■狂気じみた男
煖炉の焔が、時々ふわっと燃え上がる。周囲を赤く照らし、二人の影を伸ばした。
トランシスの惚気は続く。
親身になって聞いていたガーベラは、複雑な表情を浮かべ憂鬱な溜息を吐く。躊躇したが、口にすることにした。
「似てるわね、二人」
「ん?」
不思議そうに幾度か瞬きする彼に、嫌々ながら告げる。
「トランシスとアサギが、似てるって言ったの」
「そ?」
先程、彼が『オレたち、似てるね』と言ってくれて嬉しかった。だが、話を聞いていたら、自分よりもアサギに似ている気がしてきた。
きょとんとして、トランシスは首を傾げる。腕を組み、納得出来ないと眉間に皺をよせている。
「どの辺りが……? 真逆じゃね?」
確かに、一見似ていない。しかし、二人と会話したガーベラは気づいたのだ。
「互いのことを話す時が、そっくり。高揚しているし、言うことが一緒よ。“かっこいい”とか“可愛い”とか、ずっと褒めてる。常に一緒にいる恋人って、似てくるものなのかしら。それとも、恋人ってそういうものなの?」
毛先を指に巻きつけ、ガーベラはアサギを思い出し肩をすくめる。相思相愛だということは、よく分かった。
「なるほどー、そういうものかな? オレとアサギは、超絶仲良し恋人だから」
「えぇ、よぉく分かったわ」
付け入る隙がない。
ガーベラは重苦しい溜息を吐き、トビィを思い出す。『アイツはやめておけ』そう言われたが、こちらから願い下げだ。誘ったところで、虚しいだけ。
この目の前の男は、彼女以外の女に興味がないのだから。
「アサギは、可愛いだろー。ホンットに大好き、愛してる。あまりにも愛らしいから、見ていると苛めたくなる。笑顔も可愛いけどさ、泣きそうな顔がまたイイんだ。瞳に涙が滲んで、こっちの加虐心を煽ってくる」
恍惚の表情で語り出したトランシスに、ガーベラは言葉を喉に詰まらせた。
「な、泣き顔が好きなの?」
「うん。艶めいてて、可愛い。思いっきり突き放しても、必死でついてくる姿がまたイイ。だから、更に酷いことしちゃうんだよねー。可愛いアサギが悪い。人前で口づけると、嬉しいのに恥ずかしさが先行して膨れるのも初々しくて好き。夜も、いや、寝所でというか、基本いつでもなんだけど、自然に誘ってくるからねぇ、オレも応えるじゃん? ついつい色々試したり無理させたりするんだよねぇ。でも、オレの言う事ちゃぁんときくの。『嫌われないように』って頑張るけど、はは、馬鹿だなぁ。……嫌うわけないのに」
これ以上聞いていても、こちらの心が疲弊するだけだ。トランシスは上機嫌のまま、ジト目のガーベラに気づかず饒舌に語っている。
「可愛いんだよなー、そろそろもモガ」
その口元を、ガーベラが勢いよく両手で塞いだ。
不服そうに顔を顰めるトランシスが、もごもごと口を動かす。途端、掌全体を舐められているような感触にガーベラの瞳が揺れる。情事後のように、一瞬で瞳を濡らした。慌ててその手を引き、後ろに隠す。
湿った掌は、自分の汗か、トランシスの吐息か。
「っ、い、いいわよ、そんなに長く話さなくて。相思相愛なのは分かっているからっ」
「オレにはさ、アサギが必要なんだよね。いないと生きていけないんだ、確実に」
まとわりつく掌の感覚を指で拭いながら、ガーベラは「え?」と余裕のない声を出した。熱が冷めない掌がもどかしくて、身体を揺する。
止めたのにまた始める気か、と目くじら立てたが口を噤む。真面目な顔つきのトランシスは、憂いを帯びていた。一人ぼっちの子供のようで、見ていて気の毒になる。引き寄せ、抱きしめたい。胸が締め付けられる思いで、唇を噛んだ。
トランシスは何処か遠くを見て、小さく零す。その声は、籠の中の小鳥が自由な大空に焦がれているようだった。
酷く、切ない。すぐ傍にあるのに、叶わない夢を見ているようだ。
「アサギがいないと、ホント困る。オレの正気が保てない、発狂する」
シン、と静まり返った夜半過ぎの食堂に、その声が不気味に響いた。ピチョン、と何処かで水音が聞こえる。
努めて柔らかい口調で、ガーベラは子供をあやすように告げる。顔を覗き込み、安心させるように肩を撫でた。
「……大丈夫よ、アサギは何処にも行かないから」
「なら……いいけど」
納得していないように強張った表情を浮かべたトランシスは、暫く無言だった。組んだ手に顎を乗せ、ゆっくりと瞬きを繰り返している。
気まずい空気が流れ出し、ガーベラはこれ以上かける言葉が思い当たらず、冷めてしまったワインを飲み干す。
「さぁ、そろそろ引き上げよ。お金を貸すから、部屋に行きましょう」
「あぁ、ありがと」
立ち上がったガーベラは、空になった皿やグラスを洗う。
その最中も、トランシスは微動だしなかった。射抜くように壁を睨みつけ、ぼそぼそと口を動かす。
「いなくなるなら、その前に縛り付けて殺すけどね」
トランシスの呟きは、ガーベラに聞こえなかった。
もし、聞こえていたら、狂気じみた彼に気づいたかもしれない。
いや、気づいていたとしても、結果は同じだったろう。