとも思わなかった。

 リョウの直感は間違っていない、ただ、猜疑心が欠けていた。

 

「うふふ、手間のかかる弟が二人も出来たみたいで、なんだか嬉しいわ」

「ちぇー、なんだよ、弟って。オレたち、同じくらいの歳だろ?」

「だって、可愛いんだもの。ねぇ、これからもお手伝いに来て良いかしら? 正直、役に立ちたくて仕方がなかったの。リョウ、私でよければいつでも声をかけてね」

「それは嬉しいです! 時間がある時に買い出しをお願いします」

 

 三人は昔からの知り合いのように自然に打ち解け、会話を弾ませる。

 騒ぐトランシスに、冷静な突っ込みを入れるリョウ、そして二人を見守るガーベラ。三人の会話は、調和がとれている。

 ガーベラにとって、これはまたとない好機だった。堂々とトランシスに逢いに行く口実が出来るのだ、逃すわけにはいかない。疚しい事など何もない、慈善事業の一環だと言いきかせる。

 アサギがくれたというペットボトルを二人に差し出し、トランシスはいつものように水を飲み始めた。

 

「いただきまーす」


 ペットボトルを初めて見たガーベラだが、リョウに教えられてキャップを開ける。中身はただの水だが、蓋が出来る細身の容器に感動した。

 一息つくと、物色するように部屋に瞳を走らせる。簡素な部屋だが、アサギと二人で映っている写真がいたるところに飾られていた。それに、見れば食器類もお揃いの柄で二人分ある。

 どこもかしこも、アサギで溢れている。『彼は私のものだ』と言われているような罪悪感もあったが、そういうつもりでここにいるのではないと、必死に言い聞かせた。

 幻影に言い訳をするほどに、情緒が乱れている。 


「可愛い食器ね。アサギの趣味かしら」

「そう。アサギが買ってきてくれるんだ、可愛いだろ。もっともっと、この部屋をアサギのもので埋め尽くしたい」

「また惚気話ね」


 弾む二人の中、リョウはじっと写真立てに飾られたトランシスとアサギの写真を見つめていた。

 

「アサギは、幸せそうだね」

「当たり前だろ、オレといるんだから」


 平然と告げたトランシスに吹き出し、リョウは二人の仲を応援することを誓った。

 ただ、アサギとトビィは知らない。こうして、ガーベラとトランシスが逢瀬を重ねている事を。

 問題はないと思ったリョウが、率先してガーベラが手伝ってくれている事をトビィに話さなかった。

 話していたら、止めていただろうに。


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