■好機に想いをのせて
ぎこちなく説明するリョウに、始終笑みを浮かべていた。
歓声を上げたいのを堪え、静かに聞き入る。時折、思慮深い笑みを浮かべて相槌を打つ。
逃してはならない好機だと思った。
これは、僥倖。『神が、彼に近づく事を後押ししている』と。
ゆえに、大きく頷く。
「愉しそうね、私が行くわ」
「ええ!? 大丈夫ですか、力仕事になりますよ!? 綺麗な洋服も汚れますし……」
「あら、平気よ。故郷では毎日大人数の洗濯をしていたから、力にも自信があるわ。汚れなんて、気にしない。視野を広げ、新しい唄が作れるかもしれないし。是非手伝わせて」
身を乗り出して詰め寄るガーベラに、リョウは面食らった。断ることが出来ずに、おずおずと頷く。
「ありがとうございます。ええと、ではまず……。物資の買い出しを手伝っていただけると嬉しいです」
「任せて。料理当番をしているから、安くて質の良いお店を知っているわ」
「あはは、心強いです。僕はこの場所に慣れていないから」
「活動しやすい服に着替えてくるから、待っていてくれる?」
「勿論です! 助かります」
二人は急いでカップの中身を飲み干し、立ち上がる。
「それから……。あの、このことはアサギに秘密なので。その……その辺りはお願いします」
「フフ、解っているわ」
足取り軽く食堂を出たガーベラは、弾む足で二階へ上がる。
自室に入ると嬉しさが込み上げ、手で顔を覆い隠した。
「トランシスに、会えるだなんて……!」
身体も心も、軟体動物のようにグニャグニャになってしまう。
『惑星マクディへ行く許可が、神クレロから下りました。あそこでは、人々が飢えに苦しんでいます。可能な限り、食料を届けようと思いまして』
リョウの言葉が甦り、身体が震える。
惑星マクディとは、トランシスが住む場所だ。
ただ、アリナもマダーニも、行ったことがないという。というのも、神クレロが渋っていると聞いていた。しかし、今回リョウが説得して、応じてくれたと。
何故神が拒否していたのか、ガーベラは知らない。
しかし、そのようなことは関係ないのだ。結果として、惑星マクディに行けるようになったのだから。
「どうしよう、心が落ち着かない」
トランシスとアサギは、逢える日が決められている。しかし、自分は違う。支援物資を運ぶという目的で、いつでも惑星マクディへ行くことが出来る。
アサギより、優位に立った気がした。
また一つ、秘密が増えた。
急ぎながらも吟味し、衣服を選ぶ。何しろ、彼に会えるのだから。
先日、アリナに勧められて購入した洋服を取り出した。ピッチリしたパンツで、動きやすい。金髪を高く持ち上げ、控え目なリボンを結ぶ。
彼と話す時間など、ないかもしれない。しかし、彼が生活する場所へ行けることが何よりも嬉しくて身が焦げる。
浮ついた心では不謹慎だが、待ち焦がれた大空へ飛び立つ鳥のように、自由な気持ちでいっぱいだ。
「月も見えない真夜中に
明日を夢見て光を探す
昨日も今日もとても窮屈
貴方に逢えなくて景色は灰色
心を閉ざしても眠れず
静かな街を彷徨うしかない
求める光は何処にある
この愛は重いだけだと知っているのに
その愛の光が 今の私の原動力
探してみせる 越えていく
貴方のところへ
そうしていつしか 眩しい朝日がやって来る」
軽やかに唄いながら食堂へ戻ると、リョウが無邪気に微笑んでいた。邪な心など知らず、純粋に手伝ってくれると信じている。
少しだけ、ガーベラの胸が痛んだ。けれど、燃え滾る胸は、微かに刺さった棘など燃やしてしまったのだ。
「お待たせ、いきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
館を出た二人は市場へ出向き、パンを買い入れた。腹が膨れるし、ある程度日持ちする、そして美味しい。どのくらいの量が必要なのか解らなかったので、二十人分くらいを購入する。
「よし、次は天界城です」
惑星マクディへ行くには、どうしても天界城を経由しなければ辿り着けないのだ。不便なことだが、仕方がない。
「トビィに連れられて惑星クレオへ来たときも驚いたけど……。どういう仕組みなのかしら、不思議」
「そうですよね、謎です」
買い物のおかげで打ち解けてきたので、気兼ねなく会話する。
リョウの率直な印象は“真面目”だった。そして、謙虚。相手の言葉を聞いてから、自分が発言している。ゆえに、ガーベラとしては話しやすい。
「美声の人間が来たぞ!」
一刻も早く移動したかったが、現れたガーベラに天界人は瞳を輝かせた。しかし、彼らの為に唄う時間はない。
「申し訳ございません、次の機会に唄わせてください。本日は、勇者リョウの手伝いをしております」
「そうでしたか、それは残念」
嘆く天界人は、名残惜しそうにガーベラを見やる。
唄を望まれるのは、嬉しい。しかし、今は唄よりも大事なことが待っていた。
唄いたくて惑星を移動したのに、生きる目的が変わっている。