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同族嫌悪

 咳き込むガーベラに、リョウは慌てて告げた。


「布を口にあててください」


 ガーベラは涙目で頷き、言われた通りにする。


「こ、ここがトランシスがいるところ?」

「はい。空気が悪いから、深く吸い込まないでください」

「どうしてこんなにも汚れているのかしら」


 瞳もジクジクと痛い気がして、ガーベラは狼狽えた。惑星マクディの環境について詳しく聞いていなかったので、あまりの違いに驚く。惑星チュザーレと惑星クレオには、このような差がなかった。

 暫く歩くと、砂に覆われた場所に出る。


「歩けますか?」

「え、えぇ。なんとか……」


 見渡す限り、砂だった。一体、何処にトランシスがいるというのだろう。騙されたのではないかと思うくらいに、人気がない。


「トランシスは、苛酷な場所に住んでいるのね」

「はい。ここは、僕たちが住む場所と大いに異なる環境です。後で説明しますね」

「ありがとう」


 砂に埋もれながら進むと、廃墟にしか見えない場所が目の前に現れる。あまりにも生活感がないが、ガーベラは大人しくついて歩いた。


「あれ?」


 立ち止まったリョウの向こう側に、人影が見える。目を凝らすと、片方はトランシスだ。

 何か言い争いをしている雰囲気に、リョウとガーベラは顔を見合わせて進むべきか迷う。しかし、ここで待っているのも無駄なので、怖々近づいた。

 女の声が、よく通る。

 

「待ってよ。()()()には、内緒にしてあげる。ねぇ、いいでしょう? 私、トランシスじゃなきゃ嫌なの。恋人でなくても構わないから。貴方だって、身体の熱を持て余してるんでしょ?」


 聞こえた途端に、ガーベラの顔色が変わった。瞬時に敵だと判断し、女を睨みつける。まさか、いきなり修羅場に遭遇するとは思わなかった。察するに、アサギの前の女だろう。


「確かに熱はあるケド、取り払えるとでも? お前らごときが何人束になっても、アサギに勝てるわけがない。邪魔だ、失せろ」

「キャアッ」


 冷たく言い放ち、トランシスは彼女を突き飛ばした。


「わわわっ」


 硬直していたリョウに女はぶつかり、驚いて支える。気まずそうに頭をかき、トランシスを見やった。

 

「あれ? 来たんだ」

「えーっと……あ、はい」


 見てはいけないものを見てしまったと、リョウは蒼褪める。

 その後ろで、ガーベラは悔しそうに唇を歪めているオルヴィスを冷ややかに見つめた。それは、呪いをかけるように冷酷な眼だ。

 二人の女の眼が交差し、瞬時に悟る。同じ匂いがする、と。

 女の勘は鋭い。特に恋愛に関しては、野生動物並だ。同族嫌悪し、冷え切った視線を浮かべた二人の女は渦中の男を見た。

 しかし、そんな空気に慣れているのか、トランシスは飄々とした笑みを浮かべている。

 

「ガーベラじゃん! ようこそ!」

「こんにちは」


 名を呼ばれたので、艶やかな笑みを浮かべると長い脚で前に進み出る。細身パンツのおかげで、今日はより一層魅力が引き立っている。

 見事な立ち姿に圧倒され、オルヴィスの瞳が飢えた獣のようにギラギラと光った。だが、攻撃に出ることはなく、卑屈に静かに引く。自分の立場を理解したらしい。

 

「お届け物よ」


 勝ち誇って堂々と告げたガーベラに、トランシスは口笛を吹いた。


「ありがと。ところで、そういう姿は初めて見るけど、似合っているね。オレ、そっちのほうが好きかも」


 途端、ガーベラの頬が真っ赤に染まる。不意を突かれた褒め言葉に、恋を知らぬ娘のように動揺した。


「ありがとう、照れるわ」

「御謙遜を。慣れているだろ?」


 小声で礼を告げるのが精一杯だったが、トランシスはさらっと流す。本人は軽い気持ちで告げたのだろうが、どうしようもなく胸が熱く激しく鳴り響いた。

 ここにトビィが居たのなら、ガーベラの異変に気づいていた。もとより、同伴させなかった。

 しかし、色恋沙汰に疎いリョウではガーベラの加速する想いに気づけなかった。ただ、「大人の男は女性を褒める」と感心している。

 トランシスに他意はない、思った事を口にしただけだ。ただ、他人を気遣う男ではない。それを告げる事によって今後どうなるかなど、考えていなかった。

 アサギ以外どうでもいいので、自分に惚れる女がいようといなかろうと関係ない。例えそれが、アサギに身近な人物で、波紋を呼ぶことになろうとも。

 

「あの、これをどうぞ。美味しいと思います」


 紙袋に詰めて持ってきたパンを掲げ、リョウは微妙な空気の中ぎこちなく微笑んだ。


「おっ、ありがとう。丁度良かった、オルヴィス」


 離れた場所で佇んでいたオルヴィスを、見下した態度で呼んだ。複雑な面持ちで歩いてきた彼女を、トランシスは顎で使う。


「運んで。あっちの世界の食糧だ、彼らに感謝しろよ」


 まるで、召使い。情けないやら悔しいやらで唇を噛むが、オルヴィスは名前を呼ばれたことで少しだけ心が緩んだ。惨めだと思いつつも、無視されなかったことに胸が弾む。


「ありがとう、食べ物なのね」

 

 腹が減っていたオルヴィスは、鳴きそうになる虫を必死に押さえた。一生の恥だと、腹部に力を込めて耐える。心の中で罵倒する言葉を探し、引き攣った笑みを浮かべて礼を告げた。

 その時、再びガーベラと視線が交差する。視線が火花を散らし、二人の顔から笑みが消える。

 

 ……いけ好かない女!

 

 すましているガーベラに対抗するように、オルヴィスは猛禽類のように鋭い視線を向ける。


「んんん?」


 得体の知れない寒気が走り、リョウは周囲を見渡す。まさかそれが、女たちの嫉妬によるものだと思わなかった。


「折角だし、どうぞー」

「御邪魔します」


 トランシスに手招きされ、二人は顔を見合わせると頷く。

 部屋に入るガーベラは、突っ立っているオルヴィスに勝ち誇った笑みを浮かべた。歯軋りする彼女を見ると心がスッとして、味わったことがない優越感に浸る。

 女同士の争いなど不毛だと避けて生きてきたガーベラは、ここで足元を掬われた。頬を伝う虫が肌の上をのたうち回るように、ゾワゾワと快感が立ち上る。

 トランシスの彼女でもないのに、自分は目の前の女に勝てたと錯覚した。“アサギの関係者”というだけなのに。

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